十一の巻 鬼
[十一]
貴堂グループの準備も終わり、幸太郎達はホテル内で待機をしていた。
そして、正午前になると、イベントの参加者達がゾロゾロと八王洋館ホテルにやってきたのじゃった。
北条の部下である吉川と手島は、ロビーの受け付けカウンターで、名簿と照合しながら、参加者の身元確認を行っていた。
幸太郎達もその手伝いをさせられているところじゃ。
それにしても、来る者達は皆、一癖も二癖もありそうな奴等ばかりじゃった。
見た目は、気品ある者や普通の者、輩風の者と多岐にわたっており、性別も半々くらいじゃろうか。
夫婦で参加しておる者もいれば、仕事として来ている者もいる。
それは様々な素性を持つ、老若男女達ばかりであった。
皆、色んな事情を抱えているようじゃ。
それも……不幸な事情をの。
参加者の顔を見ればようわかるわ。
何人かは笑顔でいるが、目が全然笑っておらぬ。
周囲の者達に向かい、殺気立った目を向ける者。警戒するように、チラチラと参加者を見る者。にこやかに挨拶や話をしているが、その実は、相手の思惑や素性を探る者等……それは見る者が見れば、異様な光景じゃった。
それもあり、ホテルのロビーは賑やかではあるが、全く華やかな雰囲気ではないのじゃ。
さしづめ、このホテルは今、不幸の館といったところじゃろうか。
いや……不幸のお祭りか、それとも、不幸のごった煮か、蠱毒の壷か……ええい、もうどうでもよいわ。
とにかく、そんな曰くつきの奴等が一杯いるのじゃ。
しかも、誰も幸福な気を発しておらぬ。
そう……不幸な奴等しかおらぬのじゃ。
この場は陰の気が渦巻いていた。
幸太郎からすると息苦しいじゃろうな。我の所為で、そういった気を集めてしまう故。
それを裏付けるように、幸太郎の顔も曇っておるわ。ほほほほ。
とっととおすそ分けをして、幸太郎も帰りたいに違いない。
じゃが、好機をよう見極めねばならぬので、大変じゃのう。
陰の気のおすそ分けは、数多の不幸を自分の意思により周囲に与え、その上で幸福を得ている者が対象じゃが、更に条件があるのじゃ。
そ奴が絶望しておる時じゃないと、うまく渡せぬのじゃよ。難儀な話じゃて。って我の所為じゃな。
そこが肝じゃから、幸太郎も大変じゃ。
まぁでも、こ奴はできた弟子じゃから、うまい事やるじゃろうがの。
しかし、陰の気か……そういえば以前、幸太郎は面白いことを言っておったのう。
この国では陰はその後、鬼という文字を当てられるようになったとか、ならぬとか。
幸太郎も色々と調べていて、そういう説があるような事を言っておった。
まぁ真偽の程はようわからぬが、我がいた時代……陰とは霊の事であった。
見えぬ死者の魂も陰じゃ。
幸太郎の説じゃと、それが後の世で化け物となり、ある時は鬼神となり、様々に意味が変化していったようじゃな。
まぁあくまでも、そういう説があるというだけらしいがの。
しかし、我も思うところはあるのじゃ。
我が生きていた頃、嘗て大陸から、我の元に訪ねてきた使者がおった。
使者は我に向かい、こんな事を言っておったのう。
其方は鬼道を用いて世を治めておるのかと。
大陸では鬼という文字が死者の霊魂を表しておると聞いた。
なるほどの。幸太郎の言っておることが本当ならば、ここから転じておるのじゃろう。
元々、我の呪術は秦の方士・徐福の流れを汲む秘術。その理は、大陸に通ずるモノじゃ。面白い話じゃよ。
陰が鬼となる。
鬼とは即ち、今の世では憎悪や畏怖の対象となる魔物じゃ。
なるほどのう。不幸の象徴ではないか。
そんな鬼の気を放つ者が、この場に蠢いておるのじゃ。
鬼がおるこの場は、現世の地獄といったところかのう。
世の中には、このような場が至る所に沢山あるのじゃろうな。
ならば我は、鬼そのモノといったところか。
そして、その弟子たる幸太郎は、鬼の化身なのかもの。
誠に不幸な事とは、鬼の気が引き寄せるモノ。ならば今のこの状況も、考えようによっては、我と幸太郎が引き寄せたのかもしれぬな。
まぁそれはさておき、見せてもらおうではないか。
現世の鬼の祭りをな。
*
ホテルのロビーに参加者が集まったところで、北条が前へと出てきた。
「では皆様、お集りのようですので、これよりイベント会場である旧海軍基地へとご案内致します。お荷物を一旦、この場に置いていただき、今からご移動願えますでしょうか」
するとそこで、参加者達は少しざわざわとしだした。
北条の話じゃと、詳しい説明は事前にしてないそうじゃ。
かなり秘密裏に進めている催しのようである。
それはともかく、そのうちの1人、やや年配の白髪混じりの男が、そこで声を上げた。
「む? 着いて早々、いきなり始めるのかね。我々はまだ来たばかりなのだがな。それに、荷物もまだホテルに置いてきてないぞ。食事はどうするのかね?」
北条は男に頭を下げた。
「申し訳ありません、大河原先生。今日は後援の貴堂グループ様より、どうしてもこのようにしてほしいと、ご指示を賜りましたので、ご協力のほどよろしくお願い致します」
「しかしだねぇ、君、少々事が性急過ぎやしないかね。我々は着いたばかりなのだぞ!」
年輩の男は憤慨していた。
するとそこで、あの女子が前に出てきたのである。
貴堂グループのあの女子じゃ。
「大河原都議、色々と言いたいことはあろうかと存じますが、ここは我々の指示に従って頂けませんでしょうか?」
「む、君は誰だね?」
「ご紹介が遅れました。私は貴堂グループの貴堂不動産に所属する者です。今は貴堂不動産・土地開発事業部の統括部長をさせて頂いております、貴堂沙耶香と申します」
女子は堂々とした所作で答えた。
すると男は、その名を聞き、目を見開いたのじゃった。
「貴堂沙耶香……そうか、貴堂総帥の曾孫である遣り手の女部長とは貴方の事であったか。これは失礼した。では、そのようにするしよう」
ほう、やるのう、この女子。
名前だけで黙らせてしまいよった。
貴堂グループの威光だけでなく、この女子自身も相当鳴らしておるようじゃ。
面白い女子じゃな。
「ありがとうございます、大河原都議。では北条さん、進めて下さい」
「畏まりました。では皆様、私の後に続き、旧海軍基地跡へと参りましょう。こちらでございます」――
そして、この場にいる者達は皆、北条の後に続き、移動を始めたのであった。
さてと色んな者がおるのう。
ほほほほ、面白いぞよ。




