第31話 新店舗見学
弟子入りを志願してきた美山くんに仕事の流れを見せるため、俺たちは軽で伊丹空港近くの新店舗へ向かった。
助手席には、なぜか当たり前みたいに遥香ちゃんが座っている。
「店の隣にコンビニがあるんですね」
「あれも、ウチの会社でやってるんだよ」
俺はコンビニの看板を指して続けた。
「トラックの人たちが『ついでに買い物したい』って、よく言われるんだ」
会社がフランチャイズ契約してるコンビニだ。
かなりゆるいチェーンだから、ノルマも少ないし、ロイヤリティも安い。
看板と仕入れルートだけ借りてる、って感じだな。
有名どころじゃないけど、周りに競合がいない。だから、けっこう儲かっている。
「まぁ、まずは店を見てみようか」
どでかい看板に『ラーメン令和』の文字。
防音対策で、入口は雪国でよく見かけるような二重扉になっている。
ガラス越しに見える店内は……ガラガラだった。
「この店、ランチは全然流行ってないんだよね」
俺が言い終えるより先に、美山くんの顔が曇った。
これから働くかもしれない店が、この有様だ。不安になるのも当然だろう。
俺たちが二重扉を抜けて店内に入るなり、ホールのバイトが駆けつけてきた。
暇を持て余してたんだろう、ものすごい勢いで飛んできた。
「いらっしゃいませ! ……あ、社長さんか……」
声が尻すぼみになる。落胆してるホールバイトだ。いや、一応俺、社長なんだけど……。
俺はここにヘルプで入りすぎて、バイトとは友達みたいになってる。
店員と軽口を叩きつつ、俺は注文を済ませた。
社長特権で、今日もタダだ。
そして、空いてるテーブルに三人で座り、店内を見渡した。
美山くんの不安そうな顔は、まだ消えない。
「なんかお客さん、少ないですね……」
「ランチは少なくてね。特に15時前後が一番ひどいんだ」
俺は言いながら、視線を店内に滑らせた。
客はカウンターに五人ほど。
ホールは女性バイトばかりで、四人もいる。
キッチンには副店長が一人だけ。
客と店員が同じ数の店だ。笑える……いや、経営者としては笑えない。
終わってるな、この時間帯。
こうなった理由は単純だ――開店準備でホールのバイトを多めに雇ったからだ。
けど法律のせいで、女性バイトは深夜に入れない。結果、昼に余った人員をここに回すしかなくなった。
時間帯需要の読み違いで、無駄が出ている。
とはいえ、急にクビにもできないし、シフトも削れない。
バイトでも、生活がある。こっちも雇った責任はあるからだ。
ただ、この女の子ばかりの光景は今だけだ。
17時を過ぎたら一気に男手が増えて、ピークに備えて店は臨戦態勢に入る。
「社長! お冷、置いておきますねー」
と、話してるそばから、水と紙おしぼりが出てきた。
暇だから、出てくるのがやたら早い。
水は俺の好みで、氷を山ほど入れたキンキンのやつだ。
「へぇ、紙おしぼりってファミレスみたいですね」
「まぁ、布おしぼりは衛生だの回収だので面倒でさ。リース物は特に厄介なんだ」
この時代の大阪は、飲食の備品リースに、反社会的勢力が噛むことがある。
だからできるだけ使い捨てにして、材料の流通に反社が絡むリスクを減らしている。
券売機で売上を残す、店長以外が現金を触らないってのも不正対策だけじゃなく、反社対策だったりする。
金がないところからは取れないからな。
そんなことを考えていると、さっきのホールの子がラーメンを運んできた。
今日はキッチンも空いていて、提供が早い。
「はい、餃子セット三人前です。味噌ラーメンは副社長さんですよね」
「ありがとう」
遥香ちゃんはお礼を言いながら、味噌のラーメン丼を受け取った。
彼女は最近、味噌ラーメンにハマっているのだ。
正直、この味噌ラーメンは――作ったのは俺なんだけど――本当にうまい。こっちを看板メニューにしても全然いけると思う。
「へぇ、この店は、味噌もあるんですね」
「そうなんだよ。全然売れてないんだけどね。そのうちテコ入れしないと」
味噌ラーメンは、一度頼めば、うまいのは一発で分かる。
ただ、多くのお客さんは頼むまでに抵抗感があるみたいだ。
やっぱり味噌で800円は、この時代の相場感だと高すぎる。
味噌ラーメンには『安いもの』ってイメージがまだ強い。
美山くんは、うまそうに麺をすすり始めた。
この子、本当にウチのラーメンが好きなんだな。
「この店で食べるのは初めてですけど、本店と遜色ないですね。むしろ、こっちの方が好きかも」
「理由の細かい話は、あとで。味がぶれにくい仕組みがあるんだ」
まあ、スープも麺もセントラルキッチンだからな。
店ごとの味の差は、ほとんどない。
――ただ、時間帯で多少ブレる。
俺はスープを一口すすって、顔をしかめた。
このスープ、やたら濃いな。
個人的には失敗作扱いでいいと思うほどだ。
たぶん、昼に客が来なさすぎたせいで煮詰まったんだろう。
スープは時間が経つと煮詰まって、どうしても濃くなる。
回転の速い本店なら問題になりにくい。
やっぱり、昼は仕込む量をもっと減らして、寸胴を回さないといけないんだろうなぁ。
「この餃子もおいしいです!」
――と、反省してる間にも、美山くんは嬉しそうに箸を動かしていた。
「あぁ、ウチのこだわりの餃子なんだよ」
餃子セットは、ウチの稼ぎ頭だ。
そこらのチルド工場から仕入れた、6個50円くらいの餃子に、250円くらい上乗せして餃子セットにする。
ご飯を付けても十分に利益が出る。
このセットはお得感があって、人気だ。
カウンター席にも餃子が並んでいるのが、遠目にも分かった。
全員が頼むわけじゃないが、三分の一くらいは出る。
でも客単価を上げて、原価率も押し下げてくれる優良商品だ。
麺を食べ終わった美山くんは、ためらいもなく残ったスープに、ご飯を入れた。
「やっぱここのラーメンは最後にご飯を入れるとうまいんですよね」
そう言って、雑炊みたいにした丼をかき込んだ。
彼がうまそうに食べる姿を見て、店をやってて良かったと思った。やっぱり、若者にうまそうに食べてもらうのが、一番うれしい。
胸の奥が温かくなる。
もっと笑顔を見るために、味を追求したい。
原価がどんどん上がっても、こだわりたいんだけどなぁ。
本当は米も、業務用の安いブレンドじゃなく、単一銘柄の新米を使いたい。
この時代じゃそこまで出回ってない新品種だけど、俺は『あきたこまち』が大好きだ。
粘りが強くて、粒も立つ。スープに入れたときが最高だ。
逆に昔から人気がある『コシヒカリ』は、スープにはあまり向かない。
俺の『新米あきたこまち』計画を止めた敏腕副社長・遥香ちゃんを見た。
彼女は俺の計画を『原価が高くなるからダメ!』と一言でぶった斬った。
彼女はうまそうに味噌ラーメンを食べている。
俺の視線に気づいたのか、味噌ラーメンの感想を話し始めた。
「この味噌ラーメン、世界一美味しいと思うわ。
やっぱり、このスープの奥行きと味噌の組み合わせが最高! なんでこれが売れないのかしら」
「家族連れの来店が増えたら、きっと本領を発揮するよ」
駐車場の方に目をやると、並んでいるのはトラックと営業車ばかりだ。
今のところ、この店に来るのはトラックの運ちゃんと周辺の労働者ばかり。
俺と遥香ちゃんで味噌ラーメンの売り方をいくつか考えたけど、どれも不発だった。
俺たちが話している間に、美山くんは食べ終えていた。
「いやぁ、おいしかったです。僕もこれから、このラーメンを作れるんですよね。楽しみです」
彼の目はきらきらしている。
そのまま、夢が叶うと信じて浮き足立っている。
でも、作り方を見ても同じことを言えるだろうか。
俺は少し心配になった。
俺は席を立って、厨房へ続く通路の奥を見た。
「じゃあ、厨房の中を見てみようか。ウチで働くかは、そのあと考えればいいよ」




