第32話:ピンポンダッシュ
僕のうつ病は抗うつ薬では治らない。
僕はそう考えていたんだ。
まず、抗うつ薬について説明する必要があるだろう。
抗うつ薬は、脳に作用する薬だ。
難しいメカニズムは場所を変えて解説することにして、ここではざっくりとイメージを掴んでもらおう。
細かいことは無視して、分かりやすく解説するから、あくまで例え話として聞いてくれ。
脳の中に、「憂鬱スイッチ」が存在すると考えてくれ。
このスイッチを刺激すれば、たちまち人間は憂鬱な気分になるとする。
うつ病患者っていうのは、なんでか分からないけど、この「憂鬱スイッチ」がしょっちゅう何者かによって押されているような病態だ。
ピンポンダッシュに例えたら、分かりやすいかな。
インターホンは、しょっちゅう鳴らされたらうるさくてかなわないだろ?
必要な時以外は押してほしくないボタンだ。
夜な夜なピンポンダッシュしていく輩がいたら、みんなも迷惑するはずだ。
抗うつ薬っていうのは、このインターホン(憂鬱スイッチ)の電源を切るような作用がある。
インターホンの電源が切れていれば、ピンポンダッシュの犯人がいくらインターホンを連打しようと、インターホンが鳴ることはないだろう。
つまりみんなは夜にゆっくり眠れるようになるということだ。
でもそれは、根本的な問題が解決したわけじゃないだろう?
インターホンの電源をONにすれば、状況はまた元通りだ。
つまり、抗うつ薬には、一時的に症状を緩和させる作用はあるものの、根本的な問題を解決してくれるわけじゃない。
(ここには諸説あって、根本的に脳を治療してくれるとする学説もあるようだが、筆者はそれには懐疑的だ。)
日本における抗うつ薬によるうつ病の治療っていうのは、ピンポンダッシュの犯人を捕まえるのではなく、一時的にインターホンの電源を切断することで症状を和らげ、その間に犯人がピンポンダッシュに飽きて、犯行を止めてくれることを期待するような治療戦略だ。
このように根本的に問題を解決するわけではなく、症状の緩和を目的とした治療のことを対症療法と呼ぶ。
僕は抗うつ薬による治療のことを、対症療法だと考えていたんだ。
僕のうつ病はそれだけでは治らないと考えていたんだ。
僕のうつ病が本当にカンジダ菌によるものだとしたら、その治療方法はカンジダ菌の除菌が必要となると思っていた。
抗うつ薬で憂鬱な気持ちを和らげても、根本的な解決にはならないと考えていたんだ。
それが僕が抗うつ薬の服用をためらっていた1つ目の理由だ。
(つづく)




