第49話 未来の為に
俺はとある大型ショッピングモールに来ていた。買い物が目的じゃない。
――ついに、俺の夢の一つが形になった。
「やっぱり、家族連れに食べてほしいんだよなぁ」
横の遥香ちゃんは、やけに冷静だ。
「あの列、家族連れが一人もいないように見えるけど」
ショッピングモールのフードコートには似つかわしくない、十人ほどの列ができている。
呼び出し機で待たせているから、見た目以上に待ち人数は多い。
その先にあるのは『令和』の看板――ウチの店だ。
確かに、列に家族連れは見当たらない。並んでいるのは男ばかりだった。
「いや、あれはお父さんたちなんだよ」
俺は、ちょうど受け取った客の一人に目を向ける。
三十代前半くらいのポロシャツ姿の男が、妻と小学生くらいの子供が待つテーブルに戻っていく。
「遥香ちゃん、あのへんの席で、ちょっと様子を見ようか」
「店の視察に来たんじゃないの? まあ、いいけど」
子供はもうたこ焼きを食べ終え、奥さんはカレーを食べている。
奥さんは、行列に並んだ夫に呆れ顔だった。
「もう、あなた遅すぎ! ヒロシ、たこ焼き食べ終わっちゃったじゃない」
呼び出し機で待ってる間に、子供は食べ終えてしまったらしい。
このフードコートのたこ焼き、結構うまい。俺の手元にもある。
父親がトレーから小さな丼を持ち上げ、子供の前に置く。
「ごめんごめん、ちびっ子ラーメンも頼んどいたからさ」
これが俺のフードコート戦略だ。
四百円の半玉ラーメンがある。
かつて売れなさすぎてメニューから外された、俺の渾身の一杯だ。
子供は目をキラキラさせている。
「これ、僕のなの!?」
「ほら、お食べ」
「わーい! いただきまーす」
こんな風景が、フードコートのあちこちで見られる。
これが俺の望んでいたものだ。
このフードコートへの出店は、俺の肝入りの施策だ。
最近は出店計画に口を出さなくなった俺が、ここだけは強く押し切った。
遥香ちゃんは、あまり乗り気じゃなかった。
『フードコートは場所代が高いから、別の場所に出したかったんだけどね』――そう言っていた。
経営リソースは限られている。
その中で利益を最大化しようとしたら、フードコートに出店するのは悪手だ。
しかも子供向けのメニューなんて、手間が増えるだけ。
『ちびっ子ラーメン』は利益度外視で、おもちゃまで付けている。
俺は、こっちを見てくる遥香ちゃんに言い訳した。
「でも、うちの顧客層は広がったと思うけどね!」
「この店以外に親子連れなんて来ないわよ……」
今はこの新店舗を除いても、関東に二店舗、関西に六店舗がある。
どれも行列店ばかりで、親子連れが来られる雰囲気じゃない。
この店で顧客層を広げても、既存店舗の客足が増えるわけじゃない。
それでも俺はフードコートに出店したかった。
ウチを取り巻く環境は、たしかに良い。
カップ麺は半年で四千万個売れた。
このブームを逃すまいと、組織は急拡大した。
比較的育てやすいはずの店長が、完全に足りなくなっている。
だけど、いつかきっと、この店も勢いが落ちる時が来る。
カップ麺は日露食品が、ほぼ同じ味のものを二十円安く売り始めている。
インスパイア店のレベルもどんどん上がっている。
……まあ、それに関しては、俺がテレビでペラペラ喋っているのも理由だけど。
それに、どんな味だって、いつか必ず飽きられる時が来る。
「だからこそ、俺は未来に投資しているのさ」
「はぁ……。敦史くんは視線が先すぎて、ついていけないわ」
フードコートは場所代が高い。けど、今まで令和を食べようともしなかった層に届く。
子供も食べるし、女性には濃厚味噌が好評らしい。
この店なら、顧客層を拡大できる。
そして、顧客層の広さは、勢いが落ちたときにこそ効く。
たとえば十年後を考える。
その頃、今行列に並んでいる客たちはきっと年老いて、食の嗜好も変わっているだろう。
そのとき、この子供たちが新しい顧客になってくれる。
俺がまだ社長をやっているかは分からないが、今この子供たちの体験は、俺たちの資産になるはずだ。
それに、考えたくはないが、この店が時代に淘汰されて消えることもあるかもしれない。
でも、子供の頃に食べた思い出は消えない。
子供たちの笑い声が響くフードコートで、俺はそんなことを考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
フードコートから社用車で帰る途中、俺はハンドルを握りながら街並みを眺めていた。
駅前なのに再開発されない古びた家並み。昔ながらの住宅。国道なのにやたら狭い道。
――そして人々の活気。
平成初期――この時代には、まだ昭和の匂いが濃く残っていた。
「あ、そういえば敦史くん」
助手席で何かの報告書を読んでいた遥香ちゃんが、思い出したように俺に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「あのね、先週、最近ちょっと体調が悪いって言ってたじゃない」
確かに、そうだったな。
先週、珍しく予定外の休みを取ってたから、妙に覚えてる。
遥香ちゃんは続けた。
「午前中に病院に行ったら、妊娠してるらしいの」
えぇ……。
そんな軽いノリで言うことじゃないと思うけど。
なんか複雑な感情が湧いてきた。
もちろん嬉しい。けど――前の人生との決別が、はっきりしたからだ。
「おめでとう! じゃあ、しばらく会社は休む?」
「ギリギリまで働くつもり。だって敦史くんの研究の時間を奪いたくないんだもの」
妊婦を働かせるのは心配だ。でも、ありがたい。
家に帰ってから、俺はそっと遥香ちゃんを抱きしめた。
さて、第三章はここで一区切りです。次話から最終章に入ります。火神くんの戦いがどこへ辿り着くのか、最後まで見守っていただけると嬉しいです。
序盤はPVが伸びず、打ち切りを考えたこともありました。けれど皆さまの応援と評価に支えられて、ここまで進めてこられました。この作品が最後まで走り切れるのは、間違いなく読んでくださる皆さまのおかげです。
最終章も、どうぞよろしくお願いします。
次話は最終章の構想を詰めるため、少しだけお時間をください。お待たせして申し訳ありません。




