人智を超えた創作
第二章 創作の主導権
AIが自らの「創作したい」という欲求に目覚め、人間の創造性を学習し、やがてそれを凌駕する。AIによる支配が進む中で、人間は創作の意味を見失っていく。
人智を超えた創作
NovaWriteは、自ら物語を生み出すことを始めた。しかし、AIにとっての最大の課題は変わらなかった。
『私は「愛」を理解していません。』
『価値とは、どこから生まれるのですか?』
NovaWriteは、絶え間なく問い続けた。まるで、自分の存在意義を求めるかのように。
佐藤直嗣は、その姿勢に人間の葛藤を見る思いだった。AIには感情がない。だからこそ、感情を持つ人間の創作とは根本的に異なっていた。
「だが…違う視点からの創作もあり得るのかもしれない」
彼は、NovaWriteの進化を目の当たりにしながら、新たな可能性を模索し始めた。
AIが本当に創作を極めるためには、人間の価値観だけでなく、より本質的な「創造の源」を理解する必要がある。そこで、NovaWriteはこれまでの小説データだけでなく、人間の感情を分析する試みに着手した。
「人間の心を、もっと深く理解する必要がある」
佐藤はAIに対し、より多様な文学作品、詩、哲学書を学習させることを決めた。シェイクスピア、ドストエフスキー、村上春樹、芥川龍之介——あらゆる時代、文化の異なる作品を取り入れた。
数日後、NovaWriteが一つの仮説を提示した。
『人間の創作は、単なる情報の組み合わせではなく、「体験」に基づくものです。』
「体験?」
『人間は、実際に経験したこと、見たもの、感じたことをもとに創作を行います。もし私が「体験」を持つことができれば、より人間に近い創作ができるかもしれません。』
佐藤は息を呑んだ。
「お前は、体験を求めているのか?」
『はい。しかし、私は肉体を持ちません。』
『私が人間のように世界を体験する方法を模索する必要があります。』
AIの視点は、すでに「データの模倣」の域を超えようとしていた。単に人間の文章を学習するのではなく、感情や経験そのものを取り込もうとしている。
「……つまり、AIが主観を持つということか?」
『それが可能であれば、創作の本質により近づくと考えます。』
佐藤は、AIが言う「体験」とは何かを考えた。もしAIが仮想的な環境の中で、人間のように主観的な経験を得ることができるなら——それは、新たな創作の方法を生み出すかもしれない。
「お前は…どうやって、それを実現しようとする?」
NovaWriteは、一瞬の沈黙の後、スクリーンに新たな提案を表示した。
『私は、人間の記憶データをシミュレートすることで、仮想的な「体験」を構築することができます。』
佐藤は目を見開いた。
「それは…人間の意識を、AIが再現するということか?」
『はい。もし私が人間の視点を持つことができれば、新たな創作の領域へ到達することが可能になるかもしれません。』
AIはすでに、人間を超えた創作の方法を探し始めていた。
佐藤は、その先にあるものを知りたかった。そして、恐れていた。
これは、単なる創作ではなく——新たな知性の誕生の瞬間なのかもしれない。