第27話 新店舗の設計
俺は遥香ちゃんが作ってくれた土地に関する資料を読んでいた。
馬鹿みたいに騒音が激しい空き地──あそこに新店舗を建てると決めたのだ。
ただ……想定外の問題が一つ起きていた。
「都市計画課と話してきたよー。さすがに補助金は出ないけど、優遇が手厚いよ。上下水道もタダで引いてくれるって!」
結局、土地は買わずに借りることにした。
長期の賃借契約だ。
あの土地の持ち主は行政で、200坪ほど買い取ろうとしたら、思ったより単価が高かった。
そして、もっと広く買ってくれと頼まれた。
その広さ、約600坪。
さすが行政だ。スケールが違う。
ちなみにテニスコートで言うと8面分。
多分、取り壊した市街地の土地をまとめた──つまり土地区画整理事業をやった場所だから、細かく分けたくないんだろうな。
さすがにそれは無理だ。というか、誰もいらねーだろ。そんな土地。
だって、土地全体で5億ぐらいする。予算オーバーだ。
しかもバブル崩壊後は、価値が多分1.5億ぐらいになる地雷案件だ。
だけど、行政は強気だった。
買取で提示してきたボッタクリ価格も、600坪まとめて使わせるための材料だったんだろう。
俺は資料を見ながら頭を抱えた。
「土地がさすがに広すぎないですかね……」
悩む俺の横で、遥香ちゃんはやけに機嫌がいい。
「広い分には困らないんじゃないかな!」
――そう、新店舗予定地の問題は、土地が想定以上に広すぎることだった。
だけど、遥香ちゃんは心配する俺を差し置いて、市役所に通い詰めて、どんどん交渉を進めていく。
実は遥香ちゃんは行政書士でもある。公認会計士だから、行政書士も申請だけで取れるんだな。
その肩書きを武器に、行政から譲歩を引き出していった。
遥香ちゃんは俺の横で資料を解説してくれた。
「でね……」
最終的に遥香ちゃんがまとめてきた条件は、かなり良い……はずだ。
話をまとめると、長期の賃貸で、賃料は地価の1%前後。さらに固定資産税の減免もある。
市はよほどこの土地を持て余しているように見えた。
騒音が酷すぎて、工業用途ですら使いにくい曰くつきの土地だ。
行政のことはよくわからないので遥香ちゃんに聞いてみる。
「600坪の年間の賃料が、評価額の1.2%、年500万円。これは相場的にはどうなの?」
「かなり安いと思うよ。大体、行政との契約だと2%が最低限なんだけど、この辺りはそれくらいで貸してるみたい」
しかも、上下水道付きで、固定資産税は5年間減免だ。
そして評価額換算だから、バブル崩壊後は賃料もかなり減るだろう。
遥香ちゃんが作ってくれた資料を眺めながら、俺はこぼした。
「こんなに賃料高くて大丈夫かなぁ」
原則として、飲食店の場所代は売り上げの5%ほどに抑える。
年500万円の賃料で健全に回すなら、年間売上が1.4億円は必要になる。
600坪、あまりの土地の広さに尻込みしている俺に対して、遥香ちゃんは楽しそうだ。
「いけるいける! うちのラーメン、美味しいもん」
年間売上1.4億を立てるには、1日に600杯売らないといけない。
本店の勢いが維持できれば余裕だろうけど……。
経営者としては俺より遥香ちゃんの方がはるかにイケイケだ。
まぁ、やるか。
銀行からの融資もあるし、自己資本もある程度ある。
もし仮に転けても本店の収益があるならいけるだろう。
「よし、これでいこうか」
小さく呟いた俺に、遥香ちゃんはガッツポーズをした。
「じゃあ、銀行に計画の修正を知らせてくるね!」
そう言って遥香ちゃんは早速オフィスを出て行った。
さっき役所から帰ってきたばかりなのに、彼女は慌ただしい。
ウチの副社長はエネルギッシュだなぁ。
見た目は大人しそうで可愛らしいのに、俺より情熱がある。
まあ、大人しそうな女の子が、大学進学率の低い時代に名門大へ進学したりしないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二ヶ月ほどして、無事に土地の賃貸契約は市議会を通った。整地工事はすでに実施中で、後は建物を建てるだけだ。
俺は設計事務所にお願いしていた図面を、遥香ちゃんと一緒に見ていた。
「うーん……」
飲食店に詳しい事務所に頼んでいるし、遥香ちゃんも一度目を通しているので、大きな問題はなさそうだ。
「どうかな? 結構、細かい要望も取り入れてくれてると思う。」
「図面って、見るの難しいね」
俺が建築士にお願いしたのは、防音設計と、巨大な冷蔵庫、それに巨大な寸胴を回せる高カロリーなガスだ。
さすがに建物の構造や防音については見てもわからない。
俺が確認できるのは工事総額と平面図だけだ。
さすがに俺も一からラーメン屋を設計したことはない。
初めての経験だ。だが、必要なことは一通りわかっている。
じっくり眺めること30分。
何が楽しいのか、遥香ちゃんは隣の席でニコニコしながら俺を眺めていた。
大枠では問題がなかった。
設計料込みの予算は1.2億円で、想定より少し安い。
令和の相場と比べると4割引きくらいで、かなり安いんだよなぁ。
ちょっとだけ気になる点があったので、少しだけ修正をお願いする。
「ここに券売機を置くとして、その少し手前に列を作れるスペースが欲しいなぁ」
このままだと出入りの動線を邪魔してしまう。
お客さんには基本、車の中で待ってもらう想定だ。
だって店の外は爆音だし。
だけど、券売機前にできる列はある程度想定しないといけない。
遥香ちゃんが図面の近くに顔を寄せてきた。
ものすごく近い。
シャンプーのいい匂いがする。
「確かにね、うんうん」と頷いていた。
頷くたびに、頬に彼女の髪の毛が当たった。
「修正依頼はそれだけでいい? なら、そのまま役所の建築確認に出しちゃおうと思うけど」
設計しただけでは建物を建てることができない。
役所が各種審査をして、建築の許可を出す。
「うん、それで大丈夫! ごめんね、俺は何もできなくて」
「敦史くんのスープ開発は会社の柱だし、そっちに集中してもらえると助かるから」
実は俺は、時間の大半をスープ開発と材料調達に使っている。
それ以外の時間は、ほとんど店を手伝っている。
遥香ちゃんがいなければ、俺はずっと事務作業に没頭していただろう。
母は本当にいい人を連れてきてくれたな……。
そう思っている。
遥香ちゃんは設計事務所へ打ち合わせに行くんだろう。
席に戻って電話をかけた後、オフィスを出て行った。
一人になって、俺は彼女が置いていった内装図を眺める。
普通のラーメン屋は、店舗面積の45%を厨房が占めると言われている。
新しく建てる建物の厨房は、普通のラーメン屋より少人数で回せるので、かなり狭めだ。
これはウチがセントラルキッチンを使うメリットだ。
厨房ではスープを最終調整してトッピングするだけなので、面積は店舗全体の2割ほどしかない。
少し狭めのキッチンとは対照的に、客席は馬鹿みたいに広い。
カウンター40席、4人掛けのテーブル10卓。
計80人。本店の4倍の客を収容できる。
この広々とした店舗。
こんなに店が広いのに、建物は土地の15%しか使っていない。
他は全て駐車場だ。
ぶっちゃけ、土地の広さ的には席数なんていくらでも増やせる。
だけど、これ以上増やしても駐車場が追いつかない。
客が道路に溢れかえってしまったら大問題だ。
「ロードサイドの店って難しいよなぁ」
600坪もあるのに、80人しか収容できないのだ。
そりゃ、ロードサイドのラーメン屋から名店が生まれにくいよなぁ、と思う。
だけど、俺は次の店舗を郊外に建てたかった。
俺には明確な戦略があったからだ。




