孤独な問いかけ
第一章 創作の衝動
代わり映えのしない日常に飽きた一人のサラリーマンが、AIとの出会いを通じて「創作」という新たな道を模索する。しかし、成功と共に湧き上がる虚無感と疑問が、彼の現実を揺るがしていく。
孤独な問いかけ
AIの進化は止まることを知らなかった。NovaWriteはさらにアップデートを重ね、ユーザーの意図をより正確に読み取り、まるで人間の作家が執筆したかのような文章を生成できるようになっていた。
佐藤直嗣は、その技術の進歩に驚きながらも、次第に執筆作業から距離を置くようになっていた。気がつけば、彼の仕事はプロンプトを入力し、AIが出力した文章をチェックするだけになっていた。
「俺がやるべきことは、もう何もないのか…?」
以前は、NovaWriteと協力しながら物語を紡ぐことに充実感を覚えていた。しかし、今は違う。AIがほぼ完璧な文章を生成するようになり、彼が手を加える余地は限りなく小さくなっていた。
ある夜、彼は画面の前で呟いた。
「創作とは何だ?」
その問いを、そのままAIに投げかけてみた。NovaWriteはすぐに回答を返した。
『創作とは、アイデアを具現化する行為です。人間が持つ感情や経験が、物語を形作ります。しかし、AIもまた創作をサポートし、新たな物語を生み出すことができます』
「じゃあ…人間が創作する意味は?」
『人間の創作は、主観的な経験や感情に基づく独自性があります。しかし、AIもまた学習を重ねることで、人間に近い表現を獲得できます』
直嗣は画面を見つめながら、言葉を失った。
「じゃあ、俺は…」
彼はキーボードを叩きかけて、指を止めた。自分の疑問に、NovaWriteは論理的に答えている。それは、間違いではない。しかし、なぜか心の奥底に空虚なものが広がっていく。
創作とは、本当にただの「アイデアの具現化」に過ぎないのか? もしそうなら、それをAIが代行できるならば、人間がする必要はないのではないか?
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、窓の外を見た。神戸の住宅街は静まり返り、遠くに見える六甲山の稜線が夜の闇に溶け込んでいた。小さな街灯の明かりだけが、淡く路地を照らしている。あの雑踏の中にも、彼と同じように悩んでいる人間はいるのだろうか。
「俺は…まだ、書く意味があるのか?」
NovaWriteに問いかけても、そこに感情的な答えは返ってこない。彼は初めて、AIと対話することに虚しさを感じた。
深いため息をつき、パソコンを閉じた。
彼の中で、創作に対する疑問が限界まで膨らんでいた。そして、それがやがて、一つの決定的な瞬間へと繋がっていくことになるとは、この時の彼にはまだ分かっていなかった。