相田亜里沙
「相田さん。迷惑だから、これ以上はやめてもらえないかな」
あの朝。一緒にカフェを出た朗さんは、困り顔で私にそう言った。
何を言われたのかわからなくて、私はうろたえて朗さんを見返す。
「迷惑……って……?」
「仕事上の付き合いで一緒に食事に行くことも、もちろんあるとは思うけれど。今はプライベートの時間だから」
淡々と告げる朗さん。
私を見る目はどこか冷たい。
「二度目からは、偶然じゃないよね」
もちろん一度目だって偶然じゃない。
朗さんがここに来ていることを知ったから、私はわざわざ会いに来たのに。
「篠田さん、私は……」
「それじゃあ。また仕事の時に」
朗さんはそう言って、私を置いて行ってしまった。
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高校までは最悪だったけど、就職してからはやっと人並みに幸せになれた。
化粧を覚えて着飾るだけで、バカみたいに男が寄ってくる。
上手に甘えて褒めてあげれば、いくらでも好きなものが手に入った。
これで今まで惨めだった分を取り返せる。
これで今までの分まで幸せになれる。
ずっと苦しい思いをしてきたんだから、これからは私が幸せになっていいはず。
そう思うのに、バカな男たちはすぐ嫉妬したり執着したりで。結局すぐに別れるハメになる。
男たちといるのに疲れた時は、玲奈となんでもない話をした。
玲奈といるのは楽だった。
同じ片親でも、父親のいる玲奈はお金に苦労はしてなかったけど。
それでも卑屈にならなくて済んだ。
地味でおとなしい玲奈。
大学に入っても就職しても変わらない。
私は幸せを手に入れたけど。
玲奈はそのまま。
でも玲奈は私程ひどい生活じゃなかったから。
そのうち身の丈に合った幸せが来るんだろう。
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仕事で知り合った朗さんのことは、最初は六つも上の普通のおじさんだと思ってた。
打ち合わせの途中で一緒にランチをすることになっても、ただ面倒でしかなかった。
でも、そのうちに気付いた。
騒がしいだけの周りの男たちとは違って、いつも落ち着いていて、優しくて。
こんな人なら一緒にいても疲れないんだろうな。
こんな人なら私のことを一番に考えてくれるんだろうな。
――この人なら私の全部を許してくれる。
そう思った。
朗さんはいつも優しかった。
仕事中も誰よりも私を気にしてたし、なんでも優しく教えてくれる。
仕事途中のランチでも私の方ばかり見てる。
ちょっと意識してみれば、朗さんから私への好意はあちこちにあった。
きっと朗さんも最初から私のことが気になってたんだろう。
生活レベルは落としたくないから、これからも貢いでくれる男たちは必要だけど。
朗さんも綺麗な私の方がいいだろうから、きっとわかってくれる。
控え目なのは、歳が離れてる上に結婚してるから。
きっと引け目を感じているだろうから、ある程度は私から近付いてあげないと。
変に騒がれて仕事に影響するのも困るから、普段は私も控え目に。
でも、普通を装った言葉に込められた朗さんの気持ちはちゃんと感じてる。
朝はカフェにいるって誰かと話してたのも、私に聞かせたかったからだろう。そう思ってわざわざ探して会いに行った。
まだ離婚できてない朗さんの為に、同じテーブルに着くのは我慢しておいた。
毎朝ひとりで寂しかったのよね。
これからも早起きができた日は来てあげようと、思っていたのに――。
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会社へ行く気になんてなれなくて、体調が悪いと嘘をついて休んだ。
私に見えていた朗さんはなんだったんだろう。
どう見ても私のことが好きだったでしょう?
周りの女より若くてかわいい私のことを好きにならないわけないでしょう?
私の気持ちを弄んで。
陰で嗤ってたに違いない。
恥ずかしくて悔しくて。
もう誰の顔も見たくない。
家に帰ってベッドに潜り込んで。
涙が枯れるまで泣いたら、後には怒りしか残ってなかった。
今私が死んだら朗さんはどう思うだろうか。
自分の間違いに気付くだろうか。
朗さんとの事は会社の皆が話してくれるだろうから。
せいぜい疑われたらいい。
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玲奈には幸せだった私とかわいそうな私の姿を手紙に残す。
手紙を誰かに見せて騒いでくれたら、朗さんの社会的信用がなくなるかもしれないし。そうならなくても玲奈が恥をかくだけ。
その頃にはもう私はいないのだから。誰がどうなろうとどうでもいい。
郵便局で手紙を預けて。
スマホを解約して、ファストフード店で持ち帰りの紙袋に入れて捨ててきた。
これでもうおしまい。
私も。
朗さんも――。