13.混沌
王城・執務室――昼
「ジーク。命令だ。メイを落とせ。」
王の言葉に、ジークは一瞬固まった。
だがすぐに、真顔で口を開く。
「……申し訳ありませんが、それはお受けできません。」
「……断るのか?」
「はい。」
王は眉をひそめた。
「理由を聞こうか。」
ジークはまっすぐ王を見つめた。
「俺は、陛下に忠誠を誓っています。
命を懸けてお守りする覚悟もあります。
ですが――人の心を、命令で動かすことはできません。」
「……」
「メイは、俺にとって特別な存在です。
だからこそ、陛下の命令で“落とす”なんてことは、できません。」
「……ふむ。」
王はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「……真面目すぎるのも、考えものだな。」
「それが俺の取り柄ですので。」
「……本当に断るのか。」
王はジークの言葉を繰り返し、しばし沈黙した。
「……ならば、奥の手を使うしかないな。」
「奥の手……?」
王は机の下から、なぜか小さな鈴を取り出し、チリンと鳴らした。
数秒後――
「呼んだ?」
ナナ姉が、窓から逆さまになって現れるとそのまま執務室に入ってきた。
「……窓から入るな。」
「細かいことは気にしない♪」
王は真顔で言った。
「ナナ。ジークがメイを落とすのを拒否した。」
「……なんですって?」
ナナ姉の目が光る。
「というわけで、君に任せる。
“なんとか二人をくっつけよう作戦”、発動だ。」
「了解♡」
ジークが慌てて手を振る。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺は――」
「大丈夫、任せて!
まずは“偶然の手つなぎ”から始めて、
次に“雨宿りで二人きり”イベント、
それから“夜の見回りで転倒→抱きとめ”まで一気に!」
「やめてください!」
ナナ姉がすでに作戦ボードを広げているそのとき――
王はナナ姉がジークに説明している横で王は椅子にもたれかかり、深くため息をついた。
机の上には、漂白された真っ白な報告書の山。
「メイの魔法も安定しない、ジークは頑固、
ナナは暴走、アインは来ない……」
そのとき、扉の外から控えめなノック音が響いた。
「……入れ。」
現れたのは、アイン――ではなく、王妃の侍女だった。
「陛下、王妃様がこちらにお起こしになられます。」
「……王妃が?」
「“アイン様から話を聞いた”と。」
王は目を見開いた。
「……あいつ、まさか……!」
* * *
王妃の私室――少し前
「……というわけで、陛下がジーク殿に“メイ様を落とせ”と命じ、
それを拒否された結果、ナナ様が“くっつけよう作戦”を展開し、
弟たちの貞操が危機に瀕しております。」
アインは、正座のまま深々と頭を下げた。
王妃は静かに紅茶を口に運び、しばらく黙っていたが――
「……アイン。」
「はい。」
「あなた、真顔で“貞操の危機”って言ったわね?」
「はい。事実です。」
「……ふふっ。」
王妃は思わず笑ってしまった。
「あなたって、本当に真面目ね。
でも、よく来てくれたわ。ありがとう。」
「……お力添えを、お願いできますか。」
「もちろん。
あの人、また“家族の幸せ”と“国益”を混ぜて暴走してるのね。」
「はい。しかも、ナナ様が全力で加勢しておられます。」
「……それは確かに、止めないといけないわね。」
王妃は立ち上がり、優雅に外套を羽織った。
「アイン。案内してちょうだい。
そろそろ、私の出番みたいね。」
「感謝いたします。」
アインは深く頭を下げ、王妃の後ろにぴたりと付き従った。




