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再会

作者: 宗あると

 冬の澄んだ空気が頬を撫でる。吐く息が微かに白く、見上げた空は淡い青。

 手書きの地図に何度も目を落としながら、見なられぬ住宅街の家並みの中を若葉は歩いている。

 昨日、仕事帰りの駅でばったり会った旧友の沙夜に、引っ越したから遊びに来てよ、と手書きの地図を渡された。

 丁度翌日が休みだったので、じゃあ明日行くよ、と軽く返事をしてしまってから、若葉は、ああやっぱり面倒くさい、と後悔しながら、沙夜が手帳に走り書きした手書きの地図を受け取った。手書きの地図の上には住所も書かれているので、スマホのマップを見た方が正確なのはわかっているけれど、若葉は家に辿り着つけなかったことの言い訳にする為に、わざと手書きの地図で沙夜の家を探していた。

 沙夜は地図を書いた手帳のページを破って若葉に渡すと、ごめん急ぐからと足早に駅から去って行った。

 スマホの番号も教えず、相変わらず要領が悪いな、と若葉は思いながら、それが原因でどうにも馬が合わなくなって沙夜と連絡を絶ったことを思い出した。

 だが、駅から家までの道筋を大雑把に書かれた地図はでも意外と正確で、若葉は地図の通りに歩きながら、遠目にあの家か、と沙夜の家の見当をつけた。

 瓦屋根の白い2階建ての、普通の家。突き当たりの家の左隣。地図には突き当たりの家が丸で書かれていて、その横に左矢印がが書かれて、ココとその先に書いてあった。

 若葉は、ああ着いちゃったじゃん、と心で呟いてため息を吐くと、重い足取りで沙夜の家まで歩いた。

 玄関の表札は、戸丸になっていた。

 結婚したのか、それとも親が離婚したのか。いや地図が間違っているのか。沙夜の名字は小川だった。

 若葉は少し慎重になりがら、2階建ての家を見上げて、2階の窓から沙夜が姿を見せないかとしばらく待ったが、もういいや、っと半ばヤケになって、玄関のチャイムを鳴らした。

 その時だった。不意に肩を叩かれて振り返ると、沙夜が驚いた顔で後ろに立っていた。

 「本当に来ると思わなかった」

 開口一番、沙夜は言うと、若葉の肩から手を下ろして、バックからキーケースを取り出した。

 「どうして?」

 若葉は引き攣った笑みを浮かべながら、聞き返した。本当に来るつもりはなかったよ、心で呟きながら。

 「私のこと、嫌ってたでしょ?」

 表情に陰を落としながらそう言うと、沙夜は私の横を素通りして玄関の前に立ち、鍵を差し込んだ。

 わかってたなら、なんで私を呼んだんだ?と若葉は訝しながら、もう一度、2階建ての家を見上げた。

 成功を自慢するほどの家でもない。私に対して、何かマウントを取れるものがあるから呼んだんだろうと、若葉は見当をつけた。

 嫌われていたことに対する、仕返しだろうか。

 「大人になると合わない人とは自然に離れていくものじゃん」

 若葉は明るい口調で言って、続けた。

 「表札、戸丸だけど結婚でもしたの?」

 「ああ、うん。2年前にね。知らなかった?」

 「知るわけないじゃん」

 若葉はああそれかと、したり顔になった。旦那がイケメンか金持ちなんだろう、と思ったけれど、ここは裕福層が住むような家ではない。

 「そう。あ、若葉は同窓会来てなかったもんね」

 「うん。丁度出張だったから、福岡に行ってた。1年前だよね」

 「あーそうね」

 沙夜は言いながら、玄関を開けると、入って、と若葉を促した。

 促されるまま入った若葉に、沙夜は靴ラックの1番下からスリッパを取ると、これ履いて、と床に置いた。

 あ、ありがとう、と若葉は靴を脱ぎながら言うと、スリッパに履き替えた。沙夜は床に置いたままの自分のスリッパに履き替えると、そのままスタスタ、廊下を歩いていった。若葉も黙ってその後に続いて、2人はリビングへと入っていった。


 ソファに座って、若葉はリビングを見渡していた。何の特色もない、普通のリビング。壁には絵が飾られていたり、棚の上には写真が並べられている。庭へのガラスの引き戸には青色の遮光カーテンが掛かっている。

 沙夜はキッチンでコーヒーを淹れている。

 若葉はその姿を視界の片隅で捉えながら、本棚に目をやった。

 文庫本がずらりと並んでいるが、本を読まない若葉には、どういう傾向のものなのかも、わからない。ただ、そんな中で若葉の目を引いた本が数冊並んでいた。著者の名が、戸丸慎吾だったからだ。

 若葉は、はーん、これか。と1人納得した。作家と結婚したことを、私に自慢したかったわけだ。数冊本が並んでいるところを見ると、そこそこの売れっ子作家なんだろう。でも、私は本を読まないから、何の自慢にもならないぞ、と若葉は心の中で得意げになった。

 沙夜がトレイにコーヒーとシフォンケーキをのせて戻ってくると、若葉は自分からその話を切り出した。言いたくてうずうずしているだろうから。

 「沙夜の旦那さんって、作家なの?」

 本棚の方を見ながら、若葉は自然な口調で聞いた。嫌味が混ざらないように。

 「ああ、うん。まぁ知る人は知るくらいの人気だけどね。一度芥川賞かな?の候補にはなったけど、ダメだったし」

 さらりと沙夜は言い、テーブルにコーヒーとシフォンケーキを並べた。

 「えーでも凄いじゃん。よくそんな人と結婚できたね」

 さて、どんなのろけ話が飛び出すか。若葉は心は冷徹になりながら、表は興味ありげに沙夜に聞いた。

 「働いてる喫茶店に、よく彼が担当の人と打ち合わせに来てて。それで知り合ったの」

 ありがちだなー、と思いながら、若葉は、

 「へぇ運命的〜」

 と、羨ましいそうに言った。心では興味ないな、さっさっとのろけ話喋らせて、おいとましましょ、と冷めながら。

 にしても、沙夜は人目を引くような顔立ちではないし、むしろ地味な方なのに、よく旦那の心を掴んだな、と若葉は思った。

 気も利く方ではないし。仕事中は違うのだろうか?

 「そんな運命とかそういうのじゃなくて、」

 言いかけたところで、リビングのドアが開き、髪を寝癖でボサボサにして、無精髭を生やした中肉中背のグレイの上下スウェット姿の男性が、ノートパソコンを片手に入ってきた。

 男性は若葉に一瞥もくれずに、沙夜の方へ歩くと、ちょっといい?、と沙夜をリビングから連れ出そうとした。

 沙夜が、慌てた様子で、旧友の藤野若葉さん、と若葉を紹介すると、男性は初めて気づいたように、ああ、と言って若葉を見て、はじめまして。沙夜の夫の戸丸慎吾です。と頭を下げると、それだけ言って、沙夜をリビングの外へ連れ出した。

 若葉は、陰気な男だなぁ、と嫌な顔して、2人が出ていったドアの方を見た。気も利かなそうだし、お似合いなんだろうな、と若葉は思った。

 しばらくして、沙夜だけがリビングに戻ってきた。

 沙夜は私の向かいのソファに座ると、はぁ、とため息を吐いてから、口を開いた。

 「ごめんなさい、無愛想で。普段はそうでもないんだけど、執筆中は特に駄目で、周りが見えなくなっちゃって」

 「あー、作家なんてそんなもんじゃないの?」

 適当に若葉は言って、続けた。

 「話はなんだったの?」

 「あ、いつも筆が止まると、私に意見を聞きにくるの。参考になるらしくて。お店で彼が執筆してる時も同じように意見を聞かれて、その答えが彼の中でよかったらしくて、それがきっかけで付き合うようになったの」

 「あー、なるほどね。沙夜も本よく読んでたもんね」

 「とは言っても、交際は彼の担当の女性の方からお願いされたんだけどね」

 気落ちした様子で、沙夜は言った。

 「は?何それ」

 「彼の創作力の源になって欲しいって、お願いされて」

 沙夜は言い、ため息を吐いた。

 「でも、結婚してるってことは、プロポーズはあったんでしょ?旦那さんから」

 「それも担当の女性から、付き合いはじめた当初に結婚を前提でよろしくお願いしますって」

 「旦那さんからは、何もなし?」

 驚きを隠さず、若葉は言った。流石に愛してるの一言くらいあっただろう、と思った。

 「付き合い始めて半年くらい経った時に、無言で指輪を渡されて。そういうことだから、よろしくって」

 「えー、それでOKしたの?」

 「だって、若葉も知ってるでしょ?私要領悪すぎて、人が離れていくくらいだし、結婚のチャンスなんてこれを逃したらって」

 それはまぁそうか、と若葉は納得したが口には出さなかった。

 「私なら絶対無理、そんなの。でもまぁ、生活できるくらいは稼いでくれてるみたいだし、沙夜にとってはよかったんじゃない?」

 若葉は慰めのつもりで言ったが、果たしてそうなったかはわからない。

 沙夜はそうね、と静かに一言答えると、沈んだ表情になり、俯いた。そして、ポツリと呟くように、心に留めていた胸の内を明かした。

 「彼に愛されてるのか、わからなくて」

 あーそういうこと。旦那の愚痴、言いたかったんだ、誰かに。友達いなさそうだもんな、沙夜。若葉は思って、仕方なく話を聞く姿勢になった。

 「無愛想なだけでさ、プロポーズも一応してくれたんだから、愛してはくれてるんじゃない?」

 若葉は言い、シフォンケーキをフォークで一口分切って、口に運んだ。

 「でも、この間、買い物から帰ってきたら、担当の女性が寝室で眠ってて」

 ぶっ、と若葉はケーキを吐きそうになり、口を手で抑えた。修羅場じゃん。おもしろっ。

 「服もちゃんと着てたし、彼は書斎にいて執筆してて、気分が悪そうだったから寝かせたっていうんだけど、夫婦の寝室に寝かせると思う?リビングのソファでよくない?」

 「まぁ、まぐわった後ってことも十分考えられるね」

 若葉は好奇心を隠して冷静に言ったが、旧友の不幸を蜜の味と、楽しんだ。

 「百歩譲って彼が寝かせたとして、担当の女性、村瀬さんっていうんだけど、寝る?夫婦の寝室で。遠慮しない?普通の感覚だったら」

 「あー、私ならまぁ確かに、リビングで良いって言うかな」

 「でしょ?私には戸丸の創作の為とか言いながら、本心では彼のこと彼女好きなんじゃないかと思って」

 「あーかもねぇ。でも旦那さんにその気がないなら、大丈夫でしょ」

 励ますつもりで若葉は言ったが、沙夜は目を伏せた。

 「それがね、どうも彼、過去に村瀬さんに言い寄ったことがあるらしくて」

 「はあ?なんで、それで担当から外れないのその女」

 「私じゃないと戸丸を輝かせることは出来ないって、お偉い人達を説得したみたいで。村瀬さんは、男性としてじゃなく、作家としての戸丸を尊敬してるみたいなんだけど」

 「旦那からすれば、願ったり叶ったりだね」

 「彼はもう彼女には何の想いもないって言うんだけど」

 「嘘よ。だったら、担当から外すように言うでしょ。やりにくいじゃない、言い寄った女が家にまで来るんだから。2人っきりにもなってるみたいだし、男なんて女が隙見せてチャンスさえあれば、やっちゃう生き物だよ?」

 「やっぱりそうよね、、、」

 沙夜はがっくりと肩を落とした。

 要領も悪い上に、男運もなしか。可哀想。と、若葉は流石に沙夜に同情した。

 「まぁ沙夜が家にいれば問題ないかもだけど、外で会われたりしたら、もうわかんないもんね」

 「そうなの。それが最近は、打ち合わせは私の働くお店にもこないし、どこでやってるのかも教えてくれないし」

 「そんなわかりやすい黒い話ってある?」

 「だからね、お願いがあるの。若葉、探ってくれない?彼と村瀬さんのこと」

 「ええ!?なんで私が。無理無理そんなの」

 「若葉は口もうまいし、機転も利くし、高校の頃も、みんなから話聞き出すの上手かったじゃない。だから」

 「そんなのと一緒にしないでよ。浮気だったら2人とも必死に隠すだろうし、私に話すわけないじゃん」

 本当に要領というか、器量がないというか、考えが浅いというか、全部駄目だな、沙夜は。

 「ああ、そうよね。私のお願いなんて、聞いてくれるわけないよね」

 「そうじゃなくて、そういうのは探偵とか雇わないとダメだって。私みたいな素人じゃ無理。好奇心で首突っ込んでいい話でもないし」

 若葉がそう言うと、沙夜は納得はいかない様子だったが、ごめん、と一言言って、黙ってコーヒーを口に運んだ。

 しばらく沈黙が流れ、柱時計の音が小刻みに響いた。

 若葉は黙々とシフォンケーキを食べて、食べ終えたらサッサっと、ここを去ろうと決めた。そして沙夜とは二度と関わらない。他人夫婦の揉め事に巻き込まれるのはごめんだ。

 そう思っていた時だった。リビングのドアが開き、戸丸が入ってきた。今度はノートパソコンを持っていない。

 「ごめん、小腹すいた。なんかある?」

 戸丸は、ぼそっと沙夜に言った。

 「ええっと。じゃあ、おにぎりでも作る?」

 沙夜が答えると、戸丸はそれでいい、と無愛想に言って、立ち上がった沙夜が座っていたソファの若葉の向かいに、何の遠慮もなく腰をおろした。

 若葉は、ビクッと姿勢を正したが、戸丸は気にする様子もなく、スウェットのズボンからスマホを取り出すと、ソファに深くもたれて、画面をいじりはじめた。

 もう帰るタイミングだな、と若葉は思い、立ち上がった。

 「沙夜、私そろそろーーー」

 若葉がキッチンに向かおうとしていた沙夜に言いかけた瞬間、戸丸がそれを遮った。

 「居てもらえませんか?話はさっき外で聞こえてたんで。2人だと気まずいんですよ」

 なんだこの男。若葉は蔑む眼で、戸丸を見下ろした。聞いていて、沙夜に弁解もしないのか。それに気まずいから私にいてくれって、どういう了見だ。

 「気まずいのは、私がいても同じでしょう?それに沙夜は私に知られたくない話もあるかもしれないし」

 「いや、大方あなた達が話してた通りのことだから、何も気にしなくていいですよ」

 戸丸は悪びれる様子もなく言った。

 「どういうこと?話してた通りって、じゃあ、慎吾さん、本当に村瀬さんと、そういう仲なの?」

 沙夜の声が震えていた。

 「んー、まぁね。最近になってだけど。だからさ、別れて欲しいんだよ、沙夜」

 あまりにあっさりと言ったので、沙夜も若葉も、その意味をすぐ飲み込めなかった。

 「なんで、そんなに平気そうに言えるの?」

 「別に、自分に嘘はつけないからさ。深刻に言えば、納得できるの?」

 スマホをいじりながら、戸丸は言った。

 「信じられない、、、」

 沙夜はそう言うと、キッチンに向かった。

 戻ってくる沙夜を見て、若葉は血の気が引いた。沙夜は包丁を強く両手で握りしめて、憎しみを顔に宿していた。

 「と、戸丸さん、、後ろ。危ないです」

 若葉が声を絞らせて言うと、戸丸が肩越しに沙夜を見た。

 戸丸は情けない声でわあっと叫ぶと、ドタバタとソファから立ち上がり、あろうことか若葉の背後に隠れた。

 「ちょっと、後ろにこないでくださいよ」

 若葉が慌てて言うと、君が説得してくれ、と戸丸は言い、スマホを誰かにかけはじめた。

 「沙夜、落ち着いて」

 若葉の声を無視して、沙夜はじりじりと2人に近づいてきた。

 戸丸はスマホが誰かと繋がったらしく、情けない声で喋り出した。

 「言ったけどさ、やっぱり駄目だったよ。錯乱して、いま沙夜、包丁持って俺のとここようとしてる」

 「ちょっと、誰と話してるんですか?警察呼んだ方がよくないですか?」

 若葉が言ったのと同時に、沙夜が歩を早めて2人に近づき、若葉の背後にいた戸丸に包丁を突きつけた。

 戸丸はひゃあっと悲鳴をあげて、尻餅をついた。

 スマホが床に転がり滑り、沙夜の足下で止まった。

 沙夜はスマホを見下ろすと、通話相手の名前を確認してから、スマホを拾いあげて、耳にあてた。

 「沙夜です。全部慎吾さんから聞きました。別れる気はありませんし、戸丸を生かしておくつもりもありません。あなたとは今生の別れになるでしょうね」

 沙夜はスマホの向こうの村瀬にそう言うとスマホを切り、戸丸のスマホを床に投げ捨てて、戸丸の方へ歩き出した。

 若葉は恐怖で動くことができず、沙夜が目の前を歩いて戸丸に近づくのを見ているしかなかった。

 怯えてすがるように若葉を見る戸丸の視線から、若葉は目を逸らした。

 そして、助けて!という悲鳴と同時に、沙夜が戸丸に突っ込んで行くのを気配で感じ、若葉は無意識に、その場から走って立ち去った。

 リビングのドアを開ける瞬間、戸丸の呻き声が聞こえた気がした。

 若葉は廊下を走り抜け、玄関を開けて、外へ飛び出して、そのまま振り返りもせず、駅まで走り続けた。

 戸丸がどうなったのか、恐怖で考えることも出来なかった。

 自分は何も知らない。見ていない。何度も自分に言い聞かせながら、若葉は走り続けた。


 夜、自宅に戻った若葉は、テレビのニュースに釘付けになっていた。

 戸丸が殺害されたことが報じられていたが、妻沙夜の証言は、戸丸は帰宅した時には既に腹を刺されており、家から飛び出していった女を見たというものだった。

 若葉の血の気が失せた。沙夜は私に罪を被せる気のようだった。自分を嫌った女への復讐も果たそうとしているのだろうか。

 その時、ピンポンと部屋に呼び鈴が響いた。

 若葉は慌てて、玄関に走った。警察?私を捕まえに、、、?

 若葉が恐る恐る玄関を開けると、見知らぬ女性が立っていた。

 「大丈夫ですよ。私から、沙夜さんが錯乱していると電話があったこと、ちゃんと警察に話しますから」

 ニコリと笑みを浮かべながら、その女性は言った。

 「え?ああ、あなたがじゃあ、村瀬、、さん?」

 「はい」

 「え?でもなんで私のこと」

 「刺される前にも彼、私に電話してきてました。あなたのことはよく、沙夜さん、戸丸に話していたみたいです。ただ、ずっと疎遠のわりにはあなたの住所も知っていて、不自然だと言っていました」

 「は?」

 若葉は怪訝になった。沙夜と会わなくなったのは高校卒業後すぐで、その後一人暮らしのために引越しを何度かしてるから、沙夜が今の私の住所を知る筈はなかった。

 「どうやったの知りませんけど、あなたの住所と勤め先を知って、偶然の再会を装ったみたいですね」

 「え?なんで、そんなこと、、、」

 「いま起こっていることを、実行する為じゃないですか?」

 クスリと村瀬は笑うと、若葉に背を向けた。

 「私は気づいてましたよ。沙夜さんがあなたに罪を着せて、戸丸を殺そうとしてるのを」

 「は、はあ?そんなの無理に決まってるじゃん」

 私は強がったが、ついさっきまでは恐怖心で一杯だった。もしも沙夜がうまくやれば、本当に私が犯人にされていたかもしれない。

 「あなた、そこまで沙夜さんに恨まれること、しましたか?」

 「ないよ。わかんない。沙夜の考えることなんて、全然!!」

 「そうですよね。私にも、わかりません。ただ、戸丸はちょっと私にしつこすぎましたね。鬱陶しくて消えてほしかったから、私、この前、わざと戸丸と寝たんですよ」

 「え?」

 「それで一緒になりたいから、沙夜さんと別れてって頼んだら、案の定、沙夜さんに殺されて」

 言った後、村瀬があははは、と高笑いをしたので、若葉はゾッとした。

 「ぜーんぶ。上手くいった。戸丸はね、出会った頃、一度私のこと、犯してるんですよ。その復讐です。女性のあなたなら、わかりますよね?私の気持ち」

 若葉は何も答えられなかった。復讐は、わかる。でも、こんなやり方は違う気がした。沙夜が、可哀想過ぎる。

 「沙夜さんなら、やってくれると思ってました。疑うことをしらないから、それが崩れた時はあの性格だし、きっと錯乱するだろうって」

 「そんなの沙夜がーーー」

 「なんですか?あなたも沙夜さんのこと、嫌いだったんですよね?良かったじゃないですか。内心は嬉しいでしょ?」

 「嬉しいわけない!沙夜は、あなたがこんなことしなきゃ、あんなことはしない!」

 「あらどうしたの?切り捨てた友人を庇うの?なら、あなたが罪を被ってあげれば?私が黙っていれば、そうなるかもね?」

 村瀬は言い、肩越しに若葉を見て、笑った。

 若葉は、何も言えなかった。

 「冗談よ。ちゃんと警察には話すから、あなたは、その場から逃げた理由をちゃんと話せるようにしときなさいよ」

 村瀬はそう言って、コツコツとヒールを鳴らして、去っていった。


 翌日、事件の真相が報道された。

 村瀬の証言で沙夜が事実を話して、沙夜が戸丸殺害の容疑で逮捕された。

 沙夜が戸丸殺害時には私は既にいなかったと証言したので、若葉もそれに合わせた。

 そのことを深く追求されることもなく、若葉は何事もなく、日常に戻れた。

 沙夜に助けられたなんて思わない。そもそも私を犯人に仕立てるつもりだったのだから、と若葉は思う。

 村瀬という女性がいなければ、危うかったけれど。

 沙夜は、なぜ私をそこまで憎んだのだろうと若葉は思ったが、その答えはいくら考えても出てこない。

 どこにでも、誰にでもある、そりの合わなくなった友人との疎遠。それがこんな恨みを買っているとは思いもしなかった。

 若葉はふと、部屋の棚の上に載せてある雑誌の山を見た。

 その表紙を見て、ゾッとした。写真はないが、戸丸慎吾特集ロングインタビューと右下に記されていたから。

 この雑誌を買う瞬間を、沙夜は見ていたのだろうか。

 若葉はいやそんなことはないと、頭を振った。そんな偶然、、、いや、そこまで執拗に私のことを追っていた?

 まさかね、、、。

 若葉はその雑誌をゴミ箱に投げ捨てた。

 悪夢を振り払うように。

 

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