第43話 平成カップ麺大戦
東京での新店舗の開店まであと三週間。それなのに、まだスープが完成していない。
それなのに、俺は都内のテレビ局のスタジオで腕を組み、ぼーっとしていた。
もちろん理由はある。スープ作りを諦めたわけではない。
ひな壇の芸人と掛け合っていた司会者が、俺の方を向いた。
「飛ぶ鳥を落とす勢いの『ラーメン令和』、火神社長の登場です!」
「どうも、火神です。今日はウチのカップ麺が一番だってことを証明しますよ」
台本通り、腕を組んだまま自信満々に言い切った。
このクソ忙しい時期に、俺はテレビ番組の収録に呼ばれていた。
コラボ先の前橋食品から、関東にいるなら宣伝に出てくれと強く頼まれた。
しかもこの番組は全国放送だ。断ることができなかった。
高級カップ麺市場は大盛り上がりだ。
『令和』とのコラボ麺は、250円という値付けにもかかわらず、すでに1000万個売れているらしい。
発売初期は流通が目詰まりしていたが、今ではどこのスーパーでも手に入るようになった。
この時代は集計が遅い。担当者いわく、もう2000万個に届いている可能性もある。
放送日に合わせて濃厚味噌の新味も出る。この番組でも当然、宣伝する予定だ。
当然、他社がこんな市場を見逃すわけがない。
とはいえ追随には時間がいる。俺の見立て通り、四ヶ月ほどで他社がどんどん模造品を出してきた。
司会者が、今月一気に売り出された新商品を次々と紹介していく。
「日露食品さんは、今月発売の『勝常軒』です!」
日露食品は、東京の有名な背脂醤油系のこってり店とコラボしていた。
ただ、カップ麺の味は醤油豚骨寄りで、店の看板とはズレている。
それでも、うまい。
正直、味は類似品の中でも突き抜けている。
たった四ヶ月でここまで仕上げてくるとは、正直驚いた。
ひげ面の大柄な店主が、マイクを向けられていた。
「勝常軒の勝俣です。今日は絶対に勝ちます」
日露食品が資本を入れて『勝常軒』を傘下に収めたらしい。
安定的にコラボできるし、リスクもない。大企業の力を活かした、いいやり方だと思う。
他社のコラボ麺も二つ紹介された。
そのたび、コラボ先の店主が腕を組んだまま挨拶する。
どれも醤油豚骨寄りなのが、逆に面白い。
ここまではいい。問題は最後だけだ。
ライバルの一社、ロケット製麺だけは白衣姿の開発担当者をこの場に出してきている。
「ロケット製麺さんからは『ラーメン庄内屋 俺の思い出の豚骨醤油』!」
パッケージには腕を組んだ有名メジャーリーガー。
横には『幼少期に食べた思い出の豚骨醤油を再現しました』なんて手書き風の文字が添えてある。
ロケット製麺は有名店ではなく、有名人とのコラボに大金を積む方向に舵を切ったらしい。
噂では二億円の契約だという。
ロケット製麺はそこまで大きな会社ではない。一世一代の大勝負だったはずだ。
このメジャーリーガーは兵庫県の尼崎市出身らしいが、俺の知る限り、あの土地に豚骨醤油のラーメン屋はない。
適当なことを言いやがって。
しかも味は正直、あまり美味しくない。
日露食品の新作を食べた後だと、真面目に作れよと思ってしまう。
それでも悔しいことに、『令和』の次に売れているのがこの『庄内屋』だった。来月にはウチの真似をして味噌味も出すらしい。
「では、まずは『令和』を審査員の皆様に食べていただきます」
司会者が仕切る。
審査員は食通の芸能人たちだ。
審査員と店主たちの前にカップ麺が並べられ、次々にお湯が注がれる。
見覚えのある女優が一言。
「これ、私も家で食べてるんですよ。お店のラーメンより美味しいですよね」
このカップ麺、自分で言うのもなんだけど、うまい。
この時代のどのカップ麺よりも仕上がりがいい。
女優が言うように、店のラーメンより美味しいと感じる人も多いだろう。
カップ麺としては強気でも、ラーメン屋と比べれば『たった』の部類だ。
まずい店も珍しくない時代だ。だからそれらよりは明らかにうまい。
「濃い味なのに不思議とクドくないんですよね」
元々、関西市場攻略用に作った商品だから塩味は控えめだ。
そして、それが若者だけでない、万人ウケするカップ麺として結果的に良かったようだ。
実は原価の都合で、そこまで濃くはできない。
豚エキスにはコストの限界がある。
このカップ麺の本当の価値は化学調味料にある。あと、片栗粉で出しているわずかなとろみだ。
俺も目の前の『令和』を一口だけすすり、カップを持ち上げた。
「おっ、奈良工場の生産か。これは初めて見たな」
二ヶ月前から子会社の工場を借りて生産している。
でも味のブレは大きくない。強いて言えば麺だけちょっと固いかも。
ただ、お湯の温度が原因の可能性もあるので誤差の範囲だろう。
生産体制の急激な拡大で、前橋食品の技術者は大変だったはずだ。ラインごとに機械の種類も微妙に違う。
「さて、王者への挑戦者です! 勝常軒!」
次に運ばれてきたのは日露食品のカップ麺、『勝常軒』だ。大々的にCMも流している。
一口、口にしてみる。
案の定、元の店とは全然違う。
同じように絶賛していく審査員。
「こちらは麺のモチモチ感がいいですよね」
スープはかなり露骨に寄せてきている。
だけど化学調味料の使いこなしでは、まだウチが上だと思う。
麺は『勝常軒』の方が出来がいいんだよなぁ。
ちなみに、この番組は最初から筋書きがある。
どのメーカーもテレビ局にとっては大事なスポンサーだ。
どこにも角が立たないように、先行者のウチが僅差で勝つ。そういう筋書きだ。
「さて、最後は庄内選手とコラボした話題作、『庄内屋』です!」
そして問題作が来た。
この麺、売れている。売れているんだが、全然うまくない。
ただの『豚骨に醤油を足しました』みたいな味だ。
よくこれで250円を取ろうと思う。
いや、売れているなら――これがこの時代の好みなのか?
やたら塩辛いカップ麺をすすりながら、俺は少し、自信が揺らいできた。
……と思ったが、酷評が出て少し安心した。
「ちょっと、このカップ麺は塩分が多すぎませんか? 若者向けすぎるかもしれないですね」
若者向けでも、これはさすがに塩辛すぎるだろ。
二億円も払うなら、ちゃんと開発に金を回してほしい。
パッケージの笑顔のメジャーリーガー、真っ白な歯を見せつける胡散臭いイケメンを眺めながら、そんなことを考えてしまった。




