第24話〈新たな波紋と技術発表への序章〉
王都から戻って一週間が経った朝、私は厨房で複雑な気持ちを抱えていた。王都での成功は素晴らしかったが、当初の目標だった「ミレイ亭」の開店は、まだ実現の目処が立っていない。
「おはようございます、ミレイ様」
セバスチャンが書類の束を抱えて現れた。
「おはようございます。何か新しい情報がございましたの?」
「はい。まず、シトラスハーブの市場価格についてですが......」
セバスチャンが報告書を開いた。
「残念ながら、さらに上昇しております。現在は当初の4倍の価格になっています」
「4倍......」
私は溜息をついた。これでは「ミレイ亭」のメニューの大部分が採算の取れない状況になってしまう。
「ミレイ亭の開店について、改めて検討が必要かもしれません」
「そうですわね......」
私は窓の外を見つめた。海神祭での成功から始まり、多くの目標を達成してきたが、最初に抱いた「自分のお店を持つ」という夢は、まだ遠いままだった。
その時、厨房の扉がノックされた。
「失礼いたします」
現れたのは、王都料理ギルドの使者だった。しかし、いつもとは違う緊急性を感じる表情をしている。
「ミレイ様、ローゼンクランツ伯爵からの重要なお知らせがございます」
「どのような件でしょうか?」
使者が差し出した書状は、いつもより格式高い羊皮紙に記されていた。
「緊急王都クエスト『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』に関して、重要な変更がございます」
私は驚いた。クエストの変更など、聞いたことがない。
「変更......ですか?」
「はい。王都とセラフィア港のマーメイド族との技術交流が深まった結果、新たな展開が生まれました」
使者が説明を続けた。
「今回のプロジェクトが、単なる保存技術の開発を超えて、アルネシア全体の食文化革新に発展する可能性が見えてきました」
その時、頭の中にシステム音が響いた。
【メインクエスト変更】
『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』
↓
『アルネシア食文化革新プロジェクト』
新目標:
・革新的保存技術の確立(達成済み)
・技術の社会実装と普及
・第二回海神祭での技術発表会開催
・異種族間技術交流の推進
進行度:75%(新基準での再計算)
制限時間:延長 - 残り35日
「クエストが拡張されましたのね」
私は興味深く変更内容を確認した。
「第二回海神祭での技術発表会......」
「はい。マーメイド族の皆様が、ミレイ様の技術発表に大変興味を示されており、正式な技術交流の場として海神祭を活用したいとのご提案です」
使者が続けた。
「セレーナ様から、『ミレイ様の技術を多くの種族に紹介したい』とのお申し出をいただいております」
私は胸が高鳴った。第一回海神祭での成功は素晴らしい思い出だったが、今度は技術者として、より重要な役割を担うことになる。
「セバスチャン、この変更について分析をお願いします」
「承知いたしました」
セバスチャンが即座に計算を開始した。
「クエストの拡張により、報酬も大幅に増加すると予想されます。また、技術発表会の成功により、新たな協力関係や市場機会が生まれる可能性があります」
「それは......もしかすると、ミレイ亭の件にも影響するかもしれませんわね」
私は希望を感じ始めていた。
「お姉様、ただいま戻りましたわ!」
カレンヌが勢いよく厨房に入ってきた。最近は一人で行動することが増えて、頼もしく感じる。
「お帰りなさい、カレンヌ。どちらに出かけていらしたの?」
「港の商業組合で、いろいろお話を聞いてきましたの」
カレンヌが興奮気味に報告した。
「お姉様の技術のおかげで、保存食の需要が急激に増えているそうです。特に、長距離貿易商の方々が大変興味を示されているとか」
「長距離貿易......」
私は考え込んだ。確かに、90日間保存可能な食品があれば、これまで不可能だった遠方との取引が実現できる。
「それで、商業組合の方から提案がありましたの」
カレンヌが続けた。
「『ミレイ亭』を一般的なレストランではなく、『技術研修センター兼高級保存食専門店』として開店してはどうかと」
「技術研修センター......」
それは全く新しい発想だった。
「つまり、料理を提供するだけでなく、技術指導も行う複合施設ということですのね」
「そうです! 王都での月例講習会の地方版として、セラフィアでも定期的な技術指導を行う。そして、併設の専門店では高級保存食を販売する」
カレンヌの提案は非常に魅力的だった。シトラスハーブ価格高騰という制約を逆手に取り、新しいビジネスモデルを構築する発想だ。
「セバスチャン、この提案の実現可能性はいかがでしょうか?」
「非常に高いと思われます」
セバスチャンが分析結果を報告した。
「技術研修センターとしての収益に加え、高級保存食の販売により、従来のレストラン経営よりも安定した収益構造が期待できます」
「それに、海神祭での技術発表会が成功すれば、さらに注目度が高まりますわね」
私は新しい可能性に胸を躍らせていた。
その時、水槽の水面が美しく光り始めた。セレーナからの連絡だ。
「ミレイ様、お忙しい中失礼いたします」
セレーナが水槽から優雅に顔を出した。
「セレーナ様、お疲れ様です。第二回海神祭の件でお話があると伺いました」
「はい。実は、王都の方々との技術交流が予想以上に深まりまして......」
セレーナが説明を始めた。
「ローゼンクランツ伯爵から、『異種族間技術交流』という新しい概念について相談をいただきました」
「異種族間技術交流......」
「マーメイド族の海洋魔法技術と、陸上の料理技術の融合により、これまでにない革新が生まれる可能性があるとのことです」
私は興味深く聞いていた。前回のアクアマリンとの協力が、より大きな展開に発展しようとしている。
「そこで、第二回海神祭を『技術交流祭』として開催し、様々な分野の技術者が集まる場にしたいと考えております」
「技術交流祭......素晴らしいアイデアですわ」
私は即座に賛同した。
「ミレイ様には、『革新的保存技術』の展示・実演ブースを担当していただけませんでしょうか?」
「ぜひ、参加させていただきます」
私は迷うことなく答えた。
「ただし、準備には相当な時間がかかりそうですわね」
「ご安心ください。マーメイド族総出でサポートいたします」
セレーナが微笑んだ。
「技術交流祭の成功は、私たちにとっても重要な意味を持ちますから」
セレーナが去った後、私たちは今後の計画について話し合った。
「まず、海神祭の技術発表会に向けた準備を最優先にしましょう」
私が提案すると、カレンヌが頷いた。
「それと並行して、『ミレイ亭改め技術研修センター』の準備も進めましょう」
「セバスチャン、両方のプロジェクトのスケジュール管理をお願いします」
「承知いたしました。効率的な並行作業計画を作成いたします」
夕方、一人で厨房に立ちながら、私は今日の変化について考えていた。
朝の時点では、ミレイ亭の開店延期に落胆していた私だったが、一日の終わりには全く新しい可能性が見えてきた。
緊急王都クエストの拡張、技術交流祭への参加、そして技術研修センターという新しいビジネスモデル。すべてが私の技術開発の成果から生まれた機会だった。
「一人で完璧を追求していた頃とは、全く違う世界が広がっていますわね」
私は窓の外の夕陽を見つめながら呟いた。
これまで培ってきた技術と人脈が、ついに大きな花を咲かせようとしている。海神祭での技術発表会は、その集大成となるだろう。
「明日からは、本格的な準備に取り掛かりましょう」
私は新たな挑戦への決意を固めていた。
【進行状況】
メインクエスト:『アルネシア食文化革新プロジェクト』(進行度:75%)
新サブクエスト:『技術交流祭の成功』(準備段階)
新サブクエスト:『技術研修センター設立』(企画段階)
制限時間:残り35日
【アルネペディア】
・アルネシア食文化革新プロジェクト:保存技術から拡張された大規模食文化変革クエスト
・技術交流祭:第二回海神祭として開催される異種族間技術交流イベント
・技術研修センター兼高級保存食専門店:ミレイ亭の新しいコンセプト、研修と販売の複合施設
・異種族間技術交流:マーメイド族と陸上種族の技術融合という新概念
・長距離貿易対応保存食:90日間保存技術による新たな商業機会
・展示・実演ブース:技術交流祭でのミレイの担当エリア、技術デモンストレーションを実施




