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緋色の月に抱かれて ―永遠の孤独と四つ葉の誓い―  作者: 月代 緋色


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15/17

灰と祈り

十五

 朝の光が、障子を透かして部屋に差し込んでいた。


 撫子は鏡台の前に座り、髪を整えていた。鏡には何も映らない。三百年もの間、自分の姿を見ることができなかった。


 今日、蓮から呼び出しを受けた。「話がある」と言われた時、蓮の声はどこか緊張しているように聞こえた。


『何の話だろう……』


 撫子は立ち上がり、洋装に着替えた。淡い紫色のワンピースに、白いカーディガン。日傘と手袋も忘れずに。


 屋敷を出る時、紗世が見送ってくれた。


「行ってらっしゃいませ、撫子様」


「ありがとう、紗世」


 紗世の瞳には、いつもと変わらぬ穏やかさがあった。けれどその奥に、どこか寂しげな色が滲んでいるような気がした。


『今夜……儀式がある』


 撫子は心の中で呟いた。


『今日が……蓮さんと会う最後の日になるかもしれない』


 いや、違う。今夜、人間に戻れたら、明日からは蓮と同じ時間を生きられる。


 撫子は歩き始めた。秋の風が頬を撫で、街路樹の葉がさらさらと音を立てていた。


 町は少しずつ変わり始めていた。


 掲示板には出征の知らせが貼られ、通りを歩く人々の表情にはどこか暗い影があった。ラジオからは戦況のニュースが流れ、物資統制の話を囁く声が聞こえてくる。


 戦争の影が、この町にも忍び寄っていた。


『蓮さんは……大丈夫だろうか』


 撫子は胸の奥で不安を感じながら、公園へと向かった。


   *


 いつもの公園のベンチに、蓮は座っていた。


 撫子の姿を見つけると、蓮は立ち上がった。その表情は、どこか緊張しているように見えた。


「撫子さん、来てくれたんですね」


「蓮さん……話があるって」


「ええ……座ってください」


 二人はベンチに並んで座った。秋の陽射しが、木々の葉を透かして柔らかな影を地面に落としている。


 蓮は暫く黙っていた。何かを言おうとしては口を閉じ、視線を落としては上げる。その横顔を、撫子はじっと見つめていた。


『蓮さん……何を考えているの?』


 沈黙が続いた。風が木々を揺らし、枯葉が一枚、二枚と舞い落ちていく。


 やがて、蓮が口を開いた。


「撫子さん」


「はい」


「僕は……あなたに会えて、本当によかった」


 蓮の声は静かだった。けれどその中に、深い想いが込められているのが分かった。


「蓮さん……」


「最初に図書館で会った時から、ずっと気になっていました。あなたの瞳が……とても悲しそうだったから」


 撫子は息を呑んだ。


「何か……深い悲しみを抱えているような。それでいて、どこか強い意志を持っているような」


 蓮は撫子を見つめた。


「僕は……あなたの悲しみを、少しでも癒したいと思いました」


「蓮さん……」


 撫子の目に、涙が滲んだ。


 蓮は深呼吸をした。そして、鞄の中から何かを取り出した。


 小さな花束だった。


 白と淡い桃色の小さな花々。野に咲く花を摘んで束ねたような、素朴で可憐な花束。


「撫子さん……これ、受け取ってください」


 撫子は花束を見つめた。


 瞬間、胸が締め付けられた。


『この花……』


 記憶が、遠い昔へと遡っていった。


 あれは、屋敷が燃える前の日だった。


 十歳の小百合が、野原から帰ってきた。小さな手に、野の花を束ねて握りしめて。


「お姉様、これあげる!」


 無邪気な笑顔。きらきらと輝く瞳。


「綺麗でしょう? お姉様に似合うと思って」


 撫子は微笑んで、その花束を受け取った。


「ありがとう、小百合。とても綺麗ね」


 小百合は嬉しそうに笑った。


「明日も摘んできてあげる! もっといっぱい!」


 けれど、明日は来なかった。


 その夜、屋敷は燃え、小百合は殺された。


 あの花束は、小百合が撫子にくれた最後の贈り物だった。


「撫子さん?」


 蓮の声が、撫子を現実に引き戻した。


 撫子は泣いていた。涙が、頬を伝って落ちていた。


「あ……ごめんなさい……」


「いいえ……泣かせてしまったなら、僕の方こそ……」


「違うの」


 撫子は首を横に振った。


「この花が……昔、大切な人がくれた花に似ていて……」


「そうですか……」


 蓮は優しく微笑んだ。


「大切な思い出があるんですね」


 撫子は頷いた。涙を拭いながら、花束を受け取った。


 蓮が、撫子の手を取った。


「撫子さん」


 その声が、少し震えていた。


「僕と……結婚してください」


 撫子は目を見開いた。


 蓮の瞳が、真っ直ぐに撫子を見つめていた。優しく、けれど真剣な眼差し。そこに嘘はなかった。


「蓮さん……」


「実は……徴兵令が来てしまいました」


 撫子の心臓が、凍りついたように止まった。


「え……」


「もう時間がないんです」


 蓮の声が、かすかに震えていた。


「明日には……出発しなければならない」


 明日。


 たった一日しかない。


「だから……どうしても今、伝えたかった」


 蓮は撫子の手を、両手で包み込んだ。温かかった。生きている者の温もり。


「あなたと一緒に生きたい。戦争が終わったら……あなたと、穏やかな日々を過ごしたい」


 撫子は泣いていた。涙が、止めどなく頬を伝っていた。


『うなずきたい……』


 心の中で、撫子は叫んでいた。


『今すぐ、はいと言いたい……』


 けれど、言えなかった。


『だって、まだ私は……』


 吸血鬼。人間ではない。蓮と同じ時間を生きることができない存在。


 もし今、はいと言ったとして。蓮が戦地から帰ってきた時、撫子はどうなっているだろう。


 何年経っても老いない姿を、どう説明すればいい?


『でも今夜、儀式がある』


 撫子は思った。


『人間に戻れるかもしれない』


『でも……失敗したら……』


 灰になる。


 蓮に会うこともできなくなる。


 何も言えなかった。言葉が、喉の奥で詰まっていた。


「返事は……急がなくていいです」


 蓮が優しく言った。


「僕のわがままを言ってしまって、すみません」


「いいえ……」


「でも……僕の気持ちだけは、受け取ってほしい」


 撫子は涙を拭いた。何度拭いても、新しい涙が溢れてきた。


「蓮さん……」


 やっとの思いで、言葉を絞り出した。


「ありがとうございます……私、あなたに会えて……本当に……」


 それ以上、言葉が続かなかった。涙だけが溢れ続けた。


 蓮は何も言わず、ただ撫子の手を握っていた。


 二人は暫く、そのまま座っていた。秋の風が優しく頬を撫で、木々の葉がさらさらと音を立てていた。遠くで子どもたちの声が聞こえる。平和な午後の風景。けれどその平和が、もう長くは続かないことを、二人とも知っていた。


『蓮さん……今夜、私は人間になります』


 撫子は心の中で誓った。


『そしたら……あなたと一緒に生きられる』


『だから……待っていて』


 やがて、蓮は立ち上がった。


「そろそろ……行かないと」


「はい……」


 撫子も立ち上がった。花束を胸に抱きしめながら。


「待っています」


 蓮は言った。


「戦地から帰ってきたら……また、ここで会いましょう」


「はい」


 撫子は頷いた。涙で濡れた頬のまま、微笑んだ。


「必ず……また」


「また会いましょう、撫子さん」


 蓮も微笑んだ。優しく、穏やかな笑顔。


 そして、蓮は歩き出した。


 その背中が、少しずつ遠ざかっていく。


 撫子はその背中を見つめ続けた。涙が止まらなかった。


 蓮が振り返った。手を振っていた。


 撫子も手を振り返した。


 やがて蓮の姿が木々の向こうに消えていった。


 撫子はベンチに座り直した。花束を胸に抱きしめたまま、暫くそこにいた。


『今夜……必ず、人間に戻る』


 撫子は心に誓った。


『蓮さんと……一緒に生きるために』


 陽が傾き始めていた。空が少しずつ茜色に染まっていく。


 今夜、満月が昇る。


 今夜、全てが変わる。


   *


 満月が、夜空に浮かんでいた。


 撫子は山道を歩いていた。木々の間から差し込む月明かりが、道を青白く照らしている。


 足音だけが、静寂の中に響いていた。


 紗世との最後の別れを思い出していた。


 夕暮れ時、撫子は屋敷で紗世と向き合った。


「紗世……私、行くわね」


「はい、撫子様」


 紗世は微笑んでいた。けれどその瞳には、涙が滲んでいた。


「私は……ここで待っています。撫子様が人間に戻って……幸せになられるのを」


「紗世……」


「行ってらっしゃいませ、撫子様」


 紗世はそう言って、深く頭を下げた。


 撫子は紗世を抱きしめた。冷たい腕と腕が重なる。最後の抱擁。


「ありがとう、紗世……全部、全部、ありがとう」


「撫子様……どうか、お幸せに」


 抱擁が解かれ、撫子は屋敷を後にした。


 振り返ると、紗世が玄関に立っていた。月明かりの中で、その姿が小さく見えた。


『紗世……ごめんね』


 胸が痛んだ。けれど、撫子は足を止めなかった。


 山道を登り続けた。木々が深くなり、月明かりが途切れ途切れになる。


 やがて、廃寺の境内に辿り着いた。


 崩れかけた本堂が、月明かりの中で黒い影を落としている。苔むした石段。朽ちた狛犬。かつては人々の祈りが捧げられていた場所も、今は忘れ去られた廃墟と化していた。


 静寂が、全てを包んでいた。


 その中に、人影があった。


「来たか」


 アザールが、月明かりの中に立っていた。長身の体躯。黒いコート。底知れない瞳。


「はい」


 撫子は静かに答えた。


 月明かりが二人を照らしている。風が木々を揺らし、枯葉がさらさらと舞い落ちた。


「覚悟はできているか」


「はい」


「もう一度言う。失敗すれば、お前は灰になる」


「分かっています」


 撫子の声は、静かだが揺るぎなかった。


「それでも……人間に戻りたい」


 アザールは暫く撫子を見つめていた。その瞳に、何かが過ぎったような気がした。


「……そうか」


 アザールは頷いた。


「始めるか」


「お願いします」


 アザールは古い祭壇の方へ歩いていった。撫子もその後に続いた。


 祭壇は石で作られていた。苔に覆われ、長い年月を経てきたことが分かる。月明かりに照らされ、青白く光っているように見えた。


「座れ」


 撫子は祭壇の前に座った。冷たい石の感触が、着物越しに伝わってきた。


 アザールが何かを取り出した。


 古い短剣だった。


 月光が短剣の刃を青白く照らしている。刃紋が、まるで生きているかのように揺らめいて見えた。


「血を抜く」


 アザールは言った。


「吸血鬼の血を全て抜き、人間の血を循環させる。それがこの儀式だ」


 撫子は頷いた。


「痛みは……相当なものだ」


 アザールの声は、いつもより低かった。


「吸血鬼になる時の何倍もの痛みが、何日も続く。耐えられるか」


「耐えます」


 撫子の声は揺るがなかった。


『蓮さんのために』


 心の中で、撫子は唱えた。


『紗世のために』


『私は……人間に戻る』


 アザールは撫子の腕を取った。着物の袖をまくり、白い肌を露わにする。


 短剣の刃が、肌に触れた。


 冷たい。


 そして——


 刃が肌を裂いた。


 血が流れ始めた。


 瞬間——


 激痛が走った。


「っ……!!」


 撫子は声を押し殺した。


 痛い。


 体が引き裂かれるような痛み。骨の髄まで焼けるような熱さ。全身の血管が燃え上がるような感覚。


 吸血鬼になった時の何倍もの痛み。アザールの言葉は本当だった。


 血が流れ続ける。赤黒い血が、石の祭壇を染めていく。


 撫子の体が震えた。歯を食いしばり、必死に耐える。


『蓮さん……』


 心の中で、その名を呼んだ。


 痛みは増していく。


 体の奥底から、何かが引きずり出されるような感覚。三百年分の闇が、血と共に流れ出していく。


「ぐっ……!」


 声が漏れた。額に脂汗が浮かぶ。


 視界が歪む。意識が遠のきそうになる。


『負けない……』


 撫子は歯を食いしばった。


『負けない……!』


   *


 一日目の夜が過ぎた。


 撫子は祭壇の前で、ただ痛みに耐え続けていた。


 血は流れ続けていた。どれだけの血が流れたのか分からない。体が空になってしまうのではないかと思うほどだった。


 痛みは一瞬も止まなかった。


 波のように押し寄せては引き、引いてはまた押し寄せる。穏やかな時間などなかった。常に、体を蝕む苦痛が続いていた。


 夜が明け、また暮れた。


 二日目。


 痛みは衰えなかった。


 むしろ、より深く、より鋭くなっていくような気がした。


 体の奥底から、何かが剥がれ落ちていく感覚。それは三百年分の記憶だった。


『父様……』


 記憶が、痛みと共に蘇っていく。


 優しかった父の声。「撫子、お前は私の誇りだ」と言ってくれた日のこと。


 その記憶が、血と共に流れ出していく。


『嫌だ……忘れたくない……』


 けれど、痛みは容赦なく続いた。


「っ……!」


 撫子は体を折り曲げた。嘔吐感が込み上げてくる。けれど吐くものなど何もなかった。


 アザールは傍に立っていた。何も言わず、ただ撫子を見つめていた。


 二日目の夜が過ぎた。


   *


 三日目。


 撫子の意識は朦朧としていた。


 今が昼なのか夜なのかも分からなかった。時間の感覚が失われていた。


 痛みだけが、確かなものとして存在していた。


『母様……』


 記憶が流れていく。


 温かかった母の腕。子守唄を歌ってくれた夜。「大丈夫よ、撫子」と言ってくれた声。


 全てが、血と共に流れ出していく。


『嫌だ……嫌だ……!』


 けれど、撫子は耐えた。


『蓮さんのために……』


 心の中で、その名を唱え続けた。


『紗世のために……』


 痛みが波のように押し寄せる。意識が途切れそうになる。


 けれど、撫子は目を閉じなかった。


 三日目の夜が過ぎた。


   *


 四日目。


 撫子の体は限界に近づいていた。


 血は相変わらず流れ続けていた。もう体の中に血など残っていないはずなのに。それでも、赤黒い液体は祭壇を染め続けていた。


 痛みは、もはや感覚を超えていた。


 体が痛いのか、心が痛いのか、それすらも分からなくなっていた。


『小百合……』


 記憶が流れていく。


 無邪気な笑顔。「お姉様」と呼ぶ声。野の花を摘んできてくれた日。


 小百合の笑顔が、血の中に溶けていく。


「小百合……!」


 声が漏れた。涙が頬を伝った。


 けれど、涙すらも血の色に染まっているような気がした。


 四日目の夜が過ぎた。


   *


 五日目。


 撫子は、もう自分が生きているのかどうかも分からなかった。


 痛みだけが世界の全てだった。


 時間も、空間も、全てが溶けて消えていた。


『紗世……』


 記憶が流れていく。


 幼い日、庭で出会った少女。泣いていた紗世に、四つ葉のクローバーを渡した日。「紗世ちゃん、また会おうね」と手を振った日。


 三百年、傍にいてくれた紗世。「行ってらっしゃいませ、撫子様」と見送ってくれた紗世。


 その記憶が、血と共に流れ出していく。


『嫌だ……紗世を忘れたくない……!』


 撫子は叫んだ。声にならない叫びだった。


 けれど、痛みは容赦なく続いた。


 五日目の夜が過ぎた。


   *


 六日目。


 撫子の意識は、ほとんど闇の中に沈んでいた。


 痛みすらも、遠くなっていた。


『もう……駄目かもしれない……』


 そう思った。


『灰になるのかもしれない……』


 体から力が抜けていく。意識が薄れていく。


 このまま、闇に呑まれてしまうのだろうか。


 蓮に会うこともできず。


 紗世に別れを告げることもできず。


 ただ、灰になって消えていくのだろうか。


『嫌だ……』


 心の奥底で、何かが叫んだ。


『まだ……終われない……!』


 撫子は歯を食いしばった。


 痛みが戻ってきた。全身を蝕む苦痛。けれど、それは生きている証だった。


『負けない……』


 撫子は心の中で叫んだ。


『人間に戻るんだ……!』


『蓮さんと……一緒に生きるんだ……!』


 痛みに抗い、闇に抗い、撫子は耐え続けた。


 六日目の夜が過ぎた。


   *


 七日目の朝。


 痛みは、まだ続いていた。


 けれど、何かが変わり始めていた。


 体の奥底で、新しい何かが生まれようとしている感覚。


 血はまだ流れていた。けれど、その色が少しずつ変わっていくような気がした。赤黒い色から、鮮やかな赤へ。


『もう少し……もう少し……』


 撫子は歯を食いしばり続けた。


 空が白み始めていた。


 東の空が、淡い紫から灰色へと変わっていく。


 夜明けが近づいていた。


 痛みは続いていた。けれど、その痛みの中に、温かいものが混じり始めていた。


『もう少し……もう少しだ……』


 そして——


 スッと、痛みが消えた。


「……?」


 体が軽くなった。


 七日間、体を蝕み続けた痛みが、嘘のように消えていた。


 何かが……変わった。


 撫子はゆっくりと目を開けた。


 空が白み始めていた。


 東の空が、淡い紫から橙色へと変わっていく。


 夜明けだ。


 そして——


 太陽が、地平線から顔を出した。


 オレンジ色の光が、世界を染めていく。


 その光が——撫子を照らした。


「……!」


 温かい。


 太陽の光が、撫子の肌に降り注いでいた。


 熱くない。痛くない。


 ただ、温かい。


 三百年ぶりの、太陽。


「太陽……!」


 撫子は声を上げた。


 涙が溢れてきた。


 撫子はゆっくりと立ち上がった。七日間の儀式で、体は疲弊しきっていた。けれど、不思議と力が湧いてきた。


 両手を広げた。太陽の光を、全身に浴びた。


 温かい。優しい。生命の光。


 頬を伝う涙が、朝日に輝いていた。


『人間に戻った……!』


 心の中で、撫子は叫んだ。


『私……人間に戻ったんだ……!』


 笑顔が浮かんだ。涙を流しながら、撫子は笑っていた。


「蓮さん……紗世……」


 撫子は呟いた。


「私……人間に戻れたよ……」


 太陽の光が、撫子を包み込んでいた。


 朝日が昇り、新しい一日が始まる。


 七日間の闘いを経て、三百年の闇が終わった。


 撫子は光の中に戻ってきた。


『これから……蓮さんと一緒に生きられる……』


 撫子は太陽を見上げた。


『人間として……老いて、死ぬその日まで……』


 眩しい光の中で、撫子は微笑んだ。


 希望に満ちた、穏やかな微笑み。


 太陽が、優しく撫子を照らしていた。


 長い長い夜が終わり、朝が来た。


 撫子の新しい人生が、今、始まろうとしていた。

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