作戦会議
「おき…起きてください!」
首元に生暖かい風を感じると、隣りの席に眼鏡の女性が座っていることに気付いた。そう言えば、補習の授業をしてもらっていたな。何を言っているのかわからないから寝てしまっていたらしい。教室には数人の馬鹿達が集まっていた。俺の仲間たちだ。
「か、かふさん?」
「どうした?」
「うなされていました。少し教室の雰囲気がほわほわしてきたので…」
ほわほわとはどんな擬音語だろう。この国の人達は感覚で言語を話しているな。それとも、魔法の誤訳か。まぁ、良いだろう。
「起こしてくれた助かった。名前を聞いてもいいか?」
「佐野珊です。みんなにはサンサノって言われてます」
少しだけ恥ずかしそうに眼鏡を抑えて、教科書に視線を移した。どうやら噓をついているらしい。風は噓には敏感だからな。サンサノとは呼ばれていないみたいだ。ん?佐野さんとみんなから呼ばれているって?風は本当に便利だな。
「じゃあ、サンサノさん。ノート見せてもらっていいかな?」
「勿論です!」
どうやら嬉しかったらしい。風は警戒を止め、要らない情報を共有してから、窓ガラスの隙間から消えていく。
見せてもらったノートは、凄く丁寧に書かれており、テストに出る所!と赤色のペンで囲っていた。やはり、この授業は起きておいた方が良かったのだろう。サンサノが居なかったら、もう一度この授業を受けていたかもしれない。
「ありがとう、サンサノさんは優しいね。これから、一緒に授業受けない?」
サンサノが居てくれたら安心して寝れる。それに、いつものメンバーとは授業のクラスが違うからちょうど良い。
「まぁ、良いですけど」
何故か少しだけ嫌そうな顔をしたのは気のせいだろうか?それに、どうして俺に声をかけたのだろうか。教室の雰囲気とかなんとか。
「そう言えば、最近目が合うよね。何か用があるの?」
「グイグイきますね…。単刀直入に言うと、私の両親が外交官をしていまして…」
「監視かい?」
「いえ、そんな大袈裟なものではないです!」
両手を振って否定すると、サンサノは黒板に目を向ける。黒板の上に置かれたモニターには、次々に文字が書かれていく。確か、プログラミングとか言ってた気がするな。半年前に習った気がする。
「親から何か言われたの?」
「いえ、何も言われてません。ただ、私の興味です。お嬢様がかふかふさんと会ってから雰囲気が変わった気がします。あれほど他人に気を使わない姿はなかなか見れません」
「ああ、佐野さんってサンサノの事だったんだ」
思い出した。確か、太栄が初等部からの腐れ縁って言ってたな。一緒に仕事をしていると楽って言っていた珍しい人物。鋭い洞察力が影光家から評価されているらしい。
「あはは…はぁ。やっぱり、私の事を知っているんですね」
「太栄が珍しく心から褒めていたからな。ただ、優秀だってことしか聞いてない。サンサノも補習授業を受ける馬鹿仲間で良かったよ」
「あれ、殺されたいのですか?」
「え、遠慮しておく」
サンサノは天才。そう、あの太栄が言っていたのだ。話しやすい性格で安心した。もし、この先にカゲミツで何かあれば一緒に仕事をする仲間になるはずだからな。それは、サンサノも理解していたから接触してきた可能性が高い。噂通りの仕事人だ。
「では、これで授業を終わります。レポート課題は、先ほどスクリーンに移したプログラムの応用例をスクリーンショットをしてカゲミツ大学レポート専用フォルダに入れておいてください。期限は明日までです」
教授が早足で教室から出ていくと、周りの学生達は次の補修授業へと向かっていく。本来なら冬休みのはずなのに、馬鹿達は大変だなぁ。俺はもう帰れるぞ。
「サンサノは次の授業あるの?」
「いえ、無いです。かふかふはどうです?」
「俺も無い。アイドの政治、憲法は教養だからな」
俺は元々王族だから知っていて当たり前だ。小さい頃から鍛え上げられた教養は今も役に立っていた。
「教養ねぇ?随分と身分が高かったのね」
「いや?どこの国でも教育は義務だ。魔法学を学ばせないと危険だからな。国によって学べる学問は違うが、留学制度も存在する」
「やめやめ、分が悪いわ」
お互いに荷物を整理して教室を後にした。どうやら、サンサノにレポート課題を手伝ってもらえるらしく、大学の図書館に一緒に機械に文字を打ち込んだ。サンサノは本当に機械が苦手らしく、意外な弱点を知ってしまった。
サンサノとは話が合い、冬休みの期間にもう一回会うことになった。サンサノと仕事をする時は、何か事件が起こった時だけだ。起こらないことに越したことはないが、どこか楽しみにしている自分も存在した。
俺はこの街の中で一番高いビルに住んでいた。勿論、俺がお金を出している訳では無い。完全に奏に養われていた。何故、こんなに待遇が良いのかわからない。だが、彼女が俺に対して何かしらの考えがあるのだろう。その考えがポジティブなものであれば良いが。
長い廊下を歩いて自室の扉を開くと、鍵が空いている事に気付く。少し警戒しながら玄関に入ると、中から聞き馴染みのある三人の声が聞こえてきたので、少しだけ安心する。奏には合鍵を渡しているので、家の中に居ても何にも違和感は無い。
「三人で何をやってるんだ?」
扉を開くと、三人はホワイトボードを囲んで作戦会議をしていたようだ。ホワイトボードには、アイドと繋がってからの出来事が詳しく書かれており、結論はアイドに留学をするべき。と。
「おかえりなさい」
「やっと帰って来たわ」
女性陣がいつも通りの雰囲気なのに対し、太栄は少し気が重そうな顔をしている。
「少し、この案は厳しいと思う。影光家の人間を僕だけで護衛なんて荷が重いかな」
「らしくないわね。貴方なら完璧に護衛を熟せると思うけど」
ルルがそう言うと、太栄の顔から力が抜ける。これは、面倒な事をしてくれたな奏。完全に俺を戦力に加えるという意思が丸見えだ。こういうのは、あまり得意では無いんだ。
「何が望みか聞かせて貰おうか」
「流石だね」
「やっぱり、演技なんて必要なかったじゃない。夏風は話が分かる人よ」
奏以外の2人は簡単に種を明かしてしまった。これでは興ざめだな。
「アイドとカゲミツとの交流を増やしたいらしいの。アイドからアイドさんの娘さんのルカモ、イリテス王国の王子フルクホート。カゲミツからは、私と太栄が代表者として選ばれて、お互いの国を案内する事になって…」
「それで、同級生役で俺とルルか」
「そうよ、代表者1人に付き、1人の付添人が許されているらしいわ」
話が見えてきた。恐らく、この条件を付けたのは奏側の人間だろう。奏、いや、影光家の目的は俺の地位による影響力の確認。人質となり得るかどうか。そして、魔法がどれほどのことまで出来るのかの再確認。子供同士なら、怪しまれないと踏んでいるのだろう。相手のプライドを逆撫でして、本性が出せれば良い。
「俺は太栄の付添人って事になるのか?」
「今回は、私の付添人として来てもらうよ~」
「了解した」
あの噂のルカモに会えるみたいだし、断る理由も無いだろう。アイド帝国皇帝であり、世界最高峰の火力担当の魔術師アイドの娘。ルカモは、固有魔法持ちとも聞くことから才能は保証されている。一度でいいから戦ってみたいものだ。
「本当に頼りになるね、夏風は」
誰にも聞こえない小声で、太栄は呟いた。ここにも一人、アイドの民との力の差を感じている者が居た。