2・冒険者ギルド
「んだと、このガキ!」
迷宮を出てギルドへと向かえば、まだ閑散としている時間なのに受付で怒声が響いている。
よく見れば、見ない顔のガタイの良い冒険者が受付嬢を脅しているようだが、その受付嬢は平然と冒険者を見返していた。
「単独のジャイアントベアですので、毛皮をここまで損壊すれば査定額は下がります」
どうやら支払いで揉めているらしいが、普通はそこまでもめる話ではない。ギルドの査定システムは公開されたものだし、冒険者ならそれを理解して素材を持ち込んでいる筈である。
「んな訳あるか、このガキが!ジャイアントベアだぞ、なんで毛皮の損壊で査定が下がるんだ!」
「単体ですよね?そんなの、胸をチョンと突けば倒せませんか?」
事も無げに受付嬢が首をかしげているが、俺のゴーレム剣豪であれば楽勝である。10体いてもその程度は出来る。出来なければゴーレム使い失格まである。
「いや、出来ねぇよ!何だよそれ。どこのS級冒険者だよ!」
なんだ、ヒラ冒険者だったか。
「あー、マツの嬢ちゃん、またヤラカしてんのか」
ノルムルが受付嬢を見て額に手を当てている。
「おマっちゃんなら出来るんだけど、A級以下の冒険者にはきついと思うなぁ~」
ターヤも苦笑いしている。
たしかに、受付嬢は外見年齢12歳程度にしか見えず、受付嬢の年齢資格から外れているように見えるが、種族の違いがあるので外見だけでは判断できない。
「そうですか?普通に出来ると思いますけど」
疑問形でマツが冒険者へとそう問い返した。
「ふざけんじゃねぇぞ、このガキが!それが事実かどうか、お前の体に教えてやらぁ、表出やがれ!!」
とうとう冒険者が激高した。
「まあまあ、そう怒んなよ。あ、B級か。マツ、ちゃんと相手のランクを考慮してやらねぇと、かわいそうだろ?」
止めに入ったのやら煽りに入ったのやら、マタザが冒険者の肩を叩いてそんな事を言っている。
「あ、マタザ!お帰り」
「え?マタザ?マツ?」
マツの言葉に冒険者もマタザを見た。
「ところで、迷宮で泊まったみたいだけど、ガラドミアさんやターヤさんと何かあったなんて、無いよね?」
マツは冒険者を放り出し、マタザにそう問い質している。
「ないない。俺、マツ一筋だから!」
「あのフェアコン野郎は・・・」
ターヤが半眼でそう呟くのが聞こえたが、聞かなかったことにする。
「エルフですら知らなかった事なのよね。フェアリーの成体が子を成してなお、老いないなんて」
「いや、マツの嬢ちゃんが特異なんじゃろ。マタザがオカシイのかも知れんが」
「マタザが変態だからじゃない?」
パーティーメンバーも言いたい放題であるが、それは仕方がない。
フェアリー族と言うのは、フェアリー賊と言われる事もある種族で、手乗りサイズの者が一般的だが、子を成す成体は人間の12歳前後の体に成長する。
ただし、成体には女性しか居らず、他種族の男を必要とするのだが、そこに問題がある。
普通は例外なく、男は生気を吸い取られて命を落とし、種族を産んだ成体も一気に老いて数年内に寿命を終える。それが一般に知られるフェアリーの習性であり、男を求める飢えた幼女は凶暴な事で、下手をしたら村が滅ぼされる事もあり、人、ドワーフ、エルフ、獣人は生贄を奉げる事で何とかフェアリーとの間に平穏を保っている。
そのはずだった。あの二人が現れるまでは。
ある時、移動中に寄った村がまさにフェアリーへの生贄を奉げようとしていたのだが、成り行きで俺たちは生贄の護衛と言う名の監視を請け負った。
相手は凶悪無比なフェアリーの成体。下手に生贄が暴れて殺されでもしたら、村に被害が出るというので仕方がなかったのだ。
そう、単にその程度の気持ちで生贄をフェアリーの元へと連れて行ったのだが、あろうことかマタザがフェアリーの成体、つまりマツに一目ぼれしてしまったのである。
皆で引き留めたが、止まるような性格ではないマタザ。俺たちは諦めてマタザの供養をすることにしたのだが、なぜか翌日にはケロッとした顔でマタザが現れ、あろうことかマツを嫁にすると言い出し、この大迷宮都市まで連れ帰って来たのだった。
その上、マツが産んだのはフェアリーではなく、ハーフ。俺ならずとも意味が分からなかった。今や二人の子持ちなのだ、あの異常な夫婦は。
件の冒険者は、マタザとマツの名を聞いて引いた。色んな意味で。
伝説のフェアリーを嫁にした勇者。幼女にしか興味がない変態。フェアリーですら生気を吸い切れない化物。等々、マタザは伝説的な二つ名を持つ有名人なのである。
そして、フェアリーの成体と言えば、A級上位かS級の能力を持つ化物。並みの冒険者が敵う相手ではなかったのだ。
そして、そんな異常な夫婦はS級パーティ「天元の翼」の前衛と迷宮都市ビルゼン冒険者ギルドの最強受付嬢。
「そう、良かった。あ、マタザがああ言ってるから、報酬支払はジャイアントベアの標準額で構いませんか?」
ニコニコと、何事もなかったかのように件の冒険者へと語りかけるマツ。
「ア、ハイ」
もはや何も言えない冒険者であった。




