第21話 平成
1989年は、天皇陛下の崩御のニュースから始まった。
テレビでは赤縁メガネをかけた官房長官が『平成』と書かれた紙を掲げている。
記憶通りの元号でよかった。
未来を知っている身としては、バタフライエフェクトで元号が変わってしまわないか内心ひやひやしていた。
俺の影響で『正化』とか『歯姫』とか、変なものになったらどうしようかと、ずっとドキドキしていたわけだな。
ラーメン店の二階、自宅の居間でニュースを見ていた母が言った。
「商店街は基本的にどの店舗も休むらしいわ
ウチの二店舗はどうするの?」
「休まなくてもいいんじゃない?
客層的に若者が多いから、普段より減っても採算は取れると思う」
俺の返事は、年配者にとってはとんでもなく不敬だ。
この時代の人々にとって、陛下の崩御は大地がひっくり返るほどの一大事だった。
全ての活動を中止して喪に服すのが当然という空気があった。
テレビではニュース以外の番組は自粛され、CMもほぼ流れない。
公共広告機構《ACジャパン》の代替CMさえ流れないほどだ。
つまり、東日本大震災の時とは比にならないほど自粛の度合いは激しかった。
後年の例で言えば、『ありがとウサギ! ポポポポ〜ン』すら自粛されるレベルだと言えば、社会的同調圧力の強さが伝わるだろう。
「全く最近の若者は、陛下への敬意がないんだから」
そんなことを言いながら、どこか嬉しそうな母。
母は最近、トラックの運転手と話すのが生きがいになっているようだ。
天皇陛下が崩御されたからといって、港湾労働者の仕事がなくなるわけではない。
母は本音では、店を開けたいのだろう。
懸命に働く彼らに、暖かいご飯を出してやりたいのだ。
俺は、陛下への敬意がないから店を止めないわけではない。
現実的な話をすると、別の問題がある。
「工場を止めると色々面倒なんだよね」
ウチのラーメンは他所とは原価率が倍くらい違う。
使う材料が多い。
納入業者は止まらないので、店を閉めると、工場はすぐ在庫だらけになる。
納入された食材は、どうしても廃棄せざるを得ない。
とはいえ、さすがに平常運転とはいかない。
客足は減るだろう。
だから明日のスープは、仕込みをかなり少なめにしておくか。
そうなるとチルドの鶏肉が余るので、母の中華料理店のメニューが少し豪華になりそうだ。
「じゃあ、私は店の明日の仕込みしておくね!」
そう言って母は軽自動車に乗ってスープ工場に併設された中華料理店に出勤して行った。
母の中華料理店は、多少は儲かっているが、本店に比べると利幅はかなり小さい。
行列が常にできているので、値段を高くすれば、本店に近いくらいの儲けは出るはずだ。
だが母はそれを望んでいない。
母の希望で、基本的に激安メニューだ。
だが俺は、それでいいと思っている。
母の生き甲斐を尊重したいのもあるが、利益以外の副次的な利点もある。
この店は産業廃棄物を処理してくれるのだ。
出汁をとった後のスカスカの鶏肉を料理に変換している。
最近は母が、豚骨を下茹でした汁まで料理に使い始めた。
使い道のないゴミだと思っていたが、母さんの手にかかれば、意外にちゃんとした一品になっている。
油混じりの液体は処理コストが高いから非常に助かる。
どうやって料理に転用しているのかは、正直かなり気になる。
「ゴミの錬金術師、火神すみれちゃんだな」
すみれは母の名前だ。
そんなことを呟きつつ、仕込みの様子も気になるので、一階の店舗にいる店長のケンジ君に挨拶しに行くことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
営業が終わった店内、締め作業をしながらケンジくんが話しかけてきた。
「今日はお客さんは少なめだけど、トラブルが何もなくてよかったですね」
「そうだね」
その言葉に大きく頷く。
この日は特に、トラブルがないかを心配していた。
この商店街で営業している店舗は、ここしかない。
街宣車に抗議されたりしたらどうしようと考えて、俺も一日、営業に付きっきりだった。
だが街宣車の皆さんも、今日はさすがに活動の自粛をされておられるようだ。
客入りは正直少なかった。
それでも来てくれたお客さんは、むしろ喜んでいたようだ。
陛下が崩御されても、働き続けないといけない人は多い。
社会全体は止まっても、インフラは止まらない。
病気になる人が突然いなくなるわけではないし、自粛している人でも電気やガスは常に要る。
「この店が営業している事に喜んでるお客さん多かったですもんね」
「そうなんだよなぁ」
客層にも少し変化があった。
今日は近くの飲み屋街、東通りや曽根崎から流れてきた酔客たちが、よく入ってきた。
この層の反応を見るのは結構面白い。
今進めている『計画』のためにも、メイン層とは違う彼らの反応は重要だ。
俺は目立たない位置から観察していた。
面白いことに、彼らの反応は皆同じだった。
まず、券売機の前で値段の高さに驚く。
ラーメンが来るとスープの色や油の多さに戸惑う。
だが麺を一口食べると一瞬止まり、その後猛烈な勢いで啜り始める。
ただし年配客には油がきつそうだった。
途中からは鶏油の量を減らして出すよう指示したほどだ。
俺は締め作業の最後に、券売機から現金を回収した。
俺の作業を見ていて思い出したのかケンジくんが聞いてきた。
「そういや、四月から消費税ってのが導入されるらしいですけど、対応は何かしなくていいんですか?」
「あー、それは遥香ちゃんが対応するから大丈夫だよ」
実は消費税というのは平成元年に導入された比較的新しい税金だ。
昭和の頃は物品税という税金があった。
贅沢品の購入時にだけ大きな税金がかかる仕組みだ。
例えば、テレビには15%、車には20%もの税がかかっていた。
煩雑になりすぎた物品税、それを整理したのが消費税で、すべての取引に3%課税する形になった。
「でも食料品にまで3%も税金をかけるの、ひどいですよね」
「3%もね……」
当時はその『3%も』かかる税金に人々は激怒していた。
全国的な抗議運動も起きていたほどだ。
令和の税率を知っている身からすると、時代の温度差を感じる。
「この店は値上げしなくていいんすか?」
「上げないつもり。開店前から消費税は決まってたからそれを見越して値付けしてるし」
ここからは経営の話になるが、最近はスケールメリットやトッピング、サイドメニューで原価率は下がってきている。
さらに母の『廃棄物を料理に変える錬金術』にも助けられている。
一時42%だった原価率は33%まで下がった。
消費税分は十分吸収できる見込みだ。
豚骨スープはどうしても高くつくが、かなり下げることができたと自負している。
「原価率を下げると味が落ちる。
俺はお客さんにこの味を味わってほしいのさ」
まだ遥香ちゃんには小言を言われているが、豚骨スープは原価率が高い。
下げてもこれくらいだろう。
令和のラーメン屋の場合は、25〜38%くらいが妥当な範囲だ。
平成元年では高すぎると言われたこの店の原価率も、令和では常識的な範囲になる。
それほど平成から令和にかけてのラーメンの進化は激しい。
そして、進化が激しいということは競争がとんでもなく厳しいということだ。
この時代に呑気に経営していた昔ながらの中華そば屋や、素人が作ったまずいラーメンは、圧倒的なスピードで淘汰される。
だから俺は、この高原価スープを味で勝負する。
従業員の生活も守りたい。
そのために必要なのは――数を売ることだ。
薄利多売。利益を出すには数が要る。
この店は地域の名店と呼ばれるようになっているかもしれない。
だが次の段階、多店舗展開、もっと多くの席を持つラーメンチェーンへ進化することが求められていた。




