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第13話〈素材商人と呼ばれた日〉

 

 海中茶会から一夜明けた朝、私は予想外の騒動に巻き込まれることになった。


「ミレイ様、大変です!」


 調理室で潮騒のエクレアの試作に取り組んでいた私たちの元に、マスター・エドワードが慌てた様子で駆け込んできた。


「何事でございますか?」


「厨房の外に、大勢のプレイヤーの方々が……! 皆さん、ミレイ様とお話ししたいとおっしゃって……」


 私とミオは顔を見合わせた。嫌な予感がする。


 恐る恐る調理室の外に出てみると――そこには想像を絶する光景が広がっていた。


 厨房の前に、20人以上のプレイヤーが列を作って待機している。戦士、魔術師、僧侶、そして料理人たち。あらゆる職業のプレイヤーが、期待に満ちた表情で私たちを見つめていた。


「あ、ミレイ様だ!」

「本当にいらした!」

「お忙しい中、すみません!」


 口々に声をかけられ、私は少し困惑した。


「皆様、何のご用件でしょうか……?」


 すると、列の先頭にいた戦士風の男性プレイヤーが進み出た。


「ミレイ様、私はゴードンと申します。実は、海神祭の噂をお聞きして……」


「海神祭でミレイ様が使われる海洋素材を、私たちにも分けていただけないでしょうか?」


 別の魔術師が続けた。


「そうです! 潮返りのゼラチンやシーケルプ、アクアベリーなど……市場では手に入らない貴重な素材ばかりで……」


 私は事態を理解した。海神祭の準備で私たちが使っている海洋素材が、他のプレイヤーたちの注目を集めているのだ。


「申し訳ございませんが……」


 私は丁寧に答えた。


「わたくしは商売をしているわけではございませんの。これらの素材は、海神祭のために特別にいただいたものですので……」


「でも、ミレイ様!」


 料理人らしき女性プレイヤーが食い下がった。


「あの素材の品質の高さは話題になっています。特に解体技術で処理された素材は、通常の倍以上の効果があると……」


「そうですよ! ミレイ様の鑑定眼は伝説的です!」


 別のプレイヤーも加わった。


「一度でいいから、素材の鑑定をしていただけませんか? 私たちが持っている素材の品質を見極めていただければ……」


 私は少し考えた。確かに、商売はするつもりがないが、素材の品質向上に関する知識を共有することは悪いことではない。


「……分かりました」


 私は決断した。


「商売ではございませんが、素材の鑑定や品質向上のアドバイスでしたら、お手伝いできるかもしれません」


 プレイヤーたちの顔が一斉に明るくなった。


「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」

「さすがミレイ様!」


 こうして、私は急遽「素材鑑定会」を開催することになった。


 *           *           *


 午後、セラフィア港の市場広場に特設テーブルが設置された。


 私は一つ一つの素材を丁寧に検査し、品質の改善点をアドバイスしていく。


「こちらのスライムゼリーですが……解体の際に中央部を傷つけてしまっていますわね」


 私は持参したルーペで素材を詳しく観察した。


「この傷が、品質低下の原因です。解体時はもう少し慎重に、膜の自然な境界線に沿って処理してください」


「なるほど……! だから効果が低かったんですね」


 持ち主の戦士が感心している。


「では、正しい解体方法をお教えしましょう」


 私は実演を交えながら、基本的な解体技術を指導した。素材の構造を理解し、適切な切開ラインを見極め、無駄のない動作で処理する。


「すごい……同じ素材なのに、品質がこんなに違うなんて」


「ミレイ様の技術は本物ですね」


 見学していたプレイヤーたちからも感嘆の声が上がる。


 次は、魚類素材の鑑定だった。


「この魚は……血抜きが不十分ですわね」


 私は味覚判定スキルで詳細に分析した。


「血抜き熟成法はご存知でしょうか? 最近話題になっている、革新的な技術です」


「聞いたことがあります! でも、具体的なやり方が……」


 その時、ミオが前に出た。


「それでしたら、私がご説明いたします。実際に技術を検証し、掲示板に投稿させていただいた者ですので」


「あ、ミオさんだ! あの投稿の!」


 プレイヤーたちがざわめいた。ミオの投稿は多くの料理人に読まれており、彼女は既にちょっとした有名人だった。


「基本は完璧な血抜き処理です。釣った直後に、このように……」


 ミオは実演を交えながら、血抜きの基本手順を説明した。正確な血管の位置、適切な処理時間、シトラスハーブによるドリップ処理。


 私はその技術を間近で見て、改めて感嘆していた。


「素晴らしい技術ですわね……血液を完全に除去することで、素材の劣化を防ぎ、むしろ旨味を向上させるなんて」


 理論は理解していたが、実際の工程を詳しく見るのは初めてだった。現実世界の漁師の知恵が、ゲーム内で見事に再現されている。


「なるほど……これがウシオ様の技術の基礎なんですね」


「はい。そして、その後の熟成過程で真価を発揮します。24時間で腐敗ではなく熟成に変化し、旨味が格段に向上するのです」


「まさに『素材の真の価値を引き出す』技術そのものですわね」


 私は深く感心していた。腐敗を熟成に変えるという発想、それを実践する技術力。ウシオという方の知識と経験の深さを実感できた。


 鑑定会は夕方まで続いた。参加者は50人を超え、街の話題となった。


「ミレイ様、今日は本当にありがとうございました!」


「おかげで、素材の扱い方がよく分かりました」


「また機会があれば、ぜひお願いします!」


 プレイヤーたちは皆、満足そうな表情で帰っていく。


 私も、思わぬ充実感を味わっていた。


「ミレイ様、お疲れ様でした」


 ミオが労いの言葉をかけてくれる。


「思ったより楽しい時間でしたわ」


 確かに、商売ではなく知識の共有という形なら、私も心から楽しめる。何より、素材への理解が深まることで、この世界全体の料理レベルが向上する。


「でも、これからどうしましょう? きっとまた多くの方が来られますよ」


 ミオの心配ももっともだった。今日の噂はすぐに広まるだろう。


「定期的に開催しましょうか」


 私は提案した。


「月に一度程度、『素材鑑定会』として。商売ではなく、技術向上のための勉強会として」


「それは素晴らしいアイデアですね!」


 マスター・エドワードも賛成してくれた。


「場所も提供いたします。きっと、セラフィア港の名物イベントになりますよ」


 こうして、私は意図せずして「素材の先生」のような立場になってしまった。


 夜、調理室で一人になった時、私は今日の出来事を振り返っていた。


 多くのプレイヤーとの交流、知識の共有、そして素材への理解の深化。これらすべてが、私の料理人としての成長に繋がっている。


「素材商人と呼ばれた日、ですわね」


 私は苦笑した。商人ではないが、素材を通じて多くの人と繋がることができた。


 明日は海神祭の最終準備。今日学んだこと、感じたことを活かして、最高の料理を完成させよう。


 そして、海神祭で多くの人に海の恵みの素晴らしさを伝えたい。


 それが、今の私にできる最高の貢献なのかもしれない。

【アルネペディア】

・素材鑑定会:ミレイが定期開催する技術向上のための勉強会。商売目的ではなく、素材の品質向上と調理技術の共有を目的とする。セラフィア港の名物イベントとなった。


・ゴードン:素材鑑定会の常連参加者の一人。戦士職で、解体技術の向上に熱心。ミレイの指導により素材処理技術が大幅に改善された。


・血抜き熟成法(基礎編):ウシオが開発した技術の基本部分。完璧な血抜き処理、適切な処理時間、シトラスハーブによるドリップ処理が主要工程。ミレイの鑑定会でも指導される。

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