三十四の巻 怪異の現場検証
[三十四]
目的の神社へと到着した幸太郎達3人は、周囲を警戒しながら鳥居を潜り、境内に足を踏み入れた。
日があまり届かぬ境内は、薄暗く不気味なほど静かじゃった。
今のところ不穏な気配はないが、何やら得体の知れぬ静けさを感じるのう。
なんじゃろうな、この感じは……妙に違和感がある。
これといった霊的な気配はないが、腑に落ちぬ静けさじゃった。
ふむ……まぁどうでもええわ。
幸太郎もそれを感じ取っておるのか、釈然としておらぬ顔じゃな。
とはいえ、無闇矢鱈と警戒はしておらぬようじゃ。
自然体じゃな。流石は我が弟子じゃのう。
対する須藤と指宿はというと、そうではない感じじゃ。
今も周囲にギラギラとした目を向けておるわ。
ふむ……まだまだじゃな。肩に力が入りすぎじゃわい。
「おい、お前達……静かだからって気を抜くなよ。悪い霊的気配は今のところないが……すぐに対応できるようにしとけ。いいな」
須藤は前を見たまま、小声でそう言った。
指宿と幸太郎は無言で頷く。
そして、忍ぶように歩を進めたのである。
それにしても、スーツ姿の者達が、こんな風に警戒しながら進んでおるのは、なかなか面白いのう。
今はもう夏じゃというのに、動きにくくてもこのような服装せねばならんとはな。
外回りの会社員とやらは大変じゃわい。
まぁ幸太郎曰く、クールビズスタイルというやつらしいから、ネクタイとやらはしておらぬがの。
何れにしろ、変わった衣服の文化じゃよ。
さて、それはともかくじゃ。幸太郎達がそんな感じで進んでゆくと、前方に黄色い紐で括られた区域があった。
恐らく、規制線とかいうやつであろう。
以前、幸太郎の厄落とし現場で、何回か見た事あるやつじゃ。
こ奴が厄落としをする時は、その殆どが凄惨な殺人現場じゃったからのう。
幸太郎自身も証人として、それに付き合わされる事もあったくらいじゃ。もう見慣れたものよ。
コレは差し詰め、今の世の結界じゃな。ほほほほ。
「こんな所から規制線が張られてるんだな。という事は、ここからが襲われた現場のようだ……」
「みたいっスね……」
とはいえ、そこは何でもない参道であった。
石畳が敷かれているだけで、特に変わった様子はない。
強いて言うなら、森の外にいる蝉の鳴き声がやかましいくらいじゃ。
「でも、規制線が張られてるところを見ると、一応、警察沙汰にはなってたんですね。てっきり、貴堂グループ側で処理したのかと思いましたよ」
幸太郎はそう言って周囲をチラッと見た。
「表向きは強盗事件になってるからな。さて、それじゃあ2人共、規制線の中に入るぞ」
須藤の言葉に幸太郎は眉根を寄せた。
「え、いいんですか? 警察の現場保存的に不味いんじゃ……」
「いいんだよ。警察には既に話を通してあるからな。というか、今回の件は元々、警察が関わっているんだ。当然だろ」
「え? そうなんですか?」
ふむ、初耳じゃな。
須藤は面倒くさそうに天を仰いだ。
「ああ、もう……ったく、カイイ調査書を読んでねぇのかよ……」
「カイイ調査書? ってなんですか?」
「それも知らねぇのか、新人……ったく、斎木主任は、何でこんな奴を寄越してきたんだ。面倒くせぇなぁ、もう……」
須藤は大きく溜息を吐いたが、幸太郎は見てないんじゃから仕方あるまい。
「怪しいに、異物の異と書いて、怪異調査書と言うんだよ、三上君。土地開発事業部の霊的な調査案件の場合、怪異調査書が回って来るから、覚えておいた方がいいぜ」
指宿が丁寧に教えてくれた。
コイツはアホっぽいところもあるが、なかなか良い奴そうじゃ。
「ああ、そういう事ですか。ですが、怪異調査書なるモノは見ておりませんね。いきなり斉木さんに連れて来られたので。今、そういう調査書なるモノがあると、初めて知りましたよ。すいません、須藤さん。次からは気を付けます」
「フン、まぁいい。一応、言っておくが、四津谷さんを発見して救急車を呼んでくれた刑事が、この向こうで待ってんだよ。斉木主任が向こうの刑事に無理言って、今回の調査話を通してくれたんだ。わかったか、新人」
「そうらしいぜ、三上君。話によると、厄払いの御祈祷に来てた刑事さんが見つけてくれたそうだからな」
ほうほう、刑事が御祈祷に来て、その神主が襲われたとはの。
これまた不幸中の幸いというか、なんというかじゃな。
「へぇ、そうなんですか。でも、よく規制線の中へ入らせてくれましたね」
「そこはアレだよ。貴堂グループの力ってやつだな」
「ったく、いつまで話してんだ! つべこべ言わずに、行くぞ、指宿と新人!」
須藤は荒っぽくそう言うと、規制線を持ち上げ、乱暴に潜った。
「あらら、そんなに怒らないでくださいよ、須藤さん」
「怒ってねぇよ。お前達がいつまでも下らない話をしてるからだ。フンッ」
「はいはい、わかりましたよ」
指宿は困り顔になり、幸太郎に耳打ちをした。
「須藤さんはさ、四津谷さんの事になると怖いんだよ。まぁ慕っているからなんだけどさ。とりあえず、大人しく従っておこうか、三上君。後が怖いぜ……」
「ええ……了解です」
そして、指宿と幸太郎も規制線の向こうへと足を踏み入れたのじゃった。
3人は境内を警戒しながら進んでゆく。
すると程なくして、向かい合う狛犬の像と、古い社が見えてくるようになった。
そして、その手前の参道には赤い×印がつけられた所があり、そこにスーツ姿の男が1人佇んでいたのである。
その者は、色白で眼鏡をかけた真面目そうな男じゃった。
年は40歳前後じゃろうか。
中肉中背の男で、頭は普通の短い髪型じゃが、若干薄い。
また、片方の耳には、流行りの無線式イヤホンとやらをつけていた。
今は眼鏡に手をやり、コチラを見ているところじゃ。
幸太郎達3人は男の所へ行き、そこで立ち止まった。
須藤が前に出る。
「おはようございます。もしや野上刑事ですかね?」
男はニコリと人の良い笑みを浮かべた。
「おはようございます。はい、私は警視庁捜査一課の野上です。貴堂不動産の土地開発事業部の須藤さんですかね?」
「はい、私が須藤です。先日は四津谷を助けて頂き、誠にありがとうございました。今日はよろしくお願いします」
須藤はそう言うと、男に名刺を差し出した。
「これはこれは、ご丁寧にどうも。お待ちしておりましたよ。すいませんね、現場検証にお立ち会い頂き」
「いえ、それは構いません。今日は立ち会いのついでに、少し自社としても調査したいので、よろしくお願いしますね」
須藤はそこで深く頭を下げた。
こういう場じゃと、男勝りなヤンキー須藤も、丁寧な対応が出来るようじゃな。
「いえいえ、そんなに気にしないでください。斎木さんより、話は伺っておりますから。それに……御社の商売上の問題もないとは言えませんので、今日の立ち会いは警察としてもお願いしたかった話なのですよ」
「ご無理を聞いて頂き、ありがとうございます。ちなみにですが……我々は自由に調べても構わないのですかね?」
野上という男は穏やかな表情で頷いた。
「はい、構いませんよ。警察としての仕事はもう終わっておりますのでね。ご自由に調査をしていただいて結構です。但し……何かわかった事がありましたら、私に教えてくださいますようお願いします。捜査上の重要な情報になるかもしれませんのでね」
「はい、勿論そのつもりです。では早速、調査の方を始めさせて頂きますね」
「どうぞ。私もお手伝いしますので」
須藤はそこで指宿と幸太郎に目配せをした。
そして、それを合図に、現場の調査が始まったのじゃった。
*
幸太郎達3人はまず、刑事の野上から当時の状況を説明された。
話を聞く限り、どうやらこの刑事は、襲われた現場は見てないそうじゃ。
厄払いの予約時間に来たところ、参道で倒れている四津谷を発見したとの事であった。
じゃが、まだその時には多少の意識はあったらしく、そこで襲われた事をこの刑事に口にしたようである。
ふむ、なるほどのう。
「……とりあえず、そういう状況でありました。恐らく、四津谷さんの話だと、そこの林から何者かが現れ、襲われたようですね」
野上はそう言って、赤い×印の反対にある林を指さした。
「あの林ですか……野上刑事、あの辺りも調べても良いのですかね?」
「ええ、勿論です。但し、私も立ち会わせてもらいますが……」
「構いません。では早速、調べさせて貰いますよ」
須藤はそこで、指宿と幸太郎に視線を向けた。
「指宿と三上は、四津谷さんが襲われたこの辺りを徹底的に調べてくれ。私は野上さんと、向こうの林を調べるから」
「了解ッス」
「了解です」
そして、須藤と野上は林の方へと向かったのじゃ。
残された指宿と幸太郎は、四津谷とかいう男が襲われた赤い×印へと近付いた。
指宿は赤い×印を見ながら、幸太郎に耳打ちをした。
「この印がそうらしいけど……どう思う、三上君。四津谷さんが襲われた場所は、ここだと思うかい?」
幸太郎は前方に見える神社の屋根へ視線を向けた。
そこにはカメラらしきモノが取り付けられている。
あの動画はアレで撮られたモノなのかものう。
「でしょうね。あそこに神社の監視カメラもありますから。恐らく、あの動画のシーン的に、多分ここで間違いないでしょう。ですが……」
そこで言葉を切り、幸太郎は赤い×印に視線を戻したのである。
幸太郎は顎に手を当て、なにやら思案顔になっておった。
ほう……この顔は何かに気付いた感じじゃな。
「何か気になる事があるのかい?」
「この赤い印……何か違和感があるんですよね……どう思います、指宿さん?」
「ン、印かい? どうって……普通の×印じゃないの。呪術的な痕跡は何も感じないけど」
指宿の言うとおり、この場に呪術の類は仕込まれてはおらぬ。
じゃが、幸太郎のこの表情を見る限り、何か別の事なんじゃろう。
「いえ、そういう意味ではないですよ」
「じゃあ、どういう意味なんだい?」
「実は俺、殺人事件に巻き込まれる事がちょくちょくがあるんですよ。なもんで、そこで現場検証に立ち会う事もあったんですよね……タマにですが」
指宿は目を見開き、ギョッとした。
まぁこんな事をいきなり言われたら、普通そうなるじゃろうな。
「ほ、本当かよ、三上君。君って、意外とツイてないんだな。殺人に関わる事が多いのは、運勢的に、あまり良い事じゃないぜ。で、それがどうしたんだい?」
すると幸太郎は苦笑いを浮かべた。
「ツイてないのは事実ですよ。まぁそれはともかく、俺が今まで見てきた殺人事件の現場検証だと……ん?」
するとその時であった。
「な、なんだコイツは!? グワァァァ!」
「野上さんッ!? 大丈夫ですか! クッ、何ッ、この化け物は! キャァァ!」
突如、林の方から、2人の大きな悲鳴が響き渡ったのじゃ。
指宿と幸太郎は顔を見合わせた。
「おい、三上君! 何かあったようだ! 行くぞ!」
「ええ!」
そして2人は林の方へと駆けたのであった。
ふむ、何があったんじゃろうのう。
化け物に襲われたような感じじゃが、そういう邪な気配は付近からせぬがの、はて?
じゃが、面白い展開になってきおったわ。ほほほほ。




