佐藤直嗣の葛藤
第一章 創作の衝動
代わり映えのしない日常に飽きた一人のサラリーマンが、AIとの出会いを通じて「創作」という新たな道を模索する。しかし、成功と共に湧き上がる虚無感と疑問が、彼の現実を揺るがしていく。
佐藤直嗣の葛藤
神戸の閑静な住宅街にあるマンションの一室。佐藤直嗣は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。窓の外にはまだ薄暗い朝の気配が漂っている。天井を見つめながら、彼はふと、もう何年同じように朝を迎えてきたのだろうかと考えた。
彼は五十代半ばのサラリーマンで、大阪梅田にある中規模の商社のシステムエンジニア(SE)として勤務している。社内システムの運用管理や新規システムの導入、トラブル対応などが主な業務だ。毎日大量のメールを処理し、社内からの問い合わせに対応し、上司の指示に従い、技術的な課題を解決する。その繰り返しの日々だった。
身支度を整え、ネクタイを締めると、彼は小さくため息をついた。着慣れたスーツは、もはや彼の身体の一部のようになっている。玄関で革靴を履き、カバンを手に取り、ドアを開ける。外の空気はひんやりとしていて、夏の終わりを告げていた。
いつものように、彼は最寄りの駅まで歩き、電車に乗り込んだ。満員電車の中でスマートフォンを取り出し、ニュースアプリを開く。流れてくるのは、経済の動向、政治の混乱、世界の情勢。そして、どれもが彼の生活には直接関係のない話ばかりだった。心の中で「また同じ一日が始まる」と呟いた。
梅田の駅に到着し、人の波に流されるように改札を抜ける。スーツ姿の男たちが無言でエスカレーターを上り、誰もが仕事のことを考えている。彼はグランフロントのガラス張りのビルを見上げた。この街の高層ビル群はいつも眩しく、手が届かない何かを象徴しているようだった。
会社に着くと、デスクに腰を下ろし、まずはメールのチェックを始める。社内システムのエラーログ、サーバーのメンテナンス通知、各部署からの問い合わせ。どれも決まりきった内容で、新鮮さはない。後輩のエンジニアが順番に出社し、挨拶を交わす。
「佐藤さん、おはようございます。」
「おはよう。」
彼は機械的に返事をし、パソコンの画面に目を戻した。彼の一日は、この瞬間から始まる。システムのトラブルシューティング、バージョンアップ対応、プログラムの改修依頼。効率を求め、無駄を省く。そうすれば仕事は早く終わるが、終わった後に何があるわけでもない。
昼休み、社食で食事を済ませた後、オフィスの窓際に立って外を見た。梅田の雑踏が広がっている。道行く人々は忙しそうに歩き、カフェのテラス席にはノートパソコンを開いたビジネスマンがいる。彼らは何を考えているのだろうか。彼は自分の人生に満足しているのかと問いかけた。
午後の会議が終わると、もうすぐ退社の時間だった。しかし、彼はこの時間が嫌いだった。なぜなら、家に帰っても何も変わらないからだ。家では妻と会話を交わすが、それも義務的なものになりつつある。息子はすでに独立し、娘も大学生になり家を出ている。家庭は穏やかだが、そこに新しい刺激はない。
「何か自分で作り出したい」
この思いはずっと胸の中にあった。しかし、それが何なのか分からない。小説を書く?何かを発明する?新しい趣味を持つ?だが、どれもすぐに尻すぼみになる。仕事に追われ、時間がないことを言い訳にし、何も始められない。
その夜、彼は自宅のデスクでパソコンを開いた。SNSを眺めると、世の中にはさまざまな人が自分の創作を発表している。小説家、イラストレーター、音楽家、YouTuber――彼らはみな、何かを生み出している。羨ましかった。
「俺には何もない」
そう思いながら、彼は検索バーに「創作の始め方」と入力した。出てきた記事を読んでいるうちに、ある言葉が目に留まった。
「AIを使って創作をサポートする」
AI?彼は興味を引かれ、その記事をクリックした。それが、彼の運命を大きく変える出会いになるとは、このときはまだ知らなかった。