表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

その愛、盲目につき

見に来てくださり、ありがとうございます。


彼女が微笑むたび、世界が、彼女の色で染まった。

光が射すように、誰もが息を呑み、無意識にその笑みに見入る。

 空気が変わる──ほんの一瞬で、景色すらも違って見えるのだ。

 後になって思えば、あれが“物語の中心にいるべき誰か”というものだったのかもしれない。

当てはまる言葉を、わたしは知らなかったけれど。

 

 ああ、きっと、物語とは彼女のような人のためにあるのだろう。

そう思ってしまった瞬間が、すべての始まりだった。

それが──わたしがユーフィリア・セレーネに傾倒していった、最初の理由だった。


 けれど今、第一王子アレクシス殿下の傍らに控えるわたし、リリア・マーティンは思う。


(いや、これ……普通に怖くない?)


 まるで劇場の中に閉じ込められたような感覚。周囲のすべてが、ユーフィリア様を称え、護り、甘やかし、そして──盲信している。


 たとえば、先日。

彼女が「悪役令嬢に虐められた」と涙ながらに訴えた時のこと。

その場にいた誰ひとりとして状況を確認せず、ただ彼女が指さしたというだけで、名指しされた令嬢は即座に糾弾された。

 

 あるいは、今日のように。

「ドレスを引き裂かれた」と彼女が言えば、証拠も目撃者もないまま、ユーフィリア様がたびたび口にする“悪役令嬢”──そこにいるはずのない令嬢の仕業だと、誰もが疑いなく受け入れる。


 そのたび、わたしは小さくため息をつく。

 実際のところ、ドレスの裂け目は、彼女が椅子に座った拍子に、椅子の角の装飾に引っかけたもの。


そして「ユーフィリア様を虐めていた」とされる目撃証言は、今回も見つからない。

むしろ、彼女のほうがわざとらしくぶつかっていったのを、わたしはこの目で見ている。


 誰も疑わない。誰も問いたださない。

彼女の言葉には、証明も反証もいらない。

ただ、それが“ユーフィリア様の語ったこと”というだけで、真実になる。

 

 冷静になってから気づいた。

 わたしたちは──いや、この場にいるすべての人間は、ユーフィリア様を中心とする、小さな宗教団体のようなものだったのだ。

 微笑みに酔いしれ、涙に共鳴し、言葉ひとつで行動が決まる。


 

だが、最もやっかいなのは──。


「リリア、ユーフィリアを傷つける者がいれば、即座に排除せよ。彼女は……特別な存在なのだ」


 そうおっしゃる殿下だ。

……ああ、殿下。


 殿下はこの国の未来を担うお方。

男爵家の令嬢に心を囚われている場合ではないはずなのだ。

民を導き、貴族たちの規律となる、その尊き立場にいらっしゃるのだから。


 宰相、騎士団長、魔導師長──王国の中枢を担う重鎮たちのご子息ご息女までもが、ユーフィリア様に心酔している現状。

 

その異常な空気を、唯一正すことができる存在こそが、殿下であるはずなのに。

 

 確かに、ユーフィリア様は可憐で美しい。独特の華やかさで人を惹きつけ、泣き顔は人の心を揺さぶる。

 だが──その裏で彼女は、明確な意図をもって“事件”を仕立てていた。

とりわけ彼女が執拗に狙うのが、悪役令嬢と名指しされているエルシア・フォン・ブランデン公爵令嬢。

そもそも“悪役令嬢”とは何なのだろう。

わたしには、その言葉がただの呪詛にしか聞こえない。

 ユーフィリア様は知っているのだ。

涙の主語を入れ替えるだけで、誰かを悪者に変える力があることを、彼女は知っている。

 もうわたしの目には、その構図がはっきりと見えていた。


 そして、また事件が起きる。


「ユーフィリア様に熱い紅茶をかけたですって!? エルシア侯爵令嬢、あなたはもう……!」


 ざわり、と空気が揺れた。

 昼の喧騒が残る食堂で、ざわめきが怒号に変わる。生徒たちの視線が一斉にエルシア嬢へ向けられ、追及の声が飛ぶ。

 声の波に押されそうになりながら、エルシア嬢はかすかに唇を震わせた。何か言おうとした、その瞬間――


 わたしは、静かに彼女の前に立った。

 それだけで、騒ぎ立てていた生徒たちが一瞬言葉を飲み込む。わたしがかつて、ユーフィリア様を誰よりも信奉していた“筆頭”だったことを、皆、覚えているのだ。


「落ち着いてください。まずはお怪我の具合を確認しませんと。ユーフィリア様、お怪我の箇所を見せていただけますか?」


「え……? あ、そ、袖が……濡れてるの。熱かったの」

 袖口をそっと押さえるユーフィリア。目元にはきらりと涙が滲んでいたが、その声は妙に落ち着きすぎている。

 そして一瞬、彼女の顔がわずかに強張る。――図星だったらしい。


 わたしは、静かに頷いた。


「なるほど。では、紅茶を用意した侍女にも聞きしましょう」

 「貴女は、ユーフィリア様が火傷するほどの熱さの紅茶を出したのですか?」

 

 名指しされた侍女が、小さく息を呑む。

 貴族の令嬢に傷を負わせた――そのような失態を問われれば、たとえそれが事実無根でも、彼女の立場は危うくなる。

 肩を震わせながら、それでも侍女は必死に首を振った。


「い、いえ……ユーフィリア様からのご要望で、お身体に差し障りが出ぬよう、湯温はぬるめに調整しております。あれは、せいぜい……ぬるま湯程度でございます」


 わたしは目を伏せた。

 その言葉だけで、すでに“答え”は出ていた。


 ユーフィリアは、震える唇で「勘違いだったみたい」と微笑んだ。けれど、その視線の先にあるのは、わたしではなかった。――エルシア嬢だった。


 (……やっぱり、おかしい。これはもう、異常だ)


 なのに、殿下はためらうことなくユーフィリアの手を取り、やさしく囁く。


「怖かったね。もう、何があっても僕が守るよ」


お守りすべきは、民の安寧と秩序――そして、正式に婚約を交わした方の尊厳ではありませんか。

 その婚約者を差し置いて、どうして、別の令嬢の手を取っているのですか、殿下。


 その掌の中にあるのが、こんな歪んだ微笑みだというのなら――わたしはもう、どうすればいいのか分からなかった。



 けれど、誰かが真実を見なければならない。

 そして、悪役にされ続ける彼女を、誰かが庇わなければならない。



(かつてはわたしも、盲目的に彼女を否定していた…けれど)

(わたしがやるしかない。せめて、彼女が壊されないように…)



 だから、わたしは今日もエルシア嬢の側に立つ。

 この歪んだ舞台の、唯一の裏方として。


最後までご覧いただきありがとうございます。

面白い、気になる!と思ったら、★★★★★とフォロー、コメントお待ちしてます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ