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第21話〈水の記憶と精密制御の扉〉

 

 翌朝、私は厨房で昨日マリアンヌたちと開発した実用版レシピの最終確認をしていた。二段階技術開発という新しいアプローチは順調に進んでいるが、緊急王都クエストの根本的な解決には至っていない。


「おはようございます、ミレイ様」


 セバスチャンが資料の束を抱えて現れた。


「おはようございます。何か新しい情報がございましたの?」


「はい。同じクエストを受諾されている他プレイヤーの動向について、重要な情報が入りました」


 彼が差し出した報告書には、リーヴェンの薬師ギルドからの詳細なデータが記されていた。


「ケンイチ様が植物繊維を使った革新的な吸湿制御技術を開発され、大きな進展を見せているとのことです」


「植物繊維......?」


 私は興味深く読み進めた。和紙の技術を応用した吸湿材料により、保存効果を飛躍的に向上させるという内容だった。


「これは素晴らしい技術ですわね。同じクエストを受諾している方が、このような革新を......」


「競争が激化しておりますが、同時に学ぶべき技術でもあります」


 セバスチャンが資料を確認した。


「和紙の原理を応用した特殊な繊維により、食品の水分を適切に制御できるとのことです」


 私は考え込んだ。同じクエストに挑戦している他のプレイヤーが着実に成果を上げている。私も負けていられない。


 その時、厨房の扉が勢いよく開かれた。


「お姉様、ただいま帰りましたわ!」


「カレンヌ! ......まあ、本当にリーヴェンまで辿り着いて、無事に帰ってこられたのですね」


 私は心底驚いていた。妹の方向音痴は筋金入りで、セラフィア港内でさえ迷子になることがある。それがリーヴェンという遠方まで......


 カレンヌの後ろから、明らかに疲弊しきった青年が現れた。ノクターンの特徴的な銀髪と紫の瞳を持つ彼だったが、なぜか戦士風の装備を身に着けている。少し意外な組み合わせに思えたが、それよりもその表情を見た瞬間、私は全てを理解した。


「あら......大変だったのですね。すぐにお茶とお菓子をご用意いたします」


 私は慌てて蜂蜜入りのスコーンと温かい紅茶の準備を始めた。


「お姉様、こちらはレオンさんです。薬師ギルドで素材採取のお仕事をされていて、今回の調査にご同行いただきました」


 レオンが疲れ切った表情のまま、それでも丁寧にお辞儀をした。


「初めまして、ミレイ様。レオンと申します......薬師ギルドでケンイチさんの技術開発を素材採取面からサポートしております」


「お疲れ様でした。まずはこちらをどうぞ」


 私は準備した温かいスコーンと紅茶を差し出した。レオンの憔悴しきった表情を見ていると、甘いものと休息が何より必要だと感じた。


「ありがとうございます......本当に助かります」


 レオンが安堵の表情を見せながらスコーンを口にした瞬間だった。


「あ、そうそう! レオンさん、さっきの件ですけれど――」


 カレンヌが急に話し始めると、レオンが眉をひそめた。


「さっきの件って......まさか、あの無茶な近道のことですか?」


「無茶だなんて! ちゃんと地図を見て判断したんですもの」


「地図を逆さまに見てたじゃないですか!」


 二人の軽妙なやり取りを聞きながら、私は微笑ましく思った。それにしても、妹がこれほど率直に他人と言い合いをしているのを見るのは初めてだった。


「まあまあ、お二人とも」


 私が仲裁に入ると、二人ともはっとした表情を見せた。


「それで、肝心のリーヴェンでの調査はいかがでしたの?」


「それが、すごい発見をしてしまいましたわ! ケンイチさんの技術、本当にすごいんです」


 カレンヌが興奮気味に荷物を開けると、中からは見たことのない植物素材と、詳細な研究ノートが現れた。


「これが、ケンイチさんが開発された吸湿紙ですの」


 カレンヌが薄い紙のような素材を取り出した。触ってみると、普通の紙とは明らかに違う質感がある。


「和紙の技術を応用して、湿度を自動調整する特殊な紙なんですって」


 私はその吸湿紙を手に取り、じっと見つめていた。湿度の自動調整......食品保存における水分制御......


 突然、脳裏に閃くものがあった。


「そういえば......水分活性という概念がありましたわね」


「水分活性......?」


 カレンヌが首をかしげる。


「Aw値とも呼ばれる指標です。食品中の自由水の活動度を0から1で表現し、微生物の繁殖を制御する......」


 私は記憶を辿りながら説明した。


「確か、0.6以下で細菌の繁殖を阻止、0.5以下で酵母やカビも抑制できるはずです」


 セバスチャンが興味深そうに聞いている。


「ミレイ様、それは非常に科学的なアプローチですね。その理論と、このケンイチ様の吸湿技術を組み合わせれば......」


「革命的な保存技術が確立できるかもしれませんわね」


 私は興奮を抑えきれなかった。


「ケンイチさんから、この海洋性ミネラルの乾燥剤もお預かりしてきました」


 レオンが小さな袋を取り出した。中には白い粉末状の物質が入っている。


「それと、この簡易湿度計もお借りしてきました。でも、精度があまり良くないそうです」


 レオンが取り出した湿度計は、確かに粗雑な作りに見えた。


「セバスチャン、この湿度計を改良してAw値を正確に測定できるようにできませんでしょうか?」


「理論的には可能ですが......より精密な水分制御が必要になりますね」


 セバスチャンが分析的に答えた。


「特に温度制御と湿度制御を同時に行う技術が必要です。現実世界でいうチルドミラー式のような精密制御ができれば......」


「チルドミラー式......」


 私は考え込んだ。温度と湿度の精密制御......そういえば、海中で水温や水圧を自在に操るマーメイドたちなら......


「セバスチャン、マーメイドの皆様に連絡を取ることはできますでしょうか?」


「マーメイドの方々に......ですか?」


「ええ。特に温度調整が得意な方がいらっしゃれば、精密な水分制御技術の開発に協力していただけるかもしれません」


 私は海神祭で培ったマーメイドたちとの関係を思い出していた。彼女たちの水魔法技術は、陸上では考えられないほど精密で繊細だった。


「承知いたしました。セレーナ様への連絡手段を準備いたします」


 セバスチャンがすぐに行動を開始した。


 三十分後、厨房に響く美しい歌声と共に、水の渦が現れた。その中からセレーナが優雅に姿を現した。


「ミレイ様、お久しぶりですわ。緊急王都クエストを受諾されたと聞いて、驚いておりました」


「セレーナ様、お忙しい中ありがとうございます」


 私は深くお辞儀をした。


「実は、精密な温度と湿度の制御技術について、お力をお借りしたいのです」


 私は詳しく説明した。Aw値という水分活性の概念、チルドミラー式のような精密制御の必要性、そして緊急王都クエストの重要性について。


「なるほど......興味深い技術ですわね」


 セレーナが考え深げに頷いた。


「温度調整が得意な者でしたら、アクアマリンが最適でしょう。彼女は深海の冷水域出身で、0.1度単位での水温制御が可能です」


「0.1度単位......それは素晴らしい精度ですわ」


「ただし、陸上での作業は彼女にとって大きな負担になります。特別な環境を用意していただく必要がありますが......」


「どのような環境が必要でしょうか?」


「大型の水槽と、海水を循環させる設備。それと、魔法陣による水圧調整機能があれば理想的です」


 私は考え込んだ。そのような設備を用意するのは容易ではないが......


「セバスチャン、王都料理ギルドの支援でそのような設備を用意することは可能でしょうか?」


「緊急王都クエストの重要性を説明すれば、支援を得られる可能性があります」


 セバスチャンが計算的に答えた。


「設備準備には2〜3日かかると思われますが、その価値は十分にあるでしょう」


 その時、頭の中にシステム音が響いた。


【サブクエスト発生】

『海洋温度制御技術導入』

 ・マーメイド族との技術協力体制構築

 ・陸上での海洋魔法実装環境整備

 ・チルドミラー式精密制御システム開発

 報酬:経験値18,000/海洋親和度+150


【サブクエスト発生】

『精密Aw値測定システム開発』

 ・簡易湿度計の魔法工学的改良

 ・水分活性の精密測定技術確立

 ・海洋魔法との技術融合

 報酬:経験値12,000/技術精度+80


「緊急王都クエストが新たな段階に進みましたわね」


 私は興奮を抑えきれなかった。


「それでは、アクアマリン様にお声がけいただけますでしょうか?」


「承知いたしました。彼女もきっと喜んで協力してくれるでしょう」


 セレーナが微笑んだ。


「異なる種族の技術が融合することで、新たな可能性が生まれる。とても素晴らしいことですわ」


「ありがとうございます。では、設備の準備が整い次第、改めてご連絡いたします」


 セレーナが水の渦と共に去った後、厨房には期待に満ちた空気が流れていた。


「すごいですね、ミレイ様。マーメイドとの技術協力なんて......」


 レオンが感心して言った。


「お姉様の人脈の広さには、いつも驚かされますわ」


 カレンヌも嬉しそうだった。


「これで、Aw値制御の理論を実際の技術として確立できるかもしれませんわね」


 私は窓の外を見つめながら呟いた。


「セバスチャン、設備準備の手配をお願いします。明日から本格的な技術開発に取り掛かりましょう」


「承知いたしました。王都料理ギルドとの連絡を開始いたします」


 今日は大きな一歩を踏み出した。マーメイドたちの海洋魔法技術と、私が思い出したAw値理論、そしてケンイチの植物繊維技術。これらが融合すれば、これまでにない革新的な保存技術が生まれるかもしれない。


「明日からが楽しみですわね」


 私は新たな挑戦への期待に胸を躍らせていた。


【進行状況】

 メインクエスト:『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』(進行度:25%)

 サブクエスト:『海洋温度制御技術導入』(準備段階)

 サブクエスト:『精密Aw値測定システム開発』(準備段階)

 制限時間:残り27日と8時間

【アルネペディア】

・レオン:薬師ギルドで素材採取を担当するプレイヤー、ケンイチの技術開発をサポート


・セバスチャン:専属サポートNPC(緊急王都クエスト専用)として膨大な知識と分析能力でプロジェクトを支援


・Aw値(水分活性):ミレイが思い出した食品中の自由水活動度、微生物繁殖制御の科学的指標


・チルドミラー式:現実世界の精密な温度・湿度制御技術、ゲーム内では海洋魔法で再現予定


・アクアマリン:深海出身のマーメイド、0.1度単位での水温制御が可能な温度調整専門家


・植物繊維技術:ケンイチが開発した和紙応用の吸湿制御技術、緊急王都クエストの成果の一つ


・海洋親和度:マーメイド族との協力関係を示すパラメータ、海洋魔法技術導入に影響


・技術精度:測定器や制御技術の正確性を示すパラメータ、実用化の成功率に影響

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