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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳パンダ
躍進

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26/49

第26話 味噌ラーメン

 実は俺は、この試食会で母の反応こそ知りたかった。

 俺は勝手に、彼女を老人枠として参加させている。

 まだ44歳だから、そう言ったら怒られそうだけど。


 母は注目の中で、まず一言だけ口を開いた。


「やっぱり、お年寄りの方向けには油が多い気がするね」


 特に年配になると、油が浮いた食べ物そのものを嫌う人が多い。

 この時代は、戦中戦後に口にした質の悪い酸化油がトラウマになっている人が多いことも、関係していると思う。


 それなら、濃厚味噌ラーメンから油を抜けばいいのでは、と思うかもしれない。

 実を言うと、濃厚味噌ラーメンと油はセットみたいなものだ。

 油を入れないと、食えたもんじゃない。

 油で舌をコーティングしないと、味噌の塩辛さがどうしても立ってしまう。

 塩気の薄い味噌をブレンドしても、最小限の油は必要だった。


「これでも多いかなぁ?」


「うーん、そもそも油っぽいものを食べたことない人、多いんじゃないかね?」


 関西はうどんを中心とした清湯文化圏だ。表面に油が浮く料理を受けつけない人が、一定数いる。

 それに、洋食文化が本格的に入ってくる前に大人になった世代は、どうしても和食しか食べたことがない。


「なんか、そういう人に向けた濃厚ラーメンを作ること自体、無理な気がしてきたな……」


 遥香ちゃんがフォローするように言った。


「まぁ、中華料理店もお年寄りが一人で来ることはないし」


「まぁ、そうかなぁ」


 そもそも、今みたいな中華料理店が流行り始めたのは、1960年代後半からだ。

 祖父の店も、その頃にできた。

 今の老人は、若い頃に中華を食べに行ったことすらない人が多い。


「それに若い女性だったら、そこまで無理なく食べられるんじゃない? トロみはあるけど、濃さは常識の範囲だし」


 このラーメンは醤油豚骨よりもドロっとしていて、粘度がある。

 それによって、既存の味噌ラーメンとは違う圧倒的な『濃厚』感を出している。

 でもそれは、味や塩分が濃いことを意味しない。

 ただ、コラーゲンが多いだけだ。


「まぁ、そうかなぁ。とりあえずこれで行くか」


 この時代の人に限らず、粘度と濃さの違いをよく分かっていない人は多い。

 そこを利用して、差別化しているわけだ。

 いや、濃いことは濃いんだけど、醤油豚骨の半分くらいだ。


 ちなみに母的には『今よりマシじゃね?』という評価だった。


「まぁ、今店で出してるやつよりは馴染みのある味だし、美味しいと思うね」


 まぁ、いいか。メインのラーメンじゃないし、二割くらい出れば十分だと思う。

 原価率が下がるから、遥香ちゃん的には『ぜひ本店でも!』と言っているくらいだし。

 立地が良くて回転が命で、オペレーション速度も上げたい本店では、採用しないかなぁ。

 ペーストとスープを混ぜるのにも、時間がかかるし。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 大阪市内中心部から車で30分ほどの空き地。

 遥香ちゃんは軽トラから飛び降りた。

 砂利にヒールが沈んで、歩きにくそうにしている。


「事業計画書では場所は未定だったけど、新しいお店は本当にこんなところでいいの?」


 この時代、土地が高すぎる。バブル真っ只中だ。

 そんな中でも、安い土地はあった。

 この土地は非常に安い。なぜ安いのか。


「ここはね、……」


 ――轟音


 すべての音が消える。

 すさまじい騒音を立てながら、飛行機が上空を飛ぶ。

 手を伸ばせば届きそうな距離に、その巨体があった。


 ダグラス社のDC-8。

 世界最初期の大型ジェット機の一つ。

 それが爆音を奏でながら、大阪の玄関口に着陸しようとしていた。


 轟音が小さくなったのを確認して、俺は続きを話し始めた。


「ここはね、めちゃくちゃ地価が安いんだよ。

 大きな国道沿いに入口をつなげるし、トラック用の駐車場も確保できるんだ」


「まぁ、そりゃそうでしょうね……」


 遥香ちゃんは呆れ顔だ。

 ここは大阪国際空港の進入経路の真下だ。

 大阪国際空港、通称・伊丹空港は、国際線も含めた大阪の玄関口だった。

 近くに住宅地が立ち並ぶ、日本屈指の市街地にある空港だ。


 だが、ここにはもう市街地はない。

 『あまりに騒音が大きすぎて』住民は国から補償を受け、退去している。家は取り壊された。


 この時代の飛行機は、あまりにもうるさすぎた。

 先ほど上空を通ったダグラス社のDC-8は、現代のジェット航空機の80倍のエンジン音を出す。

 地上では減衰するため、エネルギー量ほどの差はないが、それでも現代の三倍くらいうるさくなる。


 遥香ちゃんは少し困った顔をして言った。


「まぁ、道路沿いでアクセス自体はいいよね。

 近くは工業地帯だし……」


 ――轟音


 すべての音が消える。


 この時代は伊丹空港の最盛期だった。

 この空港からはアメリカ行きの便が大量に出ていた。

 恐ろしい頻度で航空機が着陸してくる。


 俺はポケットをガサガサ探って目当てのものを取り出し、遥香ちゃんに渡した。


「耳栓いる?」


「……貰おうかな」


 ここでは会話すらままならない。

 まぁ、建物を建てたら、なんとかなるだろ。

 それに今は気が狂いそうなほどうるさいが、騒音の代名詞であるDC-8はほぼ引退しかけていて、これからどんどん航空機は静音化する。


 ――轟音


 耳栓の上からでも聞こえる飛行機のエンジン音に、俺は少し甘く見すぎていたかもしれないと後悔していた。

 多分、買うけど。土地めっちゃ広いし、激安だし。

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― 新着の感想 ―
素晴らしい一等地!
更新ありがとうございます味噌ラーメンといえばコーン
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