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プロローグ:異教徒の足音

光輝聖殿サンジハールの外苑を白く照らす太陽も、私にとっては遠い存在だ。


大ドームに守られたこの聖域の影では、噴水の涼しい囁きと、敬虔な祈りの穏やかなリズムだけが響いている。


香木とハイビスカスの香りが空気に重くまとわりつく。ここは私の家。ナバル王国の光輝諧律こうきかいりつの中心だ。規律と、謙遜と、そして…平穏の地。


カツ、カツ。


その音は、場違いだな。

鋭くて、異質な......ガラスの破片のように、中庭の調和を切り裂いていく。

あ、あいつらが着いてきたのだな!よもやこの聖なる神の家で北の異端者共が足を踏み入れにきたのかあ、くッ!


カツ、カツ。カツ、カツ。


それは噂に聞いてきた『ハイヒールの音』――!


砂沓サンダルの柔らかな叩きつけでも、温まった石の上を素足で歩く物音でもない。

これは、正確で、攻撃的な響き!


注意を要求する、到着の宣言だ。


私は読んでいた巻物から顔を上げ、眉をひそめる。この聖なる光輝聖殿サンジハールによくもまあ、そんな堂々と土足で踏み込んできたものだ、神よ!


(なッ!?)

そして、私は彼女たちの姿をやっと『見てしまった』!


二人の女。


二つの異景。


私の世界は、地軸が傾くほどに揺さぶられた感じだ!


彼女たちは、自分たちの所有物でもあるかのように、この国で最も神聖な場所の一つを通り抜けるのではなく、市場を散歩するように聖堂サンジハールに歩み入ってきた。


右側の女は、色彩と自信に満ちた嵐のようだ。彼女の髪は鮮やかな銅色の栗色で、波打ちながら…ビジネススーツ?らしき服装に包まれた肩にかかっている。前に手紙と報告書で知っておいたのだが、あの髪の色してる女は予定通りのガリエンヌ人だと聞いた方の『ジュリエット』だな。


ガリエンヌらしい大胆さを極めたその不敵な笑み、そして彼女の体の線にぴったりとフィットしたそれ。まるで演劇的な風格で動き、建築物を見渡しながら、いたずらっぽい喜びをたたえた眼を輝かせている。自分が冒涜の象徴であることなど、まったく意にも介さないような仕草だ!神よ!


しかし、本当に私の息の根を止めたのは、もう一人の女だ。


彼女は…厳格と優雅の化身である。相方が火なら、彼女は黒曜石だ。肌色が私のそれ(黒曜石みたい)よりも遥かに色白でありながら、皮肉的にその髪の色やスーツのことも相まって黒く見えるのは何かの悪い冗談のように思える。そして、その自信に満ちあふれた表情!なんなんだ、あの女ッ!?


漆黒の髪は光さえも飲み込むほど暗く、きちっと完璧に後ろで結われている。


彼女のスーツも完全に――、そしてとんでもなく――!体にぴったりと合っている。


そして彼女の靴も…光輝あれ、その靴よ!


あの細く、 致命的な、磨かれた黒革の尖り――ステッキヒール――が!

あの不快な音の源だな!

......や、やっぱり、聞いてきたよりも遥かに、危険な武器のように見えるものだ。

くッ、どこまでこの国の聖なる文化と信仰に対して挑戦すれば気が済むのだ、異端者の雌狐共よ!


挿絵(By みてみん)


あの瞬間でやっと分かってるんだ。それは紛れもなく、歩く冒涜であると!神よ!


怒り、混乱、そして名付けることを拒む何か別の感情が入り混じった炎が、私の胸の中に燃え上がった感じ...


私は白と金の守役のローブを翻しながら、大步で前に進み出た。


そして、彼女たちの進路に真正面に立ちはだかる。声は低くて、しかし、手に負えない修行僧に使う鋼のような強さを込めて。


「止まれ」


.............


音はやんだ。


表情豊かな、感情が真っ先に出てくるようなその栗色髪の女――ガリエンヌの女は、私を見て、ゆっくりと、腹立たしい挑戦的な笑みを唇に浮かべた様子。


もう一人――アルブレヒティアの女は、ただ私を見ている。確か、前に読んだ情報によると名前は『クレア』で間違いないはず...


彼女の瞳は冬の空の色で、謝罪の色など微塵もない。


あるのは、冷たい、評価するような平静さだけだ。それは、露骨な嘲弄よりも、どういうわけかより侮辱的に感じられる。くッ!やっぱりあの女からだけは何かと危険な響きのような、異質な何かを感じている!ほ、本当に何者なんだ、あの黒髪の女は!


「...ここは、光輝諧律こうきかいりつの...聖堂だ...」

私はなんとかかろうじて声を振り絞って、一語一語を切り詰めて、正確に言った。


「そのような服装で、この神聖な地を汚すことは許されない。何があっても、それを着たままここに入る資格はないのだ。速やかに立ち去れ!」


ガリエンヌ人の、あの栗色髪の女は、この静かな空間にとって不敬に響く、軽やかで音楽的な笑い声をあげる、

「汚す?まあ?でも私たち、会議に着ていく服装をしたつもりなんですけど」

と彼女は手で仰ぐようにした。


「聖父のアーミルさんに会うように言われてるのよ。あんたなのよね?それとも、ただの歓迎委員会~?くすくす~」


(あの女狐め!)

彼女の厚かましさにはあきれる。


だが、何とか怒りを引き込めて、静かな方のそっちの黒い髪の女、さっきから得も言われぬような冷静でありながらもどこか威圧的な存在感を秘めているであろうそのリーダー的なオーラを放っている方の『クレア』に視線を固定した。


そう感じ取れたんだ、あの女から!


「私は聖父のアーミルだ。そして、あなた方が不法侵入している。あなた方の…服装は…この場所の神聖に対する侮辱だ。それは無作法であり、無礼だぞ!」


「ここで問題になるのは、聖父アーミルのあなたですわよ」

あの黒い髪の毛してる女は、まったく平坦な調子でそう言い放ってきた!

「信仰に目を晦まされて布の向こう側にあるビジネスの提案が見えなくなっているだなんて、あなたの能力も底が知れましたわね」

ついに、アルブレヒティアの女が口を開いた。


彼女の声は大きくはないが、否定できない重み、冷たい威厳を帯びており、私たちの周りの空気を静止させてる!


それは、従われることに慣れた者の不遜な態度と声だ。


私は瞬きし、その純粋な傲慢さに唖然とした。

「これは布地についてのことではない!これは敬意についてだ!伝統についてだ!」


今度、ガリエンヌの女『ジュリエット』が少しだけ身を乗り出し、笑みを剃刀のように鋭くする。


「伝統なんて、死んだ人たちからの同調圧力よ、ダーリンよ~。そして私たちは~」

彼女は自分と相方の間で手振りをした。

「とても生き生きとしていて、人生勝ち組まっしぐらの毎日を送ってきたわ!」


(なッ!?...伝統と故人に対してあの口ぶりー!?)

その言葉は天上からぶら下がり、その不敬さに衝撃を受け、私は一瞬言葉を失った。


それは、まさに歴史に刻まれそうな、間違った理由でだが、築いてきた文化も聖なるお言葉の全てを否定するかのような、大胆な声明のようにも感じられた。


アルブレヒティアの女は、相方の言葉にもびくともしない。


彼女はただ、一歩、 意識的に前に進み出てくるだけだ。


彼女の鋭い冬の眼差しは私を貫き、そして初めて、私は冷たさだけではなく、恐ろしいほど深い知性と意志の井戸を見た気がする。やっぱり只者じゃない感じだ、あの女からだけは!


彼女は声を荒げない。ただ沈黙を引き延ばし、私自身の鼓動の慌ただしさに耳を傾けることを強いる。彼女が再び口を開いたとき、それは説明ではない。懇願でもない。


それは《判決》だ。


「わたし達は今までそっちがよく見てきた女性とは違うからなのでしょうけど、あなたは謙遜と弱さを混同していますわよ、聖父アーミル。私たちに対して、その過ちだけは犯さないでください」


世界は二人の間の空間に縮む。神聖な大理石の上で鳴る彼女のヒールの音へ。もう一人の女の眼中の反抗的な輝きへ。声明というより予言のように感じられるそれらの言葉の残響へ。


そして私はあの時こそは、これから沈みゆく何か大切なものを失いそうな瞬間に感じ、しかしスリリングな確信でもあるとともに、もはや何事も以前と同じではないことを知ったのだ、この運命的な出会いのひとつで。

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