十九の巻 陰の贈り物
[十九]
空洞内に家族達の啜り泣く声が反響していた。
この場は悲しみに満ちている。
女達の哀れな亡骸を前にして、四つん這いになる者や、座り込む者、呆然と立ち尽くす者、それは様々であった。
しかし、貴堂沙耶香だけは険しい表情で、女達の亡骸と幸太郎を交互に見ていた。
恐らく、何かに気付いておるのじゃろう。
そんな中、幸太郎は小早川孔明へと視線を向けたのである。
小早川は無表情で、女子達の亡骸を眺めておるところじゃ。
その表情は何を考えているのか、窺い知ることは出来ぬ。
「小早川孔明さん……これらは全て、アンタの仕業だ。さぁ……何か言ったらどうなんだ?」
じゃが意外にも、小早川はそこで笑顔を見せたのである。
「ええっと、何を言ってるんだい、三上君。俺はそんなの知らないよ。というか、君が犯人じゃないのかい? なんでそこに、死体があるとわかったのか知らないけどさ」
おうおう、そうきたか。
しかも、晴れ晴れとした笑顔じゃ。
やはりクズは違うのう。
「あらら、シラを切るつもりですか? 俺には無理ですよぉ。だって、八王島に来るの初めてだし、こんな壁の工事を依頼するのも無理。おまけに5年前は大学でずっと寮生活でしたからね。そもそもこの遺体……中途半端にエンバーミングされてんですよ。俺にはそんな薬品の知識はないですよ。大体、この事件の犯人は、八王洋館ホテルの管理者に強権を振るえて、尚且つ、女性を引き寄せるカリスマ的な容姿と立場、更には、法医学的な知識を持つ貴方じゃないと説明つかないんですけどねぇ」
するとそれを聞き、小早川は爽やかに笑ったのじゃった。
「あははは、何を言ってるんだい。なら、ホテルの支配人じゃないのかな? 俺は彼女達にこんな惨いことは出来ないよ。今、行方不明なんだろ、その支配人も? 恐らく、その奥にある通路に彼女達を隠したんだよ。悪い奴だなぁ、その支配人は」
これを平然と言ってのける、こ奴の頭の中が凄い。
というか、逝っておるのう。
流石、罪人じゃ。
しかし、他の者達には効果があるのか、何とも言えない表情で2人のやり取りを見ていた。
遺体がそこにあったとて、やはり、決定的証拠とはならぬからじゃろう。
貴堂沙耶香に至っては、小早川より幸太郎が気になるのか、ソッチばかり見ている始末じゃ。
こっちはもう呪術者としての興味で動いておるに違いない。
ほほほほ、なかなか面白い様相をしておるわ。
「おお、今度は支配人と来ましたか。しかも今、通路と言いましたね……良く知ってますね、小早川さん。まぁ確かに、この空洞は第二次大戦の時は、弾薬庫として使ってたんでしょうね。その痕跡もあります。でも、その搬入路がないので、俺も変だと思ってたんですよ。なるほど、その通路を貴方は利用したわけだ」
「あはは、なに言っちゃってんの? 言いがかりも甚だしいよ」
「じゃあ、なんで支配人が行方不明だって知ってるんです?」
「そういう噂を聞いたんだよ。君ねぇ、なんでも俺を犯人として結びつけないでくれるかな。それと、遺体のエンバーミングがどうとか君は言ってたけど、このご時世、葬儀屋でもそういう薬品取り扱ってるよ。別に法医学云々は関係ないよ。何も知らないのに、偉そうに言わないでくれるかな。イベントバイト君」
小早川は無感情で無表情を装い、抑揚のない声でそう告げた。
これで押し通すつもりなのじゃろう。
今の幸太郎に、それが通用するわけないのに、馬鹿じゃのう。
後悔するが良いぞ。
「なるほどね。貴方はどうやら、サイコパスでもあるようだ。いや……そうでなければ、こんな事は出来ないか。それでこそ、俺が見込んだクズですよ。やはり……アンタだ」
幸太郎は獲物を見つけた獣のような目をしておったわ。
お裾分けできるという確信を持ったのう。
「やはりアンタ? 何の事だ?」
小早川は眉根を寄せ、怪訝な表情になった。
「いやいや、こちらの話ですよ。さて……話を戻しましょうか。貴方は5年前……当時、医科大で同級生だった北条弥生さんと密かに恋仲であった」
遺体の前で項垂れていた北条姉妹は、幸太郎へと慌てて振り返った。
「え?」
「どういう事、三上君?」
幸太郎は北条姉妹をチラッと見た。
「そう、弥生さんは小早川さんの恋人だったんです。ですが、その時、小早川さんに悪魔が囁いた」
「あ、悪魔……何を言っている」
「そう……悪魔です。この話をする前に、少し貴方の事を話しましょうか。貴方は、自分の中に潜む悪魔のような感情について、ある方に話した事がありますね。その方から聞きましたよ。貴方はある時、自分の中にある悪魔のような感情に気が付いた、と。そして、それは……家族でイタリアを旅行した時だったとも」
小早川は信じられぬモノを見るかのように、大きく目を見開いていた。
「な……お前、誰からそれを聞いた! いや……そういえば、俺が法医学を学んでいた事をなぜか知っていた……イベントの応募にも書かなかった筈だ。おまけに、ここではそれについて話していないのに……」
幸太郎はそれを無視し、話を続けた。
「そのイタリアにある、とある礼拝堂の地下納骨堂。そして、そこで見た、とある少女の世にも美しいミイラ……それを見た事で、貴方に悪魔のような感情が芽生えてしまった。そして2回目は、医大での解剖実習の時。そこで貴方が目にした検体は、若く美しい女性の遺体だった。それが決定的だったと……そう、ある方から聞きましたよ」
小早川はそれを聞くなり、目を見開き、無意識に後ずさった。
後ろの折り畳み椅子が、小早川によって押され、ガタンと倒れた。
「な!? なんでその事を……いや、知らない! 何を言ってるんだ、お前は!」
相当な動揺が見て取れる。
幸太郎は、こ奴の内にある闇を話しておるからのう。
しかも、隣にいる霊から情報を得て話しておるのじゃ。
芯をえぐってるに違いない。
「その時、貴方の中に眠っていた悪魔が、また起きてきた。そして、囁いたんです。『おい、美しい女だな……エンバーミングの技術を用いれば、いつまでも若く美しい女性を保存しておけるぞ……そうだ、そうすれば、いつでも美しい北条弥生に会えるぞ。どうする、孔明?』とね。そう……貴方は死体性愛という異常な性癖があるんです。そして……その囁きに負け、貴方は悪魔に魂を売ったんだ。まさに、人の皮を被った悪魔ですよ」
小早川の顔は醜く歪んでいた。
「き、利いた風な口を聞くなァァ! 証拠はどこにある! 俺がその女達を殺したという証拠はどこにあるんだ! いい加減にしやがれ!」
自分の性癖を刺激され、激高していた。
「そうですねぇ……確かに、これらの女性を貴方が殺したという、確実な証拠がないのもまた事実。まぁ今後、調べれば出てくるのかもしれませんが、今は確かにありません。状況証拠のみですよ。というわけで、別の手段を用いるとしましょう」
そして幸太郎は陰の気を練り、片方の手を亡骸に向け、軽く振ったのである。
その直後であった。
「キャァァ!」
「な、なんで!」
「ば、馬鹿な!?」
空洞内に悲鳴が響き渡った。
理由は勿論、亡骸であった。
そう……女達は動き出したからじゃ。
女達の亡骸はゆっくりとした動作で、小早川へと近付いていった。
「こ……ば…やかわ……さん……どうして」
「なんで……わたし……を、ころすの……なんで……」
「ころさ……ない……で」
女達は口々に呻き声を上げながら、小早川へと向かい、たどたどしく歩いた。
小早川はそれを見るや否や、大きな口を開け、悲鳴のような声を上げた。
【ウワァァァ……く、来るなァァ! 来ないでくれェェ!】
そして、恐怖のあまり腰を抜かしたのか、その場に尻もちをついたのじゃった。
小早川は亡者から逃れようと、尻を着いたままの姿勢で必死に後退した。
すると程なくして、亡者達が追い付いた。
小早川の足に女達の手が伸び、そして掴んだのじゃ。
じゃが、小早川は尚も必死に足掻いていた。
【お、俺は悪くない! 俺はお前達を、いつまでも綺麗なままにしてあげようとしたんだよ! だから! 俺は悪くない! お前達もそう言ったら、俺についてきたじゃないか! でもちょっと失敗したんだよ。そうだ……失敗しただけなんだ! だから……そんな風に迫って来るなァァァ! 俺に付いてきたお前達も悪いんだ! 欲に目をくらませて、俺に付いてきた、お前達がなァァ! く、来るなァァァ!】
古代の神話に黄泉比良坂の話があるが、こ奴は見てはならぬモノを見てしまったのじゃろうな。
これは、その末路じゃ。己の闇を見て、それに負けた者のな。
自らの闇を吐露する小早川は、亡骸に足を掴まれながらも、必死で足掻き、そして後ずさった。
しかし、それも終わりを迎える。
なぜなら、小早川の進路を遮る存在がおったからじゃ。
その存在とは、幸太郎であった。
幸太郎の足元には、尚も必死に足掻く、小早川の姿があった。
小早川は地獄を見たかのように、恐怖と絶望を両方味わっているような、凄い形相をしていた。
もう頃合いじゃな。
「小早川さん……アンタ……数え厄満だね。ちょっと罪を重ね過ぎだよ。だから、俺がアガらせてあげるよ」
幸太郎はそう言うと、中腰になり、小早川の背中に手を当てた。
そして己の周囲に纏わりつく、陰の気を一気に、小早川へと大放出したのじゃ。
おおう、立て板に水の如く、不幸な気が小早川へと流れてゆくのう。
しかし、当の小早川は何も気付いておらぬのか、今も尚、亡者達から逃れようとしていた。
まぁ呪術者でもない限り、陰の気は見えぬからの。
貴堂沙耶香は流石に気付いておるのか、幸太郎の行いを凝視していた。
後で色々と聞かれるじゃろうな。
まぁとはいえ、これで幸太郎の目的は達成じゃ。
今回はなかなかの罪人じゃったので、沢山お裾分けできたわい。
ええ感じじゃ。これで暫くは、幸太郎も不幸に悩まされずに済むじゃろう。
陰の贈物を届け終えた幸太郎は、そこで腰を上げ、反魂の術を解いた。
女達は事切れたように、ピタッと動きが止まった。
そして、幸太郎の足元には、肩で息をする小早川の哀れな姿があるのじゃった。
ぜーぜー言っとるわ。
「はぁはぁはぁ……し、死体が……動かなくなった……」
「はい、終了です。小早川さん……お前はもう既に、不幸になっている! お大事に……」
どこぞの世紀末救世主みたいな捨て台詞を、幸太郎はそこで吐いたのじゃった。
まぁ爆発はせぬがの。
「え……不幸?」
状況を把握できてない小早川は、それを聞き、呆然としておった。
そんな小早川を無視し、幸太郎はそこで貴堂沙耶香に視線を向けた。
「以上です、貴堂沙耶香さん。今の自白、ちゃんと録れましたか?」
すると貴堂沙耶香は、睨みつけるような険しい表情で幸太郎を見ていたのである。
そして、幸太郎に素早く近づき、耳打ちしたのじゃった。
「あ、貴方……何考えてるのよ。普通の人が見ている前で、術を使うだけじゃなく……禁止されてる反魂の術を使うなんて! まぁいいわ……後で話があるから、覚悟しといて!」
幸太郎は貴堂沙耶香の剣幕に、少し引いていたが、まぁとりあえずは頷いておった。
「はい、では後で……」
「いずれにせよ、後はもうこちらでやります。貴方は他の方々と一緒に、この場に待機していてください!」
そして貴堂沙耶香は、事態の収拾へと取り掛かったのじゃった。




