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第23話〈保存食革命と初めての王都〉

 

 三日後の朝、私は胸を躍らせながら厨房へ向かった。今日は『永遠のマカロン』の最初の品質テストの日。果たして、Aw値制御と植物繊維技術の組み合わせは、期待通りの結果をもたらしてくれるのだろうか。


「おはようございます、ミレイ様」


 セバスチャンが既に準備を整えて待っていた。測定器やテスト用の器具が丁寧に並べられている。


「おはようございます。いよいよですわね」


 私は少し緊張していた。緊急王都クエストの核心となる技術が、実際に期待通りの効果を発揮するかどうかの重要なテストだ。


「お姉様、おはようございます!」


 カレンヌが元気よく厨房に入ってきた。後ろにはレオンも続いている。


「おはよう、ミレイ様。今日の結果、楽しみにしてました」


「おはようございます、レオンさん。お二人とも早いのですね」


「だって、気になって眠れませんでしたもの」


 カレンヌが無邪気に言うと、レオンが苦笑いを浮かべた。


「僕も同じです。ケンイチさんの技術がどんな結果を出すのか......」


 私たちは保存容器の前に集まった。中には三日前に作った『永遠のマカロン』が静かに眠っている。外見上は何も変化がないように見えるが......


「では、開封いたします」


 私は慎重に容器の蓋を開けた。その瞬間、ふわりと甘い香りが立ち上った。


「まあ......」


 私は驚いた。三日前と全く変わらない、いや、むしろより深みのある香りが漂っている。


「Aw値の測定をお願いします」


「承知いたしました」


 セバスチャンが測定器でマカロンの水分活性を確認する。


「0.3を維持しております。数値に変化はありません」


「素晴らしい! では、実際に味を確認してみましょう」


 私は恐る恐るマカロンを一口食べてみた。


「......これは、奇跡ですわ」


 作りたての時と変わらない、いや、それ以上の美味しさだった。アーモンドの香りがより深く、甘みもより複雑で上品になっている。


 その時、頭の中にシステム音が響いた。


【サブクエスト達成】

『革新的保存技術の実用化』

 第一段階:3日間保存テスト成功

 経験値10,000を獲得

 技術革新度+50


「クエストが進行しましたわね」


 私は興奮を抑えきれなかった。


「本当ですか?」


 カレンヌが興味深そうに見ている。


「お二人も試してみてください」


 レオンとカレンヌがそれぞれマカロンを口にすると、二人とも驚愕の表情を見せた。


「これが三日前のものだなんて......信じられません」


「お姉様、これは革命ですわ! 緊急王都クエストの大きな成果ですわね」


 その時、厨房の扉がノックされた。


「失礼いたします」


 現れたのは、見たことのない格式高い制服を着た使者だった。その立ち居振る舞いからして、普通の料理ギルドの使者とは格が違う。


「ミレイ様でいらっしゃいますね。緊急王都クエスト『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』に関して、王都より緊急召集の勅命を承って参りました」


「王都から......緊急召集?」


 私は驚いた。王都は一般プレイヤーが立ち入ることのできないクローズフィールド。運営からの特別な招待でしか入ることができない特別な場所だった。


「ローゼンクランツ伯爵より、代替技術開発プロジェクトの緊急成果報告を求められております。本日午後、王都料理ギルド本部にて重要会議を開催いたします」


 使者が差し出した招待状は、美しい羊皮紙に金の印章が押された格式高いものだった。


 その時、再びシステム音が響いた。


【メインクエスト進行】

『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』

 新段階:王都での成果報告会

 ・技術実証デモンストレーション

 ・王都料理界への技術普及

 ・最終評価の獲得

 進行度:60%


「王都での最終段階に進むということですのね」


 私は胸が高鳴った。緊急王都クエストの集大成となる重要な局面だ。


「どうなさいますの?」


 カレンヌが興奮気味に尋ねる。


「もちろん、参りますわ。セバスチャン、王都への準備をお願いします」


「承知いたしました。特別馬車の手配をいたします」


 午後、私たちは王都への特別馬車に揺られていた。馬車そのものも、セラフィアで見るものとは格が違う。内装は上質な革とベルベットで仕立てられ、細部の装飾まで完璧だった。


「お姉様、王都ってどんなところなのでしょう?」


 カレンヌが窓の外を見ながら興奮している。


「私も初めてですが......きっと想像を超える場所でしょうね」


 馬車が王都の門をくぐった瞬間、私は息を呑んだ。


 石畳の道は完璧に整備され、街路樹一本一本まで芸術品のように美しく配置されている。建物の外観は統一された美しさを持ち、まるで一つの巨大な芸術作品のようだった。


「まあ......これが王都ですのね」


 現実世界で様々な上質なものを見てきた私の目から見ても、王都の景観は別格だった。洗練された高級住宅街を思わせる品格がありながら、それを遥かに超える威厳と美しさを感じる。


 王都料理ギルド本部の建物は、まさに宮殿のような荘厳さだった。大理石の柱に支えられた正面玄関、ステンドグラスの窓から差し込む光......現実世界の一流ホテルでも見たことのない豪華さだった。


「こちらへどうぞ」


 案内された大会議室は、私の想像を遥かに超えていた。天井は高く、シャンデリアが優雅に輝いている。テーブルは一枚板の上質な木材で作られ、椅子は手作業で仕上げられた芸術品のようだった。


「これは......」


 セバスチャンも感嘆の声を漏らしている。


 会議室には王都の有力料理人たちが多数集まっていた。その一人一人の佇まいからして、セラフィアとは格が違う。まさに料理界のエリート中のエリートという雰囲気だった。


「皆様、お待たせいたしました」


 ローゼンクランツ伯爵が会議室に入ってくると、場の空気が一層引き締まった。伯爵の纏う気品は、この豪華な会議室にも負けない威厳を持っていた。


「本日は緊急王都クエストの重要な成果報告会にお越しいただき、ありがとうございます。実は、シトラスハーブ価格高騰問題が予想以上に深刻化しております」


 伯爵の表情は険しかった。


「王都の高級料理店の半数以上が、営業停止の危機に瀕しています。一刻も早い解決策が必要な状況です」


 会議室がざわめく。王都レベルでの危機となると、アルネシア全体への影響は計り知れない。


「そこで、ミレイ様の緊急王都クエストによる技術開発成果に、大きな期待を寄せております。現在の進捗はいかがでしょうか?」


 全員の視線が私に集まる。王都の一流料理人たちの前で報告するプレッシャーを感じながらも、私は胸を張って答えた。


「緊急王都クエストの一環として、三日前にAw値制御と植物繊維技術を組み合わせた新しい保存技術の実験を行いました。その結果......」


 私は『永遠のマカロン』を取り出し、その場で試食してもらった。


 会議室が静寂に包まれる。王都の一流料理人たちが一口食べた瞬間、驚愕の表情が広がった。


「これが......三日前のものですと?」


 白髪の料理長が信じられないという様子で尋ねる。


「はい。緊急王都クエストで開発したAw値制御技術により、品質の劣化を完全に防いでいます」


「素晴らしい!」


 伯爵が立ち上がった。


「これこそが我々の求めていた技術です。早急に実用化を進めましょう」


 しかし、私は少し不安を感じていた。


「伯爵、一つご相談があります。この技術は確かに効果的ですが、一般の料理人には少し複雑すぎるかもしれません」


「と、おっしゃいますと?」


「以前のクエスト進行で学んだ『技術の民主化』の観点から申し上げますと、温度管理や材料の配合が非常に繊細で、専門的な知識と技術が必要です」


 会議室の空気が少し重くなった。


「ならば、どのような解決策をお考えでしょうか?」


 伯爵が真剣な表情で尋ねる。


「二段階の技術開発を提案いたします」


 私は明確に答えた。


「高級店向けの完璧版は、厳密なAw値制御により30日間の保存を可能にします。一方、一般向けの実用版は、多少精度を落としても7日間程度の保存効果を狙います」


「なるほど......」


 伯爵が考え込んだ。


「完璧版は王都の高級店で、実用版は一般的な料理店で活用するということですね」


「その通りです。それぞれの技術レベルに応じた技術提供こそが、緊急王都クエストの真の解決策だと考えております」


 会議室の料理人たちも頷いている。王都の料理人ならではの高い技術レベルへの自信と、それに見合った期待を感じた。


「素晴らしい提案です。では、その方向で進めましょう」


 伯爵が決断した。


「まず、完璧版の技術指導を王都の料理人たちに行っていただけますか?」


「承知いたしました。ただし......」


 私は少し迷ったが、思い切って提案した。


「月に一度の特別講習会という形にさせていただけませんでしょうか? セラフィアでの活動も継続したいのです」


「月一度......」


 伯爵が考え込む。王都への移住を期待していたかもしれない。


「それでも構いません。むしろ、地方との技術交流も重要でしょう。セラフィアで培った経験こそが、この技術の源なのですから」


 私は安堵した。王都での活動は魅力的だが、セラフィアでの仲間たちとの協力も大切にしたかったのだ。


 その時、大きなシステム音が響いた。


【メインクエスト大幅進行】

『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』

 ・王都での技術実証:成功

 ・二段階技術システム採用:決定

 ・月例特別講習会:承認

 進行度:85%


【新タイトル獲得】

『革新技術開発者』:緊急王都クエストでの画期的成果を称える称号


【新スキル習得】

『技術指導 Lv.1』:他者への技術伝達能力が向上


「クエストが大きく進展しましたわね」


 私は達成感に満たされていた。


「では、来月より『王都特別保存技術講習会』を開始いたします。参加希望者は事前に申し込みをお願いします」


 会議は大成功に終わった。緊急王都クエストの技術が王都の最高レベルで認められ、新時代の保存食文化の始まりが宣言されたのだ。


 王都から戻る馬車の中で、カレンヌが興奮冷めやらぬ様子で話していた。


「お姉様、王都は本当に素晴らしいところでしたわね。緊急王都クエストがあんな重要な場所で評価されるなんて......」


「ええ。現実世界でも見たことのないほど洗練されていましたわ」


 私も王都の印象に強く心を動かされていた。


 セラフィア港に戻ってきた時、レオンが荷物をまとめて待っていた。


「ミレイ様、お疲れ様でした。僕はこれからリーヴェンに戻ります」


「そうですわね。ケンイチさんに今日の成果をお伝えください。同じクエストを受諾した者として、きっと喜んでくれるでしょう」


「きっと喜んでくれると思います。植物繊維技術が王都で認められるなんて」


 レオンが帰りの準備をしていると、私はふと気づいた。


「あら、カレンヌはどちらに?」


「カレンヌさんなら、『ちょっと用事がある』と言って出かけました。どこへ行ったかは......」


 レオンも首をかしげている。


「まあ、あの子ったら......また迷子にならなければよろしいのですが」


 私は苦笑いを浮かべた。方向音痴の妹のことだから、きっとどこかで道に迷っているのだろう。


 レオンを見送った後、私は一人で厨房に戻った。王都での成功は大きな達成感をもたらしたが、同時に新たな責任も背負うことになった。


 月例講習会の準備、技術マニュアルの作成、そして何より、王都の期待に応える継続的な技術開発。やるべきことは山積みだった。


「でも、これからが本当の始まりですわね」


 私は窓の外の星空を見上げた。緊急王都クエストが、ついに王都レベルでの解決策として認められた。これまで一人で追求してきた完璧主義が、アルネシア最高峰の料理界で評価された。


 植物繊維技術とAw値制御の融合が、新時代の保存食文化を切り開く日が、ついに始まろうとしていた。


【進行状況】

 メインクエスト:『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』(進行度:85%)

 制限時間:残り21日と6時間

【アルネペディア】

・王都:クローズフィールドで運営招待でのみ入場可能、最高レベルの品格と美しさを誇る


・王都特別保存技術講習会:ミレイによる月例技術指導、高級店向け完璧版技術の普及


・二段階技術システム:完璧版(王都高級店・30日保存)と実用版(一般店・7日保存)の並行開発


・革新技術開発者:緊急王都クエストでの画期的成果を称える特別称号


・技術指導スキル:他者への技術伝達能力、緊急王都クエストの成果として習得


・新時代保存食文化:Aw値制御と植物繊維技術による革新的保存技術の確立

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