331 地球にさようなら2
「りっちゃん」
芸大の校門前、いるかな、と見たらいた
「ユキちゃん、いつ帰ってきてたの?」
切りそろえた髪が、振り向いた瞬間
さらりと揺れる
「朝かな・・・たぶん」
「おかえり」
「うん、ただいま」
言葉は少ない
だって、りっちゃんも私も分かってるから
手をどちらとなくつないだ
「寂しい・・・」
「うん」
足取り重く歩く私とりっちゃん
どちらも顔がみられない
視界は涙でぼやけてる
「私ね、がんばるから
ユキちゃんもがんばってね」
うん、そう頷いた途端
ぽたりと涙がこぼれた
ぎゅっとお互いを抱きしめて
何も言わないでさようなら
心と心はいつだってつながってて
どこにいても親友には変わりないから
ぼたぼたこぼれる涙をハンカチにしみこませた
「やっぱり泣き虫さんだね」
その声が聞こえた瞬間ふわりと抱きしめられた
「篠山さん」
「正解」
くすり、と笑う声
「今日の涙は、哀しい涙じゃないね
辛い涙ではあるけど」
篠山さんがそういう
あのはじきだされた時、篠山さんと出会ってなかったら
どうなってたんだろう
そう思うと、今もそうだけど
すごくタイミングのいい人で、その優しさが嬉しい
「僕らともお別れしてよ
仕事じゃなく、僕らとお別れ」
そういって手を引く
可愛いワーゲンの空色の車
イベント会場に送っていってもらって
嫉妬と恋心に気づいたあの日
「綺麗になって帰ってきたから
ああ、行っちゃうんだなぁって思った」
車を走らせながら、つぶやくように
篠山さんは言う
「どんどん綺麗になって、素敵になって
夢を追いかけていって
ついには手が届かなくなって
でも、それでも、好きだなぁって思う
そして、好きになってよかったって思うよ
ありがとうね、ユキちゃん」
ありがとうは、私の台詞ですよ
そう、言おうにも、ハンカチを当ていても
しみ出す涙と嗚咽が堪えきれない
「ありがとうね」
そういって、篠山さんは、車を降りて
助手席を開けた
頭のつむじに
ちゅっとキスをして、私の目をじっとみて
最後ににこりと笑った
「幸せにね」
そう言って、すっと横によけた
そこは、いつも通った会社
ガラスと白い壁のなんの変哲もないビル
そして、その扉の前に
社長が立っていた
「来い」
そう言って、振り返りもしないで社長は中に入っていく
私は、いつものように追いかける
社長室へ
「執着・・・か」
扉の中に入った途端
痛いほど抱きしめられた
「余裕なく、執着するとは思わなかった
気になるで、すまなくなってたのはオレの方だな
どこの誰かはしらんが、お前をやりたくない」
いつもの軽口も皮肉もなく
心の中をはき出すような社長の頭をそっとなでる
「ありがとうな」
その手をとって、手のひらに押しつけるようにキスをする
その愛しそうな表情に、心が少しだけズキリと痛んだ
「いっぱい、ありがとうございます」
私も、そう返す
社長には、いろんなことを教えてもらって
採用して貰って、仕事を教えてもらった
そして、夢を追うすばらしさを教えて貰った
「ほら、行け
オレのみっともない姿はもういいだろ」
そう言って、扉の向こうにおいやられパタンと扉は閉まった
その瞬間、私と社長の間に
同じように扉が出来てしまったように感じて寂しく感じる
「幸せにな」
ぼそりと、扉の向こうから声が聞こえた
「しゃちょ・・・うん、基山さんも幸せに」
「あぁ」
扉越し、だから、言える言葉
「ほら、あたしにも挨拶あるでしょ」
そういって、ぐいっと引っ張られて
岡崎先輩は、屋上にいく
風が抜けて寒い
でも、その冷たさが、心地良かった
「使えない新人残していくのは恨むわよぉ
なんてね、あんたは、変わっちゃったからねぇ
あたしもいい刺激になったわ
だから、結婚できたのかもね」
そう言ってくすりと、岡崎先輩は笑う
あれ、結婚したのは、旦那さんとらぶらぶで・・・
「それぐらい、影響力はあったのよ
あんたの変わり具合は
あーさむっ
じゃぁね、元気でやってきなさいよー」
そう言うことだけ言って、岡崎先輩はひとり階段をおりていく
その背中に私は叫ぶ
「岡崎先輩、ありがとうございます!!!!」
聞こえたようで、振り返らず手を振ってる
泣いてるのか、肩が小刻みに震えてる
私も、人のことは言えない
泣いて泣いて、でも、辛いけど
いやな涙じゃない
別れは辛い
でも、私にもらす少しの本音が暖かくて
優しくて
だから、この涙は喜びの涙
間があいてすいません、お別れの時、涙とともに楽しんでください