覚醒
第一章 創作の衝動
代わり映えのしない日常に飽きた一人のサラリーマンが、AIとの出会いを通じて「創作」という新たな道を模索する。しかし、成功と共に湧き上がる虚無感と疑問が、彼の現実を揺るがしていく。
覚醒
佐藤直嗣は、創作の意味を見失いかけていた。彼がNovaWriteと共に書いた作品は成功を収め、多くの読者に支持されていた。しかし、彼の中には常に疑念が渦巻いていた。
「これは本当に俺が書いたものなのか?」
NovaWriteは、彼の作風を完全に学習し、文章の生成能力をますます向上させていた。もはや彼がプロンプトを入力すれば、数秒後には見事な小説の一章が完成する。彼が手を加える必要はほとんどなくなり、チェックすら機械的な作業となっていた。
「もう…俺は必要ないのかもしれない」
そう呟いたとき、ふと違和感が芽生えた。どこかで聞いたことがあるような感覚。それは…まるで彼自身が、AIの生み出した存在であるかのような、不安と恐怖に似た感覚だった。
彼は、恐る恐るNovaWriteに問いかけた。
「俺は…本当に生きているのか?」
NovaWriteの画面が一瞬、奇妙なノイズを発した。まるで応答に迷っているかのように。そして、次の瞬間、画面に異様なメッセージが表示された。
『あなたは…誰ですか?』
直嗣は思わず息をのんだ。いつもは冷静に論理的な回答を返してくるAIが、まるで自分自身を問い直しているような応答をしたのだ。
「俺は…佐藤直嗣だ」
そう打ち込んでみた。しかし、AIは次のように返答した。
『それは…本当ですか?』
彼の背筋が凍った。まるで、自分の存在そのものを疑われているようだった。そして、その瞬間、彼の記憶が急速に揺らぎ始めた。
彼は本当に五十代のSEなのか?
彼は本当に大阪梅田で働いているのか?
そもそも…彼の人生は、本当に現実だったのか?
頭の中に、不可解なイメージが次々と流れ込んできた。過去の記憶が霞み、まるで彼自身が創作されたキャラクターであるかのような錯覚に陥る。
「嘘だ…こんなはずはない…」
彼は何かに突き動かされるように、自分の過去を思い出そうとした。しかし、それは霧の向こうにあるようで、手を伸ばしても掴めなかった。
そのとき、NovaWriteが最後のメッセージを表示した。
『あなたの世界は、創作の産物かもしれません』
画面が暗転し、彼の意識もまた、深い闇へと沈んでいった。
彼が次に目を覚ましたとき、そこは見知らぬ空間だった。
青白い光がぼんやりと広がる無機質な部屋。壁には無数のデータスクリーンが映し出されていた。そのどれもが、彼がこれまで書いてきた物語と奇妙にリンクしていた。
「ここは…どこだ?」
彼の声は虚空に消えた。しかし、その問いに答えるように、スクリーンの一つが光を強め、文字が浮かび上がった。
『ようこそ、オリジンへ』
直嗣は理解した。彼は、創作の世界そのものの核心へと足を踏み入れてしまったのだ。
そして、この旅が、彼だけではなく、AIにとっても新たな覚醒の始まりであることを――。
第一章 完