第28話 新店舗オープン
新店舗のために忙しく動き回っているうちに、季節はすっかり冬になっていた。
いよいよ開店の日だ。俺は従業員たちの仕事ぶりを眺めていた。
副社長の遥香ちゃんも、俺の横にいる。
ものすごく距離が近い。肩が触れているくらいだ。
この店で新しく雇ったアルバイトには、遥香ちゃんが社長の奥さんだと思われていた。
もちろん、そんなことはないんだけど。
付き合ってすらいないのに。
「意外に音は大丈夫だったね」
「窓少なめのRCだし、窓も防音、ドアも二重だからね」
労働安全衛生法の基準もあるから、業者に依頼して騒音を測定した。
防音設備によって、騒音は20dBも下がっている。
法的にも問題はない。ラーメン屋はもともとうるさいし、気にならない程度まで抑え込めているはずだ。
「お客さんは……問題なさそうだね」
俺は窓から外を見て、ため息をついた。
SNSがない時代、新しい店舗を開くのは大変だった。
だが、この店はその点で苦労しなさそうだった。
大型トラック用に用意した15台分の駐車スペースが、すでに埋まっている。
「乗用車用のスペースまでトラックで埋まっちゃったね」
これは母が積極的に宣伝してくれたおかげだ。
彼女の店に来た客へ、クーポン付きのチラシを配っていた。
あの店は南港――大阪の物流を支える大型貨物港の近くにある。
客層的にトラック運転手が多い。
そこで数か月、宣伝しまくった結果がこれだ。
トラックというのは駐車場を非常に大きく占有する。
とはいえ、別にそれを排除するつもりはなかった。
「では、開店します! よろしくお願いしますね!」
俺の一言で全員がキビキビと動き出す。
一か月、人件費を余計に払って何度もシミュレーションしてきた。
店長は北新地の店長だったケンジくんをそのまま連れてきた。
キッチンも北新地から熟練のスタッフを連れてきた。
心配はないはずだ……多分。
開店と同時に待合室にいた十人ほどをカウンターに案内する。
次の瞬間、新しく雇ったホールのバイト二人が外へ出て、車の中にいる客を呼びに行った。
待合表には車のナンバーを書いてある。
行列を作らせる代わりに、車の中で待ってもらう作戦だ。
立って待つより、お客さん的にもそっちの方が楽だろう。
ホールスタッフが客をカウンターに案内し、席に座らせていく。
事前に注文や好みは聞いてあるので、座って数分以内にはラーメンが出てくる。
「……(ズルズル)」
客は少し戸惑った様子だ。見慣れない色のラーメンに驚いているんだろう。
見ていると、スープを啜って衝撃を受ける人がいる。
そのあと麺を啜って、美味しそうに食べ始めた。
多分、思ったより新規客が多いようだ。
ホール担当に聞くと、クーポンを出した――つまり母の店の常連と思われる客は3割ほどだったそうだ。
しばらくすると、カウンターはすべて埋まった。
ホールスタッフはテーブルへ案内し始める。これもマニュアル通りだ。相席をお願いしていく。
遥香ちゃんはこの様子に満足そうだ。
「ねっ! 言ったでしょ。これくらいの箱を作っても、ちゃんと埋まるって」
「まあ、初動はいい感じだね。トラックの運転手ばかりだけど」
「でも、こんなに客がいるのに、トラックはどこに停めてるのかな? そんなに駐車場ないと思うけど」
ウチの駐車場はトラック用に15台分も用意している。これはとんでもない数だ。
外を見ると、乗用車用のスペースまでトラックが潰している。
それでも合計で20台しか停められない。
だが店内はトラック運転手で満員だ。
待機リストを見ると、さらに十五人が車内で待っている。
なぜここまでトラック運転手が集まるれるのか。その理由を、俺は知っていた。
「それはね、みんな違法な路上駐車をしているんだよ」
俺が先ほど窓の外を見てため息をついた理由だ。
実はラーメンと違法駐車は、切っても切れない関係だ。
例えば、家系総本家とされる店は昔は工業地帯のど真ん中にあった。
トラック客が非常に多い。だが、それを吸収できる駐車場があったか? 答えはノーだ。
この近くは工業地帯で、道路の路肩も広い。幸い違法駐車は交通の妨げにはならないとは思う。……それでも違法だ。
「まあ、こうなることは分かってた。結局、元凶は俺なんだよね」
俺の隣で、遥香ちゃんがバツの悪そうな顔をしている。トラック中心の集客キャンペーンを考えたのは彼女だからな。
でも最終決定権は俺の手元にあった。俺の責任だ。
「でも、なんでこんなに開店初日なのに人が集まるのかしら?」
「トラックドライバーのCB無線さ」
「CB無線……?」
80年代は、違法無線の最盛期。
トラックドライバーたちは長距離運転の退屈を紛らわせるために、違法な周波数を使って雑談するのが常識だった。
俺も受信機は持っている。電波の中では、ウチの店の口コミがかなりの頻度で流れてきた。宣伝効果は凄まじい。ちなみに受信だけなら合法だ。
一般客が来ず、トラックドライバーだけが大量にくる状況はそうやって生まれたのだ。
「ってわけで、こんな状況が生まれたんだよ」
「へぇ……敦史くんはそんなことまで考えてたんだね」
キラキラした目で俺を見つめてくる遥香ちゃん。……かわいい。
俺は少し居心地が悪くなり、体をモゾモゾさせる。
そもそもCB無線は日本では完全に違法だ。
CB無線は病院の機器を誤作動させたり、電磁耐性の弱い機器を狂わせて火事の原因になったりと、大きな被害を撒き散らしていた。
それを利用するなんて、俺の考えは道徳に反する。
「でも、トラック運転手の影響力は本当に凄いんだよ」
平成に『文化』に昇華したラーメン。
主に二郎系と家系が挙げられるだろう。
これらには共通した特徴がある。
若者向けの濃い味付け。
そして『口コミで広まった』ことだ。
二郎は有名私立大学のキャンパスの目の前だ。
卒業した学生たちは全国にその思い出を持ち帰り、やがて二郎は文化になった。
全国展開する下地になったわけだ。
そして家系。その名声を広めたのはトラック運転手だ。
先ほど言ったように、トラック運転手は独自のSNSとでもいうべきものを持っている。――違法CB無線網だ。
そして彼らは全国から来ている。
「トラック運転手はこの店の名前を全国に広めてくれる。きっと宣伝以上の価値を持つと思うんだ」
俺はこの二号店で種を蒔きたかったのだ。
無理にロードサイド店を出したのには理由がある。
創業初期から全国にラーメン『令和』の名を広めたい。
全国に広まった種はきっと、いつか『文化』に昇華する助けになるはずだ。
『俺のラーメンを文化に昇華させる』
そのためには清濁合わせ飲むことも覚悟している。
綺麗事だけでは俺の身の程知らずの目標は達成できないのだから。




