再会
最近、スティカの店に新しくリピーターがついた。
「珍しく男性のお客さんなんだよな〜。香り、気に入ってくれたのかな」
minneの売上履歴を眺めながら、スティカは静かにアロマキャンドルを型から外した。
このごろは、次のハンドメイドマーケットに向けて商品を大量に製作中だ。今回のイベントは規模が大きく、協賛企業のブースも数多く出店する。人出も売上も期待できるが、その分準備にはいつも以上に手間がかかる。
「よーし、早く食べちゃお〜!」
おまじないのように唱えながら、次のアロマオイルに手を伸ばす。食べるわけではないけれど、早くやるべきことを片付けて、会場でたくさんのお客さんに会えるのが楽しみだった。
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イベント当日。会場は朝から活気に満ちていた。
スティカのブースにも立ち止まる客が次々と現れ、香り袋やキャンドルの香りに頬を緩めていく。用意した在庫はどんどん減っていき、スティカはうれしい悲鳴をあげていた。
「今日も満員電車だったけど、ちゃんと箱に入れて持ってきてよかった〜」
前回の教訓を活かし、紙袋はやめて小さな段ボールに。電車では吊り革ではなく手すりのそばに位置取り、荷物を守った。完璧な対応だ。
ふと、目線を横に向けたそのときだった。
――そこに、彼がいた。
協賛企業の一つらしい。前回、満員電車で助けてくれたあのカマキリの昆虫人。
しゅっとしたスーツの着こなしも、几帳面そうな所作も、そのままだった。彼の胸にぶら下がる名札に目が吸い寄せられた。
スティカは思わず手を止め、体を小さく揺らしながら、そわそわと落ち着かない。
スティカは、落ち着かない気持ちを抱えたまま接客を続けた。
薄々、新しいリピーターのお客さんは彼なのでは?と思っていたのだ。
でも彼も忙しそうだし、自分のブースから離れるわけにもいかない。
なかなか話しかける勇気が出ない。
(この機会を逃したら、もう話せないかもしれない……)
minneのメッセージ欄はいつも空欄。
それに、そもそも人違いかもしれないのだ。
「……よし、食べちゃお!」
自分への小さな合図のように呟いて、意を決する。
お客さんの波がひと段落したタイミングで、「席を外しています」のボードを立て、
新作のサシェを手に、隣のブースへと足を踏み入れた。
「こんにちは……」
思ったよりも頼りなげな声に、自分で少し驚く。
でも、彼はすぐに振り向いてくれた。
「こんにちは。……あなたは、香り袋の」
几帳面そうなつり目が、驚きで少し丸くなる。
その表情は、どこか幼くて、優しげだった。
「あっ、そうです! 覚えてくださっていたんですね」
「ええ。あれから香りが気に入って……実はminneで似た香りのものを見つけて、購入してみたことがあるんです」
やっぱり——この人だ。
彼の胸元の名札にちらりと目をやる。
売上履歴に何度も見た苗字。やはり、間違いなかった。
「ありがとうございます! 最近、同じ香りのものをご購入くださっていたのは、やっぱりあなたなんですね」
「そ、そうです。以前いただいた香り袋の刺繍からお店を調べて……もしかして、と思っていたんですが」
「香りを気に入っていただけて、しかも購入までしていただけるなんて……とっても嬉しいです。今回も似た香りのサシェを作ってきたんです。もしよろしければ、お礼にお受け取りください!」
「ありがとう。クローゼットに吊るして、大切に使わせてもらいます」
やわらかく微笑むその顔に、スティカの心もふっとほぐれた。
「お話できて、本当に嬉しかったです。また、どこかでお会いできたらいいですね」
「ええ、僕も。……あの、差し支えなければ、連絡先を交換しませんか?」
思いがけない申し出に、胸が跳ねる。驚きと嬉しさで、言葉がすぐに出てこなかった。
「いえ、忘れてください。ご迷惑をおかけするつもりでは——」
「迷惑なんかじゃありません! ……ぜひ、交換させてください」
ふたりはしばらく見つめ合い、同時にふっと笑った。