第34話 侵略!ラーメン娘
「ファミリー層、ファミリー層ねえ……」
「もう、敦史くん。最近そればっかり考えてるね」
俺はオフィスで頭を抱えていた。
伊丹空港近くの店は、ファミリー層も狙っていた。
子ども向けに『半ラーメン』なるメニューも作ってみたが、ほとんど売れていない。昨日なんて、売上は0杯だ。
店長のケンジくんからは「オペレーションが複雑になるから、売れないメニューは廃止してくれ」と要望も来た。
せっかく子ども用のどんぶりまで特注したのに……。
「せっかく展望台まで用意したのになぁ」
あの店舗には、空から降りてくる大迫力の旅客機が見える――長所なのか短所なのか分からない特徴がある。
それを使って子ども向けの撮影スポットを作ったり、小学生以下には飛行機の玩具を配ったりもした。
だけど、わざわざ工業地帯まで飛行機を見に来る奇特なファミリーは、いないらしい。
頭を抱える俺に、遥香ちゃんは気楽そうに声をかけてきた。
「昼間も、けっこう席が埋まってきたじゃない」
俺の懸命な努力とは関係なく、昼間の利用者は着実に増えていた。
そもそも北新地の本店は常に行列で、長いと一時間は並ぶ人気店だ。
味も同じで、メニューも多い。完全な上位互換だ。
車が必要とはいえ、並ばずに入れる店がある――それが広まってきたわけだな。
「まぁ、そうなんだけどね」
でも、できることなら家族に――特に子どもに来てほしかった。
大人は外食しても、その記憶をすぐ忘れる。けど子どもにとっては、特別な思い出になる。
俺は子どもの思い出になるラーメンを出したかった。
まぁ、あんな工業地帯じゃ無理か。
別の店でリベンジするしかないな。
いつかショッピングセンターのフードコートにでも、出店してみたい。
「それに、週刊誌でウチの味噌ラーメンが取り上げられたんだし!」
「今日その話を聞くの、三回目なんだけど……」
昨日発売の全国誌のラーメン特集で、ウチの『濃厚味噌ラーメン』が取り上げられていた。
このラーメンを推している遥香ちゃんは、世間の注目を集めたのが嬉しそうだ。
その影響で、今日の味噌ラーメンの注文数は爆増。
店舗の要請でスープを緊急輸送してきたところだ。社長直々に。嬉しい悲鳴だ。
遥香ちゃんはよっぽど嬉しいのか、まだ記事を読んでる。放っておくと額縁に飾りそうな勢いだ。
「東京の記者だから、家系ベースの豚骨醤油より味噌のほうが目新しかったんだと思う」
「あのスープは、全国どこを探してもないからね」
濃厚味噌――自分で言うのもなんだけど、俺はこの時代にとんでもないオーパーツを持ち込んだ。
一応は味噌って名前だけど、これまでの味噌ラーメンとは次元が違ううまさだ。
このメニューは、関西以外でも戦えると思う。
斬新なのに、普遍性もある。
このラーメンで感じる味噌の主張が、どこか日本人の懐かしさを刺激する。
かなり強い一杯ができた。
「この記事、どこに飾ろうかな。一階の店の壁がいいかも!」
遥香ちゃんは鼻歌まじりに階段を降りていった。
楽しそうに働けているようで何よりだ。
しばらくして、遥香ちゃんが俺の母を連れて階段を上がってきた。
何の用だろう。母が二階に上がってくることは、ほとんどない。
「敦史、そろそろ新居を決めてほしいんだけど」
あぁ、その話か。
俺と母は今、梅田の近くに住んでいる。
だけど、この湾岸部にある本社までの通勤が大変なんだよなぁ。
梅田の駐車場は高いから、車を何台も持つわけにはいかない。家には、俺がスープの配達で使ってる軽自動車が一台あるだけだ。
必然的に母は車通勤ができない。
母は毎日、電車と滅多に来ないバスを乗り継いで、ここに通勤している。
あまりに不便な通勤環境だ。前から引っ越そうと話していた。
だけど俺は、その話を進めるのに消極的だった。
不動産の値段が高すぎる。
時はバブル最盛期。歴史上で最も不動産価格が高い時期だ。
誰もいないような場所のマンションでさえ、数千万以上の値段がした。
さすがにこの時期に不動産を買うのは、ちょっとアレだ。
「うーん、この土地に社宅でも建てるか」
実はこの土地、スープ工場と中華料理の拠点になってる。割と安く買えた。
そもそも住む人がいないから、投機の対象にならなかったんだな。
賃貸も高すぎるから、土地があるなら新築で建てたほうが安い気がする。
前に頼んだ建築士さんに発注しよう。
新店舗を完璧に作ってくれたし、一軒家くらい簡単に作ってくれるだろう。
「この土地に新しく一軒家を建てようか。何か希望ある?」
俺の言葉に、母は考え込んだ。
「うーん、私は和室の寝室が欲しいね」
和室の寝室……時代遅れな感じもするけど……。
まぁ、いいか。要望をメモしておく。
「私は寝室は洋室がいいかな。仕事ができるスペースも部屋の中に欲しい!」
遥香ちゃんは寝室は洋室がいいらしい。しかも少し広めがいいと。
「俺は別に、何でもいいかな」
俺も自分の部屋があれば……それでいい。
そんな感じだ。基本、ラーメンはこの工場で試作してるから、家に特別な設備はいらない。
「よし、こんなところかな。土地も余ってるし、平屋で建てようか」
……俺はこの時、気付けなかった。その違和感に。
要望を設計士に丸投げして、設計図を流し読みして、工事が始まってもまだ気付けなかった。
俺が気づいたのは、四ヶ月後に建物が出来上がって、内装工事に入る前だった。
母と二人で家を内見していた時、とある部屋の前で強烈な違和感に襲われた。
「ん? よく考えたら、なんで火神家に遥香ちゃんの寝室があるんだ?」
あまりに自然に、この一軒家に住むつもりでいる遥香ちゃん。
俺の当然の疑問に、隣にいた母が答えた。
「まぁ、いいんじゃないのかね。遅かれ早かれって話だし」
母の中では、俺たちはどういう扱いなんだろう。
別に俺たちは付き合ってないんだけど……。
少なくとも俺は、そう思ってない。
「俺は……」
母に、なぜかうまく反論できなかった。




