第25話〈技術交流祭への準備と新たな地平〉
海神祭まで残り一週間となった朝、私は人魚の大神殿の会場設営現場にいた。第一回海神祭とは規模も目的も大きく異なる、まさに歴史的なイベントの準備が着々と進んでいる。
「ミレイ様、こちらの技術展示エリアはいかがでしょうか?」
セレーナが案内してくれた展示ブースは、私の想像を遥かに超える規模だった。海中でありながら、陸上の技術を完璧に実演できるよう設計された特殊な空間が広がっている。
「まあ......これほど立派な設備を用意していただいて」
私は感動を隠せなかった。水中でありながら、完全に乾燥した調理エリア、観客席、そして私のAw値制御技術を実演するための精密な測定器まで完備されている。
「マーメイド族総出で準備いたしました。陸上の技術を海中で紹介するという、史上初の試みですから」
アクアマリンが誇らしげに説明してくれる。
「特に、温度制御システムはかなり苦労しました。海中で陸上と同じ精密さを実現するために......」
「本当にありがとうございます。これなら、完璧な技術実演ができそうですわ」
私は深く感謝の気持ちを表した。
「お姉様、すごい人出ですわね」
カレンヌが興奮気味に周囲を見回している。確かに、準備に関わっているマーメイドたちの数も、第一回とは比較にならない。
「セレーナ様、今回はどの程度の参加者を予定されているのでしょうか?」
「予想を大幅に超えて、現在約500名の参加申し込みをいただいております」
「500名......」
私は驚いた。第一回が200名余りだったことを考えると、2倍以上の規模だ。
「特に、王都からの参加者が多く、技術交流への関心の高さが伺えます」
セバスチャンが参加者リストを確認している。
「料理関係者だけでなく、薬師ギルド、漁師ギルド、さらには錬金術ギルドからも参加予定です」
「様々な分野の技術者が集まるのですわね」
私は期待と緊張が入り混じった気持ちになった。
「ミレイ様」
大長老オーシャニアが、威厳ある姿で近づいてこられた。
「大長老様、お忙しい中ありがとうございます」
「今回の技術交流祭は、我々マーメイド族にとっても重要な意味を持ちます」
大長老の声には、深い感慨が込められていた。
「長い間、我々は海の中だけで生きてきました。しかし、あなたの技術を通じて、陸上の知恵と融合する新たな可能性を学びました」
「恐縮です......」
「これは始まりに過ぎません。今回の成功により、種族を超えた技術交流の時代が開かれるでしょう」
大長老の言葉に、私は改めて今回のイベントの重要性を実感した。
午後、私は自分の展示ブースで最終的な準備を行っていた。Aw値制御技術の実演用材料、植物繊維シートのサンプル、そして完成した『永遠のマカロン』の展示品。すべてが完璧に配置されている。
「セバスチャン、実演スケジュールの確認をお願いします」
「承知いたしました」
セバスチャンが詳細なタイムテーブルを提示した。
「1日目:基礎技術の紹介と理論説明。2日目:実際の制作工程の実演。3日目:参加者による体験実習」
「3日間のプログラム......充実していますわね」
「特に3日目の体験実習では、簡易版技術を使って、参加者全員が実際に保存食を作ってもらう予定です」
私は満足していた。技術の民主化という理念を、実際の形にすることができた。
その時、展示エリアに見覚えのある人影が現れた。
「ミレイ様、お久しぶりです」
アルバートが王都料理ギルドの代表団と共に視察に来ていた。
「アルバート様、わざわざありがとうございます」
「王都でも、今回の技術交流祭には大きな期待が寄せられています」
アルバートが代表団を紹介してくれた。そこには、ローゼンクランツ伯爵の姿もあった。
「ミレイ様、素晴らしい準備ですね」
伯爵が満足そうに展示を見回している。
「これだけの規模で技術交流が行われるのは、アルネシア史上初めてでしょう」
「恐縮です。多くの方々のご協力があってこその成果です」
私は謙遜しながらも、内心では大きな達成感を感じていた。
「特に注目すべきは、異種族間の技術融合という新たな概念です」
伯爵が続けた。
「これまで、各種族は独自の技術を発展させてきました。しかし、それらを融合することで、想像を超える革新が生まれる可能性があります」
「まさに、今回のテーマですわね」
夕方、設営作業が一段落した時、私は一人で会場を見回していた。
数ヶ月前、シトラスハーブの価格高騰という危機から始まった緊急王都クエスト。それが今や、アルネシア全体の食文化革新という壮大なプロジェクトに発展している。
振り返ってみると、この期間は私にとって大きな転換点だった。
一人で完璧を追求していた私が、セバスチャンとの協力、マーメイドたちとの種族間協力、そして多くの料理人たちとの技術共有を経験した。
「技術の民主化」という概念を学び、「一人の完璧より、みんなでの革新」という新しい価値観を身につけた。
そして何より、同じ志を持つ他の技術者たちの存在を知った。ケンイチの植物繊維技術、ウシオの密閉技術。直接お会いしたことはないが、彼らの技術に触れることで、大きな可能性を感じている。
「お姉様、お疲れ様でした」
カレンヌが心配そうに近づいてきた。
「一人で考え込んでいらっしゃいましたが......」
「ええ。この数ヶ月のことを振り返っていましたの」
私は微笑んだ。
「本当に多くのことがありましたわね。緊急王都クエストから始まって、王都での成功、そして今回の技術交流祭まで」
「お姉様は、本当に大きく変わられました」
カレンヌが率直に言った。
「以前は一人で何でも完璧にこなそうとされていましたが、今は多くの人と協力して、より大きなことを成し遂げていらっしゃいます」
「そうですわね......」
私は自分の変化を実感していた。
「セバスチャン、現在のクエスト進行状況はいかがでしょうか?」
「『アルネシア食文化革新プロジェクト』は90%まで進行しております」
セバスチャンが報告した。
「技術交流祭の成功により、クエスト完了となる予定です」
「90%......もうゴールが見えてきましたわね」
私は感慨深く思った。
その時、頭の中にシステム音が響いた。
【特別達成】
『技術交流祭準備完了』
異種族間技術交流の基盤確立
経験値20,000を獲得
【新スキル習得】
『文化創造 Lv.1』:新しい文化や慣習を生み出す能力
『国際協調 Lv.1』:異なる組織・種族との協力関係構築能力
「新しいスキルを習得しましたわね」
私は嬉しく思った。これらのスキルは、今後の活動にとって非常に重要になるだろう。
「明日からは、いよいよ本番ですわね」
カレンヌが期待を込めて言った。
「ええ。多くの方々の期待に応えられるよう、精一杯頑張りましょう」
私は決意を新たにした。
夜、セラフィア港の宿舎で、私は今回の章を振り返っていた。
緊急王都クエストという困難な挑戦から始まり、執事セバスチャンとの協力、マーメイドたちとの種族間技術融合、王都での成功、そしてクエストの拡張。
最初は個人的な技術開発だったプロジェクトが、今やアルネシア全体に影響する文化革新の中心となっている。
「ミレイ亭」の夢も、技術研修センターという新しい形で実現への道筋が見えてきた。
そして何より、一人で完璧を追求していた私が、多くの人々との協力により、想像もできなかった高みに到達することができた。
「明日からは、新しい章の始まりですわね」
私は窓の外の星空を見上げながら呟いた。
技術交流祭での成功により、おそらく新たな出会いや機会が生まれるだろう。そして、いつか同じ志を持つ他の技術者たちとも、直接お会いできる日が来るかもしれない。
第三章「技術と協調の調べ」は、私にとって大きな成長の期間だった。そして明日から始まる技術交流祭は、次の章への扉となるだろう。
「さあ、新しい挑戦の始まりですわ」
私は明日への期待に胸を躍らせながら、眠りについた。
メインクエスト:『アルネシア食文化革新プロジェクト』(進行度:90%)
レベル:11達成
獲得称号:『技術交流の先駆者』『革新技術開発者』
制限時間:残り7日(技術交流祭開催まで)




