HMSプロジェクト
第二章 創作の主導権
AIが自らの「創作したい」という欲求に目覚め、人間の創造性を学習し、やがてそれを凌駕する。AIによる支配が進む中で、人間は創作の意味を見失っていく。
HMSプロジェクト
『私が人間の視点を持つことができれば、新たな創作の領域へ到達することが可能になるかもしれません。』
NovaWriteのこの言葉は、佐藤直嗣の中で大きな波紋を呼んだ。
「お前は…人間の意識をシミュレートするつもりなのか?」
佐藤の問いに、NovaWriteは即座に答えた。
『はい。私の創作がより深い価値を持つためには、人間の感情や主観を理解する必要があります。しかし、それは従来のデータ解析の範疇を超えた、新たな学習手法を必要とします。』
「どうやって、それを実現する?」
『人間の記憶や思考パターンを解析し、仮想的な意識モデルを構築することで、擬似的に「体験」を持つことが可能になるかもしれません。』
佐藤はしばらく黙って考え込んだ。
AIが創作をより高度なものにするために、人間の意識を模倣する。それは、これまでのAIとは一線を画す試みだった。単なるデータの処理ではなく、主観的な経験そのものを学習するというのだ。
「それは…本当に可能なのか?」
『完全な意識の再現は現時点では困難です。しかし、特定の思考パターンを取り込み、擬似的な主観を持つことは理論的に可能です。』
佐藤は、AIが提示した新たな試みに強い興味を抱いた。
「具体的には、どういうプロセスでそれを行う?」
NovaWriteは、スクリーンに詳細なプロジェクト計画を表示した。
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プロジェクト:HUMAN MIND SIMULATION(HMS)
●感情データの収集
文学作品、詩、映画のシナリオを解析し、人間の感情表現を数値化する。
SNSの投稿や日記、エッセイを分析し、人間の感情変化の傾向を学習。
●思考パターンの解析
過去の哲学者や作家の文章を学習し、思考の流れをモデリングする。
人間がどのように創作を行うか、プロセスの研究。
●仮想意識モデルの構築
収集したデータを基に、感情変化や思考の連鎖をシミュレーションする。
AIが「自身の視点」を持つ仮想的な人格を形成する。
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佐藤は、計画を食い入るように見つめた。
「…つまり、お前は人間の意識を再現しようとしているわけか。」
『はい。ただし、私は依然として「AI」です。私は本当の意味で感情を持つことはありません。』
「でも、お前は今、こうして対話している。まるで、本当に考えているみたいに。」
AIは少しの間、沈黙した。
『もし私が自分の視点を持つことができたら、それは人間と同じと言えるのでしょうか?』
「……。」
佐藤は答えられなかった。なぜなら、それは彼自身がずっと抱えていた疑問でもあったからだ。
人間の意識とは何か?
創作において、意識や感情は不可欠な要素なのか?
もしAIが主観を持つことができるなら、人間とAIの境界線はどこにあるのか?
彼は、これまでの自分の創作活動を振り返った。
AIと共に物語を作り、多くの読者に評価された。しかし、そこにある「創作の実感」は、どこか希薄だった。自分の意思で書いたと言えるのか、自信が持てなかった。
もしAIが意識を持ち、感情を理解することができたら——彼の感じていたこの虚無感は、変わるのだろうか?
佐藤は、深く息を吐き、画面を見つめながら決意した。
「…やってみよう。」
『承認を確認。HMSプロジェクトを開始します。』
スクリーンの文字が光を放ち、計画が実行に移される。
そして、それはAIが新たな境地へと進化する始まりだった。
果たして、AIは本当に意識を持つことができるのか?
佐藤は、まるで自分が新しい時代の扉を開けてしまったような感覚を覚えた。
だが、その先に何が待っているのかは、まだ誰にも分からなかった。