表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第3話〈極上の素材、どこへ行ったの?〉

 

 チュートリアルを終えた私は、セラフィア港の街を散策しながら料理施設を探していた。


 石畳の道を歩いていると、街の西区にある広場で「簡易調理台」なるものを発見した。木の板と石組みの釜があるだけの素朴な設備だが、料理の基本機能は整っているらしい。何人かのプレイヤーが簡単な料理を作っている姿も見える。


「こちらが、この世界の厨房ということですのね」


 現実世界で慣れ親しんだ厨房――白磁の流し台、銀の火口、気密された空間に磨き込まれた調理器具たち――それに比べれば、確かに「簡易」という名がふさわしい設備だった。


 しかし、だからこそやりがいがある。


「この設備で、どこまで美味しく仕上げられるか……腕の見せ所ですわね」


 私は備え付けの調理台を一つ借り、持参したハンカチを敷いてから作業を始めることにした。まずは、先ほど手に入れたスライムゼリーを使って、何か作ってみよう。


 アイテム欄からスライムゼリーを取り出し、調理メニューを開く。すると――


『調理不可:素材状態=未処理』


 冷たい赤文字のメッセージが、やけに無情に表示された。


「未処理……? 素材の質に問題があるということでしょうか?」


 私はバッグの中のゼリーをすべて取り出し、一つ一つ状態を確認してみた。どれも同じように〈調理適性:なし〉という判定が出ている。


「まあ……確かに、ただ拾っただけでございますものね」


 考えてみれば当然かもしれない。現実世界でも、魚を釣ったらまず下処理をする。野菜も洗って皮を剥く。素材というものは、適切な処理を経て初めて「料理できる状態」になるものだ。


 それにしても気になったのは、時間の経過による変化だった。味覚判定スキルで三つのゼリーを比較してみると、明らかな違いがある。


『粘度指数:初期値95 → 87 → 73/風味評価:中性 → 苦味傾向 → 酸化臭あり』


「まあ……時間経過によって、明確に劣化していますわ」


 つまり、素材には鮮度があり、それは時間と共に失われていく。ということは、できるだけ新鮮なうちに適切な処理をする必要があるということだ。


「では……その『処理』とは、具体的にどのようなものなのでしょう?」


 疑問を解決するため、近くで料理をしていたプレイヤーに話しかけてみることにした。大きな斧を背負った戦士風の男性で、見た目はワイルドだが、意外と丁寧に答えてくれた。


「おっ、料理人の方ですか。素材の件なら、拾うだけで十分だと思いますけど……あ、もしかして『解体』の話ですか?」


「解体……というのは?」


「モンスターを倒した後で使うスキルですよ。素材をきちんと取り出すための。まあ、見た目がちょっとグロいんで、女性には人気ないですけどね」


「…………」


 "解体"という言葉が、頭の中で静かに反響した。


「女性には人気がない」――つまり、多くの女性プレイヤーは避けて通る分野。ということは、競合が少ないということでもある。


 そして何より、私の目指す「極上の素材」を得るためには、避けて通れない道なのかもしれない。


「その解体というスキルは、どこで習得できるのでしょうか?」


「んー、確か特殊スキルの部類なんで、条件を満たさないと覚えられないはずです。狩人とか鍛冶師系の職業なら取りやすいって聞いたことがありますけど……」


 戦士風の男性は首をひねりながら答えてくれた。私は丁寧にお礼を言い、さらなる情報収集を開始した。


 料理系プレイヤーが集う掲示板、街のNPCとの会話、図書館のスキル辞典――あらゆる情報源を当たって、ついに一つの結論に到達した。


「素材は『討伐』と『解体』の二段階を経て、初めて料理に使用可能になる……そういうシステムなのですわね」


 だからスライムゼリーが料理に使えなかったのだ。あれは「討伐後にドロップした物体」であって、まだ「調理用素材」ではなかったのだ。


 しかし問題があった。スキル一覧を何度確認しても、「解体」の項目は見当たらない。つまり、現在の私には習得条件が整っていないということだ。


「何か、足りないものがあるのですわね……」


 思案していたとき、街の片隅で興味深い光景を目撃した。


 鍛冶屋の裏手、市場の通路から外れた薄暗い場所。そこに、黒いフードを深くかぶったNPCが一人、黙々と作業を続けていた。


 その手元をそっと覗いてみると――まさに「解体」作業が行われていた。


 骨と肉を丁寧に分離し、内臓らしき部位を種類別に仕分けしていく。その動きは彫刻家のように精密で、無駄がなく、何より――美しかった。


 通りすがりのプレイヤーたちは皆、足早にその場を通り過ぎていく。誰も近づこうとしない。きっと、グロテスクだと感じているのだろう。


 けれど、私は違った。


「――これは、芸術ですわ」


 それは命を素材として扱うための、最も敬意に満ちた行為だった。雑に切り刻むのではなく、一つ一つの部位の特性を理解し、最適な形で取り出す。まさに職人の技。


「わたくし……この技術を、学ばせていただきたいですわ」


 私は意を決してNPCに話しかけてみた。しかし、返ってきたのは『条件未達』の冷たい表示だけ。


 何かが足りない。まだ私には、この技術を学ぶ資格がないということだ。


 けれど、心には確かな道筋が見えていた。このNPCから解体技術を学ぶこと。そして、最高品質の素材を手に入れること。それが、私の目指すべき次のステップだ。


「条件を満たすために、何をすればよいのでしょうか……」


 私は再び情報収集を開始した。図書館で古い文献を読み、街の住人に話を聞き、他のプレイヤーとも情報交換をする。


 そして、ついに一つの手がかりを見つけた。


「『素材への深い理解』と『一定以上の解体実績』……そして『師匠の認可』」


 つまり、まず素材について十分に学び、基礎的な解体作業を経験し、最後にあのNPCに技術を認めてもらう必要があるということだ。


 幸い、料理人である私は「味覚判定」スキルを持っている。これは素材の品質を見極める能力。きっと、解体技術の習得にも役立つはずだ。


「まずは、基礎的な解体作業から始めましょう」


 私は街の外れにある初心者用の狩場へ向かった。そこで新たなスライムを数体倒し、ドロップした素材をじっくりと観察する。


 味覚判定スキルで詳細に分析し、どの部分がどんな特性を持っているかを理解する。そして、図書館で学んだ基礎的な解体理論を実践してみる。


 最初は上手くいかなかった。ナイフの入れ方が浅すぎたり、逆に深すぎて素材を傷つけたり。


 けれど、私は諦めなかった。


「これも、お菓子作りと同じ。材料を理解し、手順を覚え、何度も練習する。そうすれば、必ず上達いたします」


 日が暮れるまで練習を続け、ようやく基本的な解体ができるようになった頃――


 『基礎解体技能:習得』


 待望の通知が表示された。


「これで、第一歩ですわね」


 私はスカートの裾を整え、あの黒フードのNPCの元へ向かった。


 今度こそ、きっと話を聞いてもらえるはずだ。

【アルネペディア】

・未処理素材:モンスターからドロップしただけの状態では、調理に使えない素材群。内部構造の情報が不足しているため、料理スキル側で素材と認識されない。


・味覚判定スキル:素材の品質・劣化度合・味の傾向などを数値化/感覚化して表示できるスキル。等級が上がると、調理後の完成形の味を事前に予測することも可能。


・解体スキル(予備知識):モンスターを倒した後、"素材単位での処理"を行うスキル。特定の条件を満たすと習得候補に表示される。狩人・猟師・鍛冶師などに関連性あり。


・基礎解体技能:解体スキルの前段階となる技能。簡単な素材処理が可能になり、上位解体スキル習得の条件を満たす。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ