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02.恐怖の漂白魔法

「まったく、なんでお茶を入れるだけで、こう何度も廊下を往復しなくちゃならないのよ……。」


 おばさんメイドはぶつぶつ文句を言いながら、もう一度入れ直したお湯を手に、王が待つ執務室へと向かった。

 若く屈強な兵士が二人、王の執務室前の扉を守っていた。

 おばさんメイドが扉の前に現れると、ぎくりとした表情の若い兵士がすぐさま扉に手をかけた。

 普通なら、部屋の中にいる主に声をかけるものだが、なぜかおばさんメイドはフリーパスで王の執務室に通された。


 そのままワゴンを押して中に入ると、そこでは先ほど鳩尾に拳をめり込まされた近衛師団長と王が、何やら言い争っていた。


「だからですね、俺の隊にメ――!」


 近衛師団長が何かを言おうとした瞬間、扉が開き、メイが現れたのを見て言葉を飲み込んだ。


 王はその様子を見て、今度はワゴンを押して入ってきたおばさんメイドに視線を向けた。


「陛下、お待たせしました。」


 そう言って、メイは近くの重厚なテーブルに熱々のケーキと紅茶のカップを並べ、すぐさまお茶の用意を始めた。


 王はそれを見届けると、目の前の近衛師団長に視線を戻し、二人して頷き合って、近くの居心地のよさそうなソファに腰を下ろした。

 メイは音もなく香り高い紅茶を淹れ、それを王に差し出した。

 同時に、乱雑な手つきで隣に座った近衛師団長にもカップを目の前に置いた。


「おっ、メイの紅茶か。久しぶりだな。」


 近衛師団長はそう言って、注がれた紅茶に口をつけた。


「普通、主が飲んでからでしょ。脳筋。」


「はっ? ノウキン? なんだそれ? それよりケーキはないのか?」


「ありません。」


「メ……。」


 ジロリと睨まれた王は、誤魔化すように紅茶に口をつけ、ケーキをそっと近衛師団長――ジークの前に移動させた。


「陛下、犬に勝手に餌付けするのはいけません。」


「犬ぅ!? 俺を誰だと思ってる!」


 ジークが腰の剣に手をかけた。


 メイもワゴンに置いてあったフォークとナイフを掴むと、それを天井に向けて投げ放った。

 フォークとナイフは固いはずの天井を突き抜け、そこに潜んでいた何かを突き刺した。

 何かはその場で血しぶきを上げて崩れ落ち、さらに別の刺客が天井を突き破って、小刀を手に王めがけて飛び降りてきた。

 だが、それらの刺客は、剣を抜いたジークによってことごとく切り捨てられた。


 整然としていた執務室は、たちまち血の匂いで満ち、終わったばかりの書類も血に濡れて真っ赤に染まった。


「……もう一度やり直しか。」


 王は遠い目をして惨状を見つめていた。

 その横では、剣についた血を床にまき散らすジークと、それを見て説教を始めるメイの姿があった。


「もう、そんなとこで剣の血をまかないでよ!」


「別に、もうここ真っ赤なんだからいいだろ。」


「誰が掃除すると思ってるのよ!」


「お前なら一瞬だろ?」


「はあぁ?」


「魔法できれいにすればいいだろう。」


「なんでそんなぁ……。」


 メイは周囲を見回し、床から天井まで飛び散ったおびただしい血痕にため息をついた。

 部屋中には、錆びた鉄のような匂いが充満していた。


(これじゃ、王の執務に支障が出るわね……。)


 メイは「めんどくさいな」と思いながらも気を利かせ、前世の知識を思い出しつつ「漂白魔法」をかけた。


 すると、部屋中に塩素の匂いが立ち込め、鈍く濁っていた壁紙から、床の由緒正しい絨毯の模様まですべてが一瞬で真っ白に漂白された。

 満足げにうなずいたメイは、ティーセットをワゴンに戻すと、王に一礼して執務室を後にした。


「いつにもまして鮮やかだな、あいつの魔法は。」


 ジークは一皿だけ残ったケーキを手に取り、もぐもぐと食べながら傍の窓を開けた。

 外からの風が、執務室に立ち込めた塩素の匂いを追い出してくれた。


 王は机に残された、真っ白に漂白された羊皮紙を手に、遠い目をしていた。

 捲っても捲っても、机の上の羊皮紙はすべて、文字通りまっさらな状態。


(……これじゃ、血に濡れた羊皮紙だけを処分してやり直すより、事態が悪化してるじゃないか。)


 すべての羊皮紙を各部署に戻し、何が書かれていたのかを至急調べ直すか、書き直しを命じなければならない。

 その工程を思い浮かべながら、王の頭は真っ白になっていった。


 そんな王の心境に気づかぬまま、ジークは塩素臭さが抜けた執務室の窓を閉め、部屋を出ようとしたところで王に呼び止められた。


「ジーク。どこに行こうとしている?」


「そりゃ、午後からの訓練……。」


 ジークがそう言いかけたところで、王は手にしていた羊皮紙を彼に渡した。


「???」


 目を点にするジークに向かって、王はにっこりと微笑んだ。


「各部署に、もう一度書き直すよう通達してこい。」


「えっ、どこに?」


「それが分かったら苦労はしない……。」


 王は気が遠くなるような思いで、今日一日で片付けた仕事の内容を思い出し始めた。


 その後、王が思い出せた部署の名を綴った羊皮紙を手に、廊下に追い出されたジークは、仕方なくメイがいる厨房へ向かった。

 そして、先ほどの羊皮紙に付いた血とインクだけを戻すよう詰め寄ったが、メイに「そんな魔法はないわよ」と殴られ、結局たんこぶを作りながら各部署を駆けずり回り、朝までかかって書類の作り直しに追われることとなった。


 やっとすべての書類を作り直し、王の執務室に戻ったときには、夜は白々と明けていた。


「やあ、ジーク、ご苦労だったね。これからその書類を一緒に片付けようね。」


 物凄く明るい笑顔を浮かべる王に、ジークは壁際まで追い詰められた。


(こ……こわい!)


  **漂白魔法(ひょうはくまほう)**

 それは、すべてのものを一瞬にして真っ白にする恐怖の魔法だ。

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