お出かけ
あれから、デフォリアさんとは何度かLINEでやりとりを重ねた。
彼はどうやら、まめに連絡を取るタイプではないらしく、返信が一日空くこともある。
でも、それがかえって心地よくて——スティカにとってはちょうどいい距離感だった。
そんなある日、不意に届いたメッセージ。
「よければ今度、食事にでも行きませんか」
心臓が跳ねる。
嬉しい。けれど、照れくさい。
どう返そうか迷っていると、ふと思い出した。新しいアロマオイルを探しに植物園に行きたいと思っていたことを。
「……よし。誘ってみよう」
「お誘い嬉しいです! でしたら、植物園に行きませんか?」
少しして、静かな返信が届いた。
「良いですね。行きましょう。」
日程の調整も不思議なくらいスムーズに決まって、スティカは胸の高鳴りを感じながら眠りについた。
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「お待たせしました!」
当日、緑がかった髪と複眼が目を引くデフォリアは、すぐに見つかった。
「いえ、時間ぴったりですよ。行きましょうか」
隣に並んで歩くと、彼の背の高さがより際立って感じられる。
「デフォリアさんって、背が高いんですね」
「ええ、カマキリ族は手足が長いことが特徴なんです。豚の獣人には何か特徴が?」
「鼻が利く人が多いですね。それと、好き嫌いが少なくて何でも食べられる人が多いかも……あとは、フレンドリーとか?」
「なるほど。スティカさんの朗らかさは、まさにその特徴の表れなのかもしれませんね」
普段は無表情に見える彼の顔が、どこかやわらかくなった気がして、胸の奥がふわっと熱くなった。
「う、嬉しいです……えへへ」
ちょっと照れ臭い。でも、嬉しい。
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植物園に着くと、散策路の看板に「ラベンダー 見頃」と書かれていた。
「今がラベンダーの季節なんですね」
「暖かくなりましたもんねぇ」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていく。
ラベンダーは、彼がよく使ってくれるアロマの中にも含まれている。好きなのかな、と思って顔を見ると、目を細めて穏やかに花を眺めていた。
「近くで香ってみますか?」
「ええ、生の香りは……とても良いですね」
花に顔を寄せるデフォリアの横顔を見つめながら、やっぱり彼は昆虫人らしく、自然や花が似合うなあと思う。
私も真似して花に近づいてみた——けれど。
「うっ……ちょっと強すぎたかも……」
鼻の奥がつんとして、気分が悪くなりそう。
「大丈夫ですか?少し休みましょうか」
「いえ、大丈夫です。歩きながら、リセットできれば……」
そう言うと、彼は静かに手を差し出してくれた。
その手は、あの日、満員電車の中で私を守ってくれた手。見た目よりもしっかりとした力強さがある。
そっと握ると、少しかさついていた。
「ああ……昆虫人だからか、いつも乾燥していて。ご不快でしたら申し訳ありません」
「いえいえ、嬉しいです。ありがとうございます」
支えてくれる手の温もりに、胸がじんわりと温かくなる。
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植物園の売店には、アロマオイルや押し花など、スティカの好きな雑貨が並んでいた。
「ここで、いつも材料を買ってるんですか?」
「はい。でも、まとめ買いのときは通販も使いますよ」
彼が使ってくれている香りも、実はここの材料で作っているんだ——そんな話をしながら、新作のアロマを選ぶ。
夏に向けて、爽やかな香りがいいかな。
レモングラスのボトルを手に取って、彼の方へ差し出す。
「この香り、素敵じゃないですか?」
「……ええ、でも……僕には少し、むずむずするかもしれません」
「あっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「ええ。昆虫人は、ミントやレモンのようなスッとする香りが苦手かもしれません」
なるほど、覚えておこう。次に彼に贈るハンドクリームには、柑橘系は入れないようにしよう。
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「お昼、どうします?」
「スティカさんが食べたいものがあれば、そこに。なければ、僕のおすすめでも」
「うーん……おすすめのお店、気になります!」
「分かりました。肉料理はお好きですか?」
「大好きです!」
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「うわぁ……きれいな赤身ですね!」
テーブルの上には、美しく盛りつけられた鹿肉の赤ワイン煮込み。
「ジビエも美味しいでしょう?」
デフォリアは流れるような所作でナイフとフォークを操る。
濃厚な赤身が口の中にじんわり広がって、贅沢な気持ちになる。
「デフォリアさん、もっと菜食寄りなのかと思ってました」
「そう思われがちですね。でも僕は、昆虫の中でも肉食のカマキリですから」
「なるほど……私は、甘いものとか、フレンチとかが好きです」
「それなら——この後、スイーツでも食べに行きませんか?」
「ぜひ!」
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楽しい一日だった。
帰ったら、どんなふうにお礼を伝えようかな。




