表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面  作者: 小池ともか
4/5

相田亜里沙

相田(あいだ)さん。迷惑だから、これ以上はやめてもらえないかな」


 あの朝。一緒にカフェを出た(あきら)さんは、困り顔で私にそう言った。


 何を言われたのかわからなくて、私はうろたえて朗さんを見返す。


「迷惑……って……?」

「仕事上の付き合いで一緒に食事に行くことも、もちろんあるとは思うけれど。今はプライベートの時間だから」


 淡々と告げる朗さん。

 私を見る目はどこか冷たい。


「二度目からは、偶然じゃないよね」


 もちろん一度目だって偶然じゃない。


 朗さんがここに来ていることを知ったから、私はわざわざ会いに来たのに。


篠田(しのだ)さん、私は……」

「それじゃあ。また仕事の時に」


 朗さんはそう言って、私を置いて行ってしまった。





∼**∼*°**∼°*∼***°∼∼∼*°*∼





 高校までは最悪だったけど、就職してからはやっと人並みに幸せになれた。


 化粧を覚えて着飾るだけで、バカみたいに男が寄ってくる。

 上手に甘えて褒めてあげれば、いくらでも好きなものが手に入った。


 これで今まで惨めだった分を取り返せる。

 これで今までの分まで幸せになれる。


 ずっと苦しい思いをしてきたんだから、これからは私が幸せになっていいはず。


 そう思うのに、バカな男たちはすぐ嫉妬したり執着したりで。結局すぐに別れるハメになる。


 男たちといるのに疲れた時は、玲奈(れいな)となんでもない話をした。


 玲奈といるのは楽だった。

 同じ片親でも、父親のいる玲奈はお金に苦労はしてなかったけど。

 それでも卑屈にならなくて済んだ。


 地味でおとなしい玲奈。

 大学に入っても就職しても変わらない。


 私は幸せを手に入れたけど。

 玲奈はそのまま。


 でも玲奈は私程ひどい生活じゃなかったから。

 そのうち身の丈に合った幸せが来るんだろう。





∼*∼°∼*°∼∼*∼*°∼***





 仕事で知り合った朗さんのことは、最初は六つも上の普通のおじさんだと思ってた。


 打ち合わせの途中で一緒にランチをすることになっても、ただ面倒でしかなかった。


 でも、そのうちに気付いた。


 騒がしいだけの周りの男たちとは違って、いつも落ち着いていて、優しくて。


 こんな人なら一緒にいても疲れないんだろうな。

 こんな人なら私のことを一番に考えてくれるんだろうな。


 ――この人なら私の全部を許してくれる。


 そう思った。


 朗さんはいつも優しかった。

 仕事中も誰よりも私を気にしてたし、なんでも優しく教えてくれる。

 仕事途中のランチでも私の方ばかり見てる。


 ちょっと意識してみれば、朗さんから私への好意はあちこちにあった。

 きっと朗さんも最初から私のことが気になってたんだろう。


 生活レベルは落としたくないから、これからも貢いでくれる男たちは必要だけど。

 朗さんも綺麗な私の方がいいだろうから、きっとわかってくれる。


 控え目なのは、歳が離れてる上に結婚してるから。

 きっと引け目を感じているだろうから、ある程度は私から近付いてあげないと。


 変に騒がれて仕事に影響するのも困るから、普段は私も控え目に。

 でも、普通を装った言葉に込められた朗さんの気持ちはちゃんと感じてる。


 朝はカフェにいるって誰かと話してたのも、私に聞かせたかったからだろう。そう思ってわざわざ探して会いに行った。


 まだ離婚できてない朗さんの為に、同じテーブルに着くのは我慢しておいた。


 毎朝ひとりで寂しかったのよね。


 これからも早起きができた日は来てあげようと、思っていたのに――。





∼∼∼*∼°*∼*∼∼°**°∼*∼*





 会社へ行く気になんてなれなくて、体調が悪いと嘘をついて休んだ。


 私に見えていた朗さんはなんだったんだろう。


 どう見ても私のことが好きだったでしょう?


 周りの女より若くてかわいい私のことを好きにならないわけないでしょう?


 私の気持ちを弄んで。

 陰で嗤ってたに違いない。


 恥ずかしくて悔しくて。

 もう誰の顔も見たくない。


 家に帰ってベッドに潜り込んで。

 涙が枯れるまで泣いたら、後には怒りしか残ってなかった。


 今私が死んだら朗さんはどう思うだろうか。


 自分の間違いに気付くだろうか。


 朗さんとの事は会社の皆が話してくれるだろうから。

 せいぜい疑われたらいい。





*∼***°**∼*°*∼*∼∼°*∼°∼*∼∼*





 玲奈には幸せだった私とかわいそうな私の姿を手紙に残す。


 手紙を誰かに見せて騒いでくれたら、朗さんの社会的信用がなくなるかもしれないし。そうならなくても玲奈が恥をかくだけ。


 その頃にはもう私はいないのだから。誰がどうなろうとどうでもいい。


 郵便局で手紙を預けて。

 スマホを解約して、ファストフード店で持ち帰りの紙袋に入れて捨ててきた。


 これでもうおしまい。


 私も。

 朗さんも――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小池ともかの作品
新着更新順
ポイントが高い順
バナー作
コロン様
― 新着の感想 ―
冒頭の場面から、ここまでに思っていた亜里沙と篠田さんとの関係性との違いに驚きました。 高校まで辛い思いをして、就職してから幸せを取り戻すように求めた亜里沙にとって、疲れた時そばにいてくれたのが、玲奈…
亜里沙!? えっ!?(⊙.☉) そういうことだったのですね。 玲奈と亜里沙。 どこですれ違ってしまったのか……。もしかすると最初からだったのかもしれませんね。 亜里沙は玲奈といることが「楽」だった。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ