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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳パンダ
全国編

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第42話 カッチカチ

 俺は関東に一ヶ月ほど滞在していた。

 一応、新婚なはずなのに。


 東京一号店は開店準備の真っ最中だ。店長に任命されて大喜びの美山くんは、精力的にバイトを雇っている。内装はまだ工事中だが、『令和』と書かれたどでかい看板だけはやたら目立っていた。


『関西から黒船がやってくる。逆輸入された家系は通用するのか!?』


 ラーメン雑誌には、そんな煽り文句まで踊っている。


 目立つ看板だ。

 一般人からしたら、この店こそが『令和』関東進出の最重要拠点に見えるだろう。


 だけど、本当にウチの最重要拠点となるのは別の場所にあった。


 茨城県南部。全線開通したばかりの常磐道から少し離れた、工業地帯の外れだ。

 トラックばかりが走る道沿いで、向かいにはのどかな田園風景が広がっている。


『株式会社令和ラーメン 守屋支店』


 名目上は飲食店登録にしている。食品工場扱いだと保健所の手続きが面倒だからだ。

 だが実態は、第二スープ工場。関東での事業拡大を狙う上で一番のキーストーンになる。


 もともと低温倉庫だった建物で気密性が高く、工事費も抑えられる。

 それなりの投資は必要だったが、ここは東日本全体を制するときの要になる。

 高速道路網に接続された立地で、今後の関東全域への配送が実現できる。

 建屋もかなり広々としている。

 何もない体育館の隅に、食品加工機械だけがぽつんと置かれている――そんな状態だ。


 ここからウチの躍進が始まる――はずだった。


 だだっ広い工場の中でスープを試食し、俺は項垂れていた。

 隣にいる美山くんは俺の反応を心配そうにずっと眺めている。

 ……この工場で初めて試作したスープ、それはあまりに出来が悪かった。


「このスープは出来そこないだ、食べられないよ……」


 背ガラ由来と思われる旨みが好き勝手に主張している。

 なぜか親鳥みたいな深みのあるダシを出す鶏ガラ、謎の後味、そして的外れな部分を埋める化学調味料。

 

 素材は一つ一つうまいのに、味がまとまっていない。

 試作一号とはいえ、酷い出来だ。


 横で同じようにスープを飲んだ美山くんも顔をしかめた。


「開店まであと一ヶ月半しかないんですよ!? 業者を今から替えたら、間に合わないです」


 このスープは本店のレシピ通りに作ったものだ。

 ただ、豚骨の業者もブロイラーガラの業者も違う。

 鶏肉も含めて、材料のほとんどが別物だ。


 実は鶏肉や鶏卵はともかく、豚骨や鶏ガラは全国的にほとんど規格化されていない。

 トリミング業者――屠畜場に出入りする業者――の手順次第で、仕上がりは全然変わる。


 とはいえ家系は、この差を吸収しやすい部類のラーメンだ。


「大丈夫。背ガラに付着する肉が多すぎるなら、鶏肉を減らせば少しマシになる」


 家系は博多豚骨ラーメンほど原材料にうるさくない。

 豚骨に加えて鶏ガラ、鶏肉、化学調味料、醤油で味を調整できるからだ。

 豚骨はもちろん基礎だ。だが、その上に積み重ねる材料でトータルの出来が決まる。


 ……逆に言えば、豚骨ラーメンがどれほど再現の難しい食べ物か分かるだろう。

 どうしても個体差はある。

 たとえば、いじめられて育った豚なんかは独特の匂いが出てしまう。

 家系なら多少は誤魔化せるが……俺は博多豚骨の店はやりたくない。


 俺は冷蔵庫を開け、原料を取り出した。チルドの豚骨は、やけに新鮮だ。

 朝に屠畜されたばかり――そんな感じだ。

 この工場は屠畜場から近い。そこも魅力的なポイントだった。


「今回頼んだ関東の業者は、背ガラに結構肉を残すタイプみたいだな」


 ケチな関西人なら、まずやらないトリミングだ。

 まあ、それはそれで化学調味料を減らせるからいい。

 原料の良さを引き出すのが、スープ職人ってもんだ。腕が鳴るぜ。


 俺は豚骨を指でトントンと叩いた。豚骨は工夫次第で、なんとかなる。


「材料はなんとかなる……。そこはなんとかなる。けど――」


 だけど、それ以前の問題があった。

 俺は近くの上水の蛇口まで歩き、ひねって手ですくい、飲んだ。


 そして顔をしかめた。問題はこれだ。


「でも、そもそも水が違うんだよな」


 いつの間にか隣に来ていた美山くんも、同意するように頷く。


「水道から出る水の味が明らかに違いますもんね」


 スープの土台は水だ。

 実は関西は、日本全体で見るとかなり特異な軟水地帯だ。

 そりゃ、関西と同じレシピを関東に持ち込めば、こうなる。そんな出来だった。


「たぶん硬度の違いで、スープの後味に粉っぽさが出てるな」


 日本全体は軟水〜中硬水だ。

 たとえば硬水で知られるドイツの水道水をCaCO3換算で測ると250mg/L。

 対してこの工場は62mg/Lだ。この数値は軟水と言っていいし、日本の平均くらいでもある。


 ただ関西は、世界的に見ても超軟水と呼ばれる部類だ。

 琵琶湖から水を引く京都は32mg/Lで、大阪も41mg/L。

 そう、水の硬さに()()()()()がある。


 この違いは数々の料理人を苦しめてきた。たとえば、水が硬いと昆布なんかは出汁が出にくくなる。

 同じ料理でも後味に苦味が出る。


「イオン交換機を入れれば軟水にできる。でも機械が高すぎる」


 俺たちは、この水で自分たちの味を組み直さないといけない。


「水のせいだと思うけど、麺もなかなか酷いことになってる」


 同じ機械、同じ設定、同じ小麦粉。それでも、全く違う麺ができる。


 ラーメンというより、製麺業界あるあるなんだが、他地域に出すと最初は大ゴケすることが多い。これは店員の質もあるが、水も関係している。

 福岡の自家製麺を売りにする某うどんチェーンが本州上陸のとき、麺のコシが出ずにかなり苦労した話なんかは結構有名だ。


 とはいえ、これは俺の問題だ。

 俺は美山くんに向き合って、肩をポンポンと叩いた。


「まあ美山くんは神田の店の準備を進めて。こっちはなんとかする」


「大丈夫ですか……? スープ間に合わなかったら開店できないですよ?」


 不安そうな美山くん。

 失敬な。俺はスープを一から作り上げた男だぞ。


 この材料と水の硬さを使って、もっといいスープに仕立てる。ただ本店と同じにするだけじゃない。そんな面白くないことはしない。


「まあ見てな。びっくりするスープを作るから」


 関東なら、塩辛さが苦手な関西人に遠慮する必要がない。

 俺の全力で、最高のスープを()()()作り直す。

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― 新着の感想 ―
水が違うと何もかも違うことになるのか
wwww◯岡さんwwww
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