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第8話〈お紅茶と掲示板と、些細な違和感ですわ〉

 

 午後の陽光が心地よく差し込むセラフィア港の茶屋「ブルーオーシャン」で、私は優雅にティータイムを楽しんでいた。


 ここは港を一望できる絶好のロケーション。海風が運んでくる潮の香りと、店内に漂う紅茶の芳香が絶妙に調和している。窓際の特等席に座り、銀のティーポットから注がれるアールグレイを味わいながら、この数日間の出来事を静かに振り返っていた。


「ふふ……随分と賑やかな日々でしたわね」


 解体スキルの習得、初めての本格的なスイーツ作り、リナたちとの出会い、そして専用調理室の確保。わずか一週間ほどの間に、これほど多くの変化があるとは思わなかった。


 私は手元のティーカップを置き、空間メニューから掲示板を開いた。最近の自分への評価が気になるというのもあったが、何より他のプレイヤーたちがどのような技術開発をしているのかを知りたかった。


「さて、今日はどのような興味深い投稿が……」


 掲示板の料理関連スレッドを開くと、すぐに目を引く投稿があった。


 ---


 **【素材処理技術】血抜き熟成法について - 投稿者:ミオ**


 > 皆様、いつもお世話になっております。料理人のミオです。

 >

 > 先日、狩人のウシオ様が開発された「血抜き熟成法」を実際に調理して検証いたしました。この技術について、詳細をご報告させていただきます。

 >

 > **血抜き熟成法の概要:**

 > 1. 魚を釣った直後、完璧な血抜き処理

 > 2. シトラスハーブでドリップを吸収

 > 3. 保存袋で可能な限り空気を抜いて保存

 > 4. 24時間で腐敗ではなく「熟成」状態に変化

 >

 > **調理結果:**

 > 通常の魚料理と比較して、旨味が格段に向上。バフ効果も通常の2倍以上、さらに「海洋活動効率+15%」という特殊効果まで付与されました。

 >

 > この技術は、素材の真の価値を引き出すという点で革命的です。ウシオ様の現実世界での知識と経験が、ゲーム内で見事に花開いた例だと思います。

 >

 > 皆様も、ぜひお試しください。ただし、血抜きの技術が不十分だと逆に品質が下がる可能性があります。慎重にお願いします。


 ---


 私は思わず背筋を伸ばした。


「まあ……これは……」


 血抜きによる熟成。素材の腐敗を防ぎ、むしろ旨味を向上させる技術。現実世界では当然の処理法だが、それをゲーム内で応用し、しかも独自の発展を遂げさせている。


「素材の真の価値を引き出す……まさに、わたくしが目指している理念と同じですわ」


 この「ウシオ」という方は、きっと現実でも相当な知識と経験をお持ちなのだろう。そして何より、素材に対する敬意と愛情を持っている。それがなければ、このような技術は生まれない。


 私は投稿に返信することにした。


 ---


 **Re: 血抜き熟成法について - 投稿者:ミレイ=サクラノミヤ**


 > ミオ様、そしてウシオ様

 >

 > 血抜きによる熟成という考え方、まさに目から鱗でございます。素材の真の価値を引き出すという理念に、深く感銘を受けました。

 >

 > 私も素材の品質向上に日々取り組んでおりますので、このような技術を惜しみなく公開してくださる心意気に敬服いたします。異なる分野の職人同士が知識を共有することで、より素晴らしい成果が生まれるのですね。

 >

 > 今度、もしよろしければ、この技術を応用したスイーツ作りにも挑戦してみたいと思います。魚の旨味成分を活かした、新しいタイプのデザートが作れるかもしれません。

 >

 > 素材への愛情と技術への探究心を持つ方との出会いに、心から感謝いたします。

 >

 > 敬具


 ---


 投稿を送信した後、私は再び紅茶を一口飲んだ。温かい液体が口の中に広がり、心も穏やかになっていく。


 この世界では、私のように素材と真摯に向き合う人がいる。それぞれ異なる分野で、しかし同じ想いを持って技術を磨いている。


「……なんだか、嬉しいですわね」


 そのとき、茶屋の入り口から聞き慣れた声が響いた。


「お姉さま! ついに見つけましたわ!」


 振り返ると、妹の可憐――ゲーム内では「カレンヌ」――が息を切らしながら駆け込んできた。金髪のツインテールを揺らし、魔術師の服装に身を包んだ彼女は、現実世界とはまた違った可愛らしさがある。


「あら、カレンヌ。お疲れ様ですわ」


「もう、お姉さまったら! 最近ちっとも連絡をくださらないから、セラフィア中を探し回りましたのよ!」


 カレンヌは少し頬を膨らませながら、私の向かいに座った。その表情は怒っているというより、心配していたという方が正しいかもしれない。


「申し訳ございませんでした。少々、夢中になってしまいまして」


「夢中……ああ、例の料理のことですわね? 掲示板、拝見させていただきましたわよ」


 カレンヌは意地悪そうに微笑んだ。


「『血抜き熟成法への共感』ですって? お姉さま、どなたかと技術交流でも始められるのですか?」


「そのような大げさなものではございませんわ。ただ、同じ志を持つ方がいらっしゃることが嬉しくて」


 私は少し照れながら答えた。確かに、見知らぬ相手とはいえ、こうして掲示板を通じて交流することに特別な感情を抱いているのは事実だった。


「ふふ、お姉さまらしいですわ。でも、本当にすごいんですのね、お姉さまの料理」


 カレンヌは真面目な表情になった。


「街でお姉さまの噂を聞かない日はありませんもの。『白エプロンの貴族』『スイーツの女王』『素材に愛された料理人』……どれも素敵な呼び名ですわ」


「まあ、そんなに大げさな……」


「大げさではありませんわよ。実際、お姉さまの作られた料理を食べた方々は、皆さん感動していらっしゃいます」


 カレンヌは紅茶を注文しながら続けた。


「それに、NPCの方々の反応も違いますもの。マスター・エドワードさんなんて、お姉さまのことを『真の職人』って呼んでらっしゃいます」


「そこまで……」


「ええ。でも、お姉さまご自身は変わらず謙虚でいらっしゃる。だからこそ、皆さん余計に魅力を感じるのでしょうね」


 私たちは姉妹らしい穏やかな時間を過ごした。カレンヌの冒険談を聞き、私の料理について語り合い、この仮想世界での新しい生活について話し合う。


 夕暮れが近づく頃、カレンヌは席を立った。


「それでは、お姉さま。今度はもう少し早めにご連絡くださいませね」


「ええ、気をつけます」


「あと……」


 カレンヌは振り返って、いたずらっぽく笑った。


「その『ウシオ』さんとやら、きっと素敵な方なのでしょうね。お姉さま、とても嬉しそうなお顔をしていらっしゃいましたもの」


「か、カレンヌ!」


「うふふ、それでは失礼いたします!」


 妹が去った後、私は一人残された席で、再び紅茶を飲んだ。


 確かに、今日は特別な気持ちだった。同じ想いを持つ職人との出会い。技術への共感。そして、この世界での新しい可能性。


「……これから、どのような展開が待っているのでしょうね」


 私は夕陽に染まる海を眺めながら、静かに呟いた。


 素材への愛、技術への探究心、そして人との繋がり。この仮想世界で得られるものは、想像以上に豊かなものかもしれない。


 明日もまた、新しい挑戦が始まる。そんな予感に胸を躍らせながら、私は茶屋を後にした。

【アルネペディア】

・血抜き熟成法:ウシオが開発した魚類素材の処理技術。適切な血抜きと熟成により、魚の鮮度と風味を大幅に向上させる技法。ミオの検証投稿により料理人コミュニティで話題となった。


・ブルーオーシャン:セラフィア港の高級茶屋。港を一望できる立地と質の高い紅茶で知られる。ミレイが定期的に利用している店舗の一つ。


・カレンヌ:ミレイの妹のゲーム内キャラクター名。現実では可憐という名前。魔術師職で、姉とは対照的に活発な冒険を楽しんでいる。

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