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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳パンダ
躍進

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第24話 新しいスープ

 失敗作の麺を母に届けた後、俺はスープの試作に取りかかった。


 遥香ちゃんは白衣に着替え、髪をすっぽり隠す帽子をかぶっていた。

 この部屋は食品工場扱いだから、入るときはこの格好を義務にしている。


「最近、この部屋に来てなかったけど、あんまり変化ないんだね」


「見た目はね。でもスープは、一年前とは全然違うんだよ」


 開店から約一年で、スープ工場は大きく変わった。

 一番はチルドの豚骨を使えるようになったことだろう。


 この時代の冷凍豚骨は、品質が悪かった。

 令和なら、冷凍豚骨はそこまでハンデにならない。

 急速冷凍技術の発展で、むしろ品質がチルドを上回ることすらあった。

 海外産の冷凍豚骨を、あえて選ぶラーメン店まであった。

 海外産の冷凍豚骨はトリミングが甘く、骨の周りに肉がよく残っている。髄も多く、ラーメンには最適だ。


 だが、この時代の冷凍技術は豚骨を台無しにしてしまっていた。

 急速冷凍が未熟で、どうしても血の臭みが出てしまう。

 開業当初は、下茹でを長くして対応していた。

 だが、旨味も抜けてしまう。

 だからゲンコツを多めに使って、旨味を補っていた。


「チルドを使えるようになって、うちの味は劇的に進化したんだよ」


「うーん、開店時からそこまで変わらない気もするけど……。」


 ……まぁ、冷凍豚骨でもマトモな味になるように相当四苦八苦していたからな。

 その言葉は褒め言葉として受け取っておくことにした。


 チルドの豚骨を使えるようになったのは、つい最近だ。

 ある程度数が出るようになって、早朝に屠畜されたばかりの豚骨を仕入れられるようになった。

 屠畜業者と直接取引しているから、コストもかなり下がった。


 大阪市内には豚骨系のライバル店が続々と出てきているが、原料の品質ではそう簡単に勝てないだろう。


「敦史くん、そういや事業計画に味噌ラーメンって書いちゃったけど、スープの開発はどんな感じなの?」


 そうだ。俺は次の店で、味噌ラーメンを出そうとしている。

 今度の店は郊外に出す予定だ。

 車で来る客、特にファミリー層も一定数取り込みたい。

 事業計画にも、その方針を軽く書いてある。


「試作したベーススープを冷蔵してあるから、仕上げて試食してみようか」


 きっと女性や高齢者も来るだろう。

 そのとき、こってり系のメニューだけだときつい。

 それで考えたのが味噌メニューだ。


 女性の目線として、遥香ちゃんの意見も聞いておきたい。


「味噌はやっぱり中高年が好きだから売れると思うんだよね」


 実は昭和後期のラーメンブームの前、最初にブームを起こしたのは味噌ラーメンだった。

 1950年代に札幌で登場した味噌ラーメン。

 『冷めやすい内地の醤油ラーメンへの不満』。そんな地域的な事情から、札幌の味噌ラーメンは独自の進化を遂げた。

 そして60年代には逆輸出され、日本全土で味噌ラーメン旋風を巻き起こした。


 多加水・卵入り縮れ麺という強力なアイコンとともに本土へ渡り、大ブームを起こした。

 豚骨ラーメンブームに劣らない、むしろ凌駕していたのではないかと思うほどだった。


 年配の人間にとって味噌は定番だった。

 特に、関東ほど醤油ラーメン文化が強くない関西では、なおさらだ。

 そして味噌なら、そこまで油を入れなくても成立させられる。

 胃腸に優しいラーメンを作れる。


 俺の言葉を聞いて、遥香ちゃんは考え込んでいる。


「なるほどねぇ、でもうちの店で味噌ラーメンってきっと難しいよね」


「遥香ちゃんは味噌ラーメンのどのあたりが難しいと思うの?」


 彼女は少し目を見開いて俺を見つめた。

 目がクリクリしていて可愛い。

 『分かりきったことを、なぜ聞くの』という顔だ。


 昭和というよりも令和のアイドルのような容姿だ。

 時代が違えば、きっとモテモテだろうな、この子は。


 彼女は悪戯そうに笑った後、答えた。


「だって、味噌ラーメンってスープの味で差別化できないでしょ? うちみたいな高単価の店に合うスープなんて、できるのかな?」


 そう。

 遥香ちゃんが言ったのは、味噌ラーメンの弱点だ。

 それは、『味噌が美味すぎる』。

 それが、味噌ラーメンが下火になった理由だ。


 1960年代に日本中で大ブームを起こした味噌ラーメン。

 だが、10年ほどでその人気は下火になってしまった。

 その熱は、一過性で終わってしまった。

 北海道・新潟・山形などの寒冷地以外では味噌ラーメンは文化に昇華しなかった。


 人々は飽きてしまったのだ。味噌に。

 どんなに工夫しても、味噌ラーメンは味噌の味しかしなかった。

 味噌汁に何を入れても味噌汁になってしまうように、味噌ラーメンは何を入れても同じ味になってしまう。


 『味噌ラーメンなんて誰でも作れる。誰が作っても美味い』

 この時代、ラーメンマニアは味噌ラーメンを露骨に見下していた。


 遥香ちゃんが指摘したのは、そこだ。

 うちの店のラーメンは価格が高い。

 新規性のある醤油豚骨ならまだしも、味噌ラーメンで800円を取るのは難しい。


「でも、そんなこと敦史くんなら分かってるでしょ? だから、何も聞かなかったの」


「……やっぱり、遥香ちゃんはすごいね」


 遥香ちゃんは、ラーメンマニアなんだろうなぁ。

 巧妙に尻尾を隠し続けているが、かなりの強者だ。

 味もわかる、経営もわかる。

 片方が分かる人は多いが、両方できる人はなかなかいない。

 特に経営に関しては俺よりも知識がある。


「でも、味噌のポテンシャルは侮れないんだよ」


 先ほどの『飽きられた』という話には、反論も多いと思う。

 味噌ラーメンでも、豚骨味噌や赤味噌、白味噌といろいろあるじゃないか。

 そう思うかもしれない。だが、それは未来人の視点だ。

 味噌ラーメンが見直され、再ブームが起きるのは2000年代後半以降の話だ。


 この時代、味噌ラーメンは中辛の赤い米味噌を使ったもの以外はなかった。

 つまり、令和の人間がイメージする本場札幌のラーメンが、ほぼ唯一の型だったわけだ。

 赤味噌以外をブレンドする試行錯誤はあったが、味噌と豚骨を悪魔合体させるなんて発想は殆どなかった。


 俺は味噌ラーメンが大好きだ。

 味噌ラーメンは濃厚にすると、うまい。

 この時代の不当な扱いに我慢できなかった。


「じゃあ、試食しようか。俺の作った濃厚豚骨味噌ラーメンなら、きっと遥香ちゃんも驚くと思うよ」

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