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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳パンダ
全国編

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第48話 火神先生のラーメン教室①

 新店舗の開店を見届けた俺は大阪に……帰れなかった。

 スープ工場の引き継ぎと、麺の開発がまだ終わっていなかったからだ。

 麺はなんとかなりつつある。結局は配合比の問題だ。あと数週間、時間さえかければ安定して製麺できるだろう。


「……こんなもんかなぁ」


 スープのレシピが流出するわけにはいかない。このスープは店の柱だ。

 俺がいなくても秘密は守られるようにしないといけない。

 簡単に日露食品に模倣されたカップ麺とは重要度が違う。

 あんなのは粉末だし、大企業なら分析して一瞬で真似できる。


 日露食品が液体スープまで数ヶ月でほぼ同じところまで再現してきたのは予想外だったが……。

 彼らは何故あんなに技術力が高いんだろうか。

 でも文句は言えない。レシピに特許はかけられないのだから。


 俺は工場の引き継ぎを進めていた。スープの機密を守る肝は『分業化』と『原材料の隠蔽』だ。

 アルバイトは担当工程しか知らない。

 混ぜ担当は混ぜ方しか知らないし、材料を入れる担当はそこしか知らない。

 

 社員は全体工程を知っているが、肝心の調味料はブラックボックスだ。真似はできない。

 それに一部の材料は、大阪で作ったものを関東へ送っている。


「まあ、仮にレシピが漏れても、原価が高すぎて真似できないとは思うけど……」


 一杯あたり、とんでもない量の豚骨と鶏ガラを使うスープだ。あまりにも原価が高い。

 とはいえ、秘密にするに越したことはない。


「一店舗だけじゃ、この工場のコストは賄えないんだよなぁ」


 毎日18時間稼働で、バイトと社員を合わせて10人が回している工場だ。

 神保町の店の客足は途切れないとはいえ、さすがに一店舗ではペイできない。


 遥香ちゃんが作ってくれた出店計画を眺めながら、俺は呟いた。

 ものすごくイケイケな計画だ。来年だけで関西で6店舗、関東で3店舗の新設を計画している。

 銀行もノリノリなのでタチが悪い。


「まあ、バックオフィスも一気に拡大したし、行けるとは思うけど」


 あのパワーは何なんだろう。やっぱり、この時代の人は令和では失われたチャレンジ精神があるよなぁ。

 バブル経済は、悪いことだけじゃなかった。

 その頃に投資された技術が、令和の日本を支えていたと思うし。


「まあ、俺はラーメン作っとければそれでいいや」


 そんなことを思いながら、俺はスープ工場の作業を見守った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ようやく関東の工場を安定させ……大阪に帰ってから、もう一ヶ月が経っていた。


 ――俺は鶴橋の、とあるラーメン屋の厨房に立っていた。ここはウチの新店舗……ではない。


 いわゆる『令和インスパイア』の店だ。

 ここの店長は脱サラして退職金を注ぎ込み、鶴橋の飲食街に店をオープンした。

 ウチの店の味を真似た豚骨醤油の店だ。

 だが最近は客足は落ち、経営はピンチだった。


 なぜ他所の厨房に立っているのか。理由はテレビの企画だ。


 俺の服には、芸能人が使うようなピンマイクが付いている。俺は店主が不安そうに出してきたラーメンのスープを味見して一言。


「うん、なるほどね……」


 ……パンチが弱い。どう言うべきか迷う。


 このテレビ番組は、経営に困っているラーメン屋にアドバイスをしようというローカル番組だ。

 関西のラーメン業界が発展するのはいいことだと思って、ディレクターからの話を引き受けたんだけど……思った以上に一般にも受けて、シリーズ化までしている。


 関東に行っててバタバタしていたので中断していたが、最近復活した。

 中断前の放送が好評で、それを見て応募してきた店舗の中に、この『令和インスパイア』の店があったわけだ。

 そのことをディレクターから聞かされた時は、かなり戸惑ったものだ。

 パクった側が本人に助言を求めるのか、と。


 だけど俺は考えた。

 これは良い機会だと。

 出来にばらつきのあるインスパイア店の底上げを、ずっとやりたいと思っていた。


「このスープ、化学調味料をほぼ入れてないですよね?」


「はい、ウチは素材の味を重視してやってます」


 ここのラーメンは600円。

 しかも一店舗だけなので大量発注もできず、そこまでスープに原価はかけられない。

 ガラの量は俺たちのラーメンの半分、いやそれ以下だろうか。


 店長の目には燃えるものがある。もう後がないのだろう。

 調理過程を全部見せてくれた。

 その上でプライドを捨てて、俺に頼んでいるんだろう。


「もっと化学調味料を使わないと薄すぎますね」


 ウチのラーメンほど材料をふんだんに使えば化学調味料は少量でいいんだけど、このラーメンならある程度の量が必要だ。


 俺の言葉に店長はおずおずと反論してきた。


「でも、増やすと塩辛くなってしまうんですよね」


 ……なるほどな。

 俺はその症状に心当たりがあった。

 店の裏の倉庫に回り、使っている化学調味料を見せてもらう。

 グルエースだ。とある商社が出している大ヒット商品。

 特徴はグルタミン酸ナトリウム(MSG)の比率が100%であること。

 混ぜ物がないぶん安い。


「グルエースって使い方が難しいんで、このスープなら他のを使ったほうがいいですね」


「そうなんですか?」


 ラーメンに合わないわけじゃない。

 例えば二郎系のラーメンでは主力になる化学調味料だ。

 二郎直系の店で丼に白い粉を入れる光景を見たことがある人も多いだろう。

 あれはグルエース、またはその類似品だ。

 非常に強力だが、使い方が難しい。


 三大うまみ成分と呼ばれるMSG、イノシン酸ナトリウム(IMP)、グアニル酸ナトリウム(GMP)のうち、グルエースにはMSGしか入っていない。

 大事なのは三つのバランスだ。

 ちなみに後ろの二つは、カップ麺の時も調整したI-G比ってやつだな。

 二郎系ほど振り切っていないラーメンには、残りの二つが必要になる。


「というわけで、塩辛く感じるのはMSGが効きすぎているだけですね」


 俺はADに、近くのスーパーで化学調味料を何種類か買ってきてもらっていた。

 調理台の上に、いくつかの瓶が置かれている。


 味の素、ハイミー、いの一番、グルエース。主成分はMSGでも、添付されているものによって製品名が違う。

 例えば有名な『味の素』はMSGが97.5%、残りがI-Gだ。


 店長は、突然始まった化学の授業に置いていかれている。


「そうなんですね……」


 この時代の人って、反化学調味料的な教育を受けているからか、こういった基礎知識が足りないんだよなぁ。


「うーん、これがいいかな」


 俺は並んでいる中からI-Gが多く入っているタイプを選んで丼に入れる。結構な量だ。

 このラーメンだとこれくらいは必要だろう。

 化学調味料に負けないように、カエシも少しだけ濃くする。そこに既存のスープを入れる。


「これで試食してみてください」


 店主はレンゲで一口飲んだだけで、目を大きく見開いた。

 俺も一口飲んでみる。うん、鶏の深みがあるように錯覚できる。

 違いが分かる人には化学調味料の味だと分かるだろうけど、これなら多くの人は美味いと感じるだろう。


「原価が低いなら低いなりのやり方はあります。ウチはここまで化学調味料を入れてないけどね」


 ついでにフォローしておく。

 この放送がウチの店のネガキャンになったら大変だからな。


「なるほど……」


 本体のスープに手をつけなくてもこれだけ変わる。

 スープも改善できるところは多いけど、それは言わなくてもいいか。

 一気に言われても混乱するだろうし。


 なんでこんなことをしているのか。

 それは業界の水準を底上げするためだ。ラーメンを『文化』に昇華するには裾野が必要だ。

 いわゆるインスパイア店が必要だと思う。


 近くに立っていた女子アナが明るい声でロケの終了を告げる。


「火神社長のスパルタラーメン塾! いかがでしたか? 来週もお楽しみに〜」


 呑気な声が響く中。

 俺は必死にスープを飲む店主から目を離せなかった。

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― 新着の感想 ―
佐野さんかな・・仁王立ちで腕組してる姿が思い浮かぶぞ
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