第19話〈シトラスハーブ枯渇から始まる革新〉
朝の七時、アルネシア・オンラインにログインした瞬間、私の視界は青いシステムウィンドウで埋め尽くされた。
【アルネシア・オンライン】大型アップデート実装のお知らせ
**Ver.2.0「職人たちの新時代」配信開始**
「まぁ、随分と大規模なアップデートですのね」
私は丁寧にアナウンスを読み進める。新職業システム、生産職連携システム、現実知識対応AI強化......特に気になったのは【解体師】の正式職業化だった。
「解体効率大幅向上、廃棄ロス最小化......これは素晴らしい改良ですわ」
私が素材の品質にこだわり続けてきた努力が、ついにシステムレベルで評価されたということなのだろう。胸の奥で小さな誇らしさが温かく広がる。
ログイン処理が完了し、セラフィア港の高級居住区にある私の個人厨房に姿を現した。シトラスハーブ価格高騰により開店を延期せざるを得なくなった「ミレイ亭」の件で、今日も代替案を検討する予定だった。
「おはようございます、ミレイ様」
ミオが厨房に入ってきた。彼女の表情に、いつもの穏やかさが戻っているのを見て、私は少し安心した。
「おはようございます、ミオさん。今朝のアップデート、ご覧になりましたか?」
「はい。生産職連携システムなど、私たちにとって良い変化が多そうですね」
「ええ。ところで、カレンヌはいかがしています?」
「ああ、カレンヌさんでしたら、早朝にリーヴェンへ出発されました」
「リーヴェンへ?」
私は驚いた。妹が一人で遠出するなど、珍しいことだった。
「『お姉様が忙しくなりそうだから、代わりに薬草職人の方の情報を集めてくる』と張り切っていらっしゃいました」
「まあ......」
私は微笑ましく思った。カレンヌなりに、私の力になろうとしてくれているのだろう。
私たちがそんな話をしていると、突然頭の中に特別なシステム音が響いた。
【特別クエスト受信】♪♪♪ピロリロリン♪♪♪
現れたウィンドウには見たことのない金枠のクエスト表示が浮かんでいる。いつものクエスト通知とは明らかに異なる、荘厳な音楽まで流れている。
【★★★緊急王都クエスト★★★】
※貢献度評価対象者限定配信※
クエスト名:『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』
発注者:王都料理ギルド・ローゼンクランツ伯爵
緊急度:最高
報酬:経験値50,000/ゴルド100,000G/特殊称号『技術革新者』
制限時間:30日間
推奨レベル:Lv.5以上
【配信条件】
・ギルド貢献度:A+以上
・技術革新実績:古代レシピ復活等の功績
・運営評価:優秀プレイヤー認定
【クエスト内容】
シトラスハーブ価格高騰危機により、アルネシア全土の保存食文化が崩壊の危機に瀕している。
この危機を解決するため、シトラスハーブに依存しない革新的保存技術の開発を行え。
【達成条件】
1. 代替保存技術を3種類以上開発する
2. 新技術の実用化テストを成功させる
3. 技術レポートを王都料理ギルドに提出する
4. 他分野専門家との協力体制を構築する
【特記事項】
・専属サポートNPC『セバスチャン』が配属される
・失敗時のペナルティなし(挑戦機会提供のため)
・同条件を満たす全プレイヤーに一斉配信中
・他ギルド所属の対象者にも同時配信済み
受諾しますか? 【はい】【いいえ】
「まあ......緊急王都クエストですのね」
私は驚きつつも誇らしさを感じていた。これまでの活動が評価され、アルネシア全体に関わる重要なクエストを託されたということなのだろう。
「海神祭での功績や古代レシピの復活が認められたということでしょうか......」
同時に、他にも同じクエストを受信している優秀なプレイヤーがいることを理解した。つまり、これは私だけの特別扱いではなく、実力を認められたプレイヤー全員に与えられた挑戦の機会なのだ。
私は迷うことなく【はい】を選択した。
【クエスト受諾完了】
『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』を受諾しました
プロジェクトリーダーに任命されました
新スキル『プロジェクト管理 Lv.1』を習得しました
システム音と共に、厨房の扉がノックされた。
「失礼いたします。ミレイ様でいらっしゃいますか?」
現れたのは、まるで完璧な執事のような品格を持つ美しい存在だった。
「はじめまして。私はセバスチャンと申します。このたび、クエスト『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』のサポートを担当させていただくことになりました」
「あなたが専属サポートの......」
「はい。膨大な料理データベースと最適化計算能力を有しております。このプロジェクトの技術開発をあらゆる面からサポートいたします」
セバスチャンの声は驚くほど自然で、その立ち居振る舞いは完璧な執事そのものだった。専門サポートNPCとの本格的な協力という発想に、私は新鮮な驚きを感じていた。
「それから、重要な情報がございます」
セバスチャンが続けた。
「このクエストは、料理ギルドだけでなく、薬師ギルドの優秀なメンバーにも同時配信されております。リーヴェンの薬師ギルドでは、ケンイチという薬草職人の方が同じクエストを受諾されたとの報告を受けております」
「薬師ギルドの方も......」
「はい。異なる専門分野からのアプローチにより、より革新的な解決策が生まれることを運営は期待しているのでしょう」
私は興味深く聞いていた。料理と薬草、異なる分野の専門家が同じ目標に向かって技術開発を進める。競争でもあり、協力の可能性でもある。
「つまり、私たちは独自に技術開発を進めつつ、必要に応じて他分野の専門家との連携も模索するということですのね」
「その通りです。クエストの達成条件にも『他分野専門家との協力体制構築』が含まれております」
「素晴らしいですわ」
私は満足そうに頷いた。そして、改めてクエストの重要性を実感した。
突然、私の頭上に新しいシステムウィンドウが現れた。
【サブクエスト発生】
『薬師ギルド情報収集』
・リーヴェン薬師ギルド訪問
・ケンイチとの面談実施
・代替素材サンプル3種入手
報酬:経験値5,000/連携度+20
【サブクエスト発生】
『技術開発基盤構築』
・専用研究施設の設営
・実験環境の最適化
・セバスチャンとの連携度向上
報酬:経験値5,000/開発効率+30%
「なるほど、段階的にクエストが展開されるシステムですのね」
私はクエスト管理画面を確認しながら呟いた。メインクエストを軸に、複数のサブクエストが連動し、最終的に大きな目標達成へ導かれる構造になっている。
「ミレイ様、まずはどちらのサブクエストから着手されますか?」
セバスチャンが丁寧に尋ねた。
「そうですわね......アルバート様、薬師ギルドとの連携はいつ頃から可能でしょうか?」
「明日にでも、アウローラに連絡を取ることができます」
「それでしたら、まずは技術開発基盤の構築から始めましょう。基礎が整ってから薬師ギルドとの連携に進む方が効率的ですわ」
「承知いたしました」
セバスチャンが深くお辞儀をした。
「それでは早速、研究施設の設営に取り掛からせていただきます。ミレイ様の個人厨房を拡張し、実験用エリアを追加することは可能でしょうか?」
「ええ、お任せいたします」
夕暮れのセラフィア港を歩きながら、私は今日の出来事を振り返っていた。
《プロジェクト管理 Lv.1》
《代替技術開発 Lv.1》
《危機管理 Lv.1》
新しいスキルの習得通知が頭の中に響く。そして、レベルアップの光が私を包んだ。
「レベル七......ですわね」
Ver.2.0アップデートから始まったこの一日は、私にとって大きな転換点となった。これまで一人で歩んできた道が、今日からギルドクエストという大きな枠組みの中で、多くの人々との協力の道に変わる。
カレンヌがリーヴェンで情報収集し、セバスチャンが技術支援を提供する。そして私がプロジェクトリーダーとして全体を統括する。一方で、薬師ギルドのケンイチも同じクエストに挑戦している。
シトラスハーブ危機という困難から生まれた王都クエスト。制限時間は30日、報酬は破格、そして何よりアルネシア全土の保存食文化を変革する大プロジェクト。
「これほど大規模なクエストは初めてですわね」
私は空を見上げ、明日への決意を新たにした。ギルドシステムが提供する最高峰の挑戦が、ついに始まろうとしていた。
【進行状況】
メインクエスト:『アルネシア保存食技術革新プロジェクト』(進行度:5%)
サブクエスト:『技術開発基盤構築』(着手準備完了)
制限時間:残り29日と16時間
【アルネペディア】
・Ver.2.0「職人たちの新時代」:プレイヤーの現実知識を正当評価し、協力機能を大幅強化したアップデート
・★★★緊急王都クエスト★★★:貢献度A+以上のプレイヤーにのみ配信される最高難易度クエスト、失敗ペナルティなしで挑戦機会を提供
・ローゼンクランツ伯爵:王都料理ギルドの重鎮、緊急王都クエストの発注者
・セバスチャン:専属サポートNPC、プロジェクト管理と技術開発を全面支援
・ケンイチ:リーヴェン薬師ギルドの薬草職人、同じ緊急王都クエストを受諾した競合相手
・協力度:他分野専門家との連携効率を示すパラメータ、情報共有や技術融合に影響




