一年前前
教室に入ると、いつものメンバーが手を振っていた。そう言えば、次の授業はグループワークって教授が言っていたな。イケメンがこちらに笑いながら走って来る。もし、アイドで生まれても絶対にモテるだろうな。
「お嬢様を待たせるなんて情けないって僕のお爺さんなら言うだろうね」
お爺さんのモノマネをしているのは、太栄という男だ。小さい頃から護衛を任されていたらしく、頭脳明晰で女性受けする顔をしている。
「たえたえ悪いな、変な奴に絡まれたんだ」
「たえい、だ。その呼び方はここだけの話好きじゃない」
小声で言ったのは、太栄の言うお嬢様に聞こえないようにするためだろう。こんな変な呼び方をするのは、お嬢様ぐらいしか居ない。
「遅かったね~何かあったの?」
「奏が心配してたよ」
「るるもでしょ」
相変わらずのふわふわ具合というか…危機感が足りてないよな。まぁ、こちら側の話だが。
「ちょっと寄り道していたんだ」
太栄よりも深くは言わない。奏、留流には変な心配をかける事がない様に。太栄には、噓をつくと後々面倒になるから、少しだけ真実を言う。そんな関係性がこの一年で形成された。
「本当に何処の国の留学生なのよ…レポートは書けない、出席しない。この前の統計力学のテスト0点とか有り得ない。だって、過去問のままだったでしょ」
「本当に、馬鹿で、ごめんね?」
「カタコトで逃げない」
「あはは…」
「まあまあ、グループワークの進行状況を夏風に伝えると…」
太栄が助け舟を出し、その場が収まる。本当に人というのは分かりやすい。太栄の声が聞こえた瞬間に、留流の表情が緩くなる。さて、このグループワークは俺には難しいぞ。まぁ、この三人に任せておけばなんとかなるだろう。太栄、留流は首席、次席?らしいし。
授業が終わると、グループワークの調べ物をするために図書館に行くことになった。俺はスマホというデバイスで授業を見返していた。復習しておかないとテストで点数が取れないからな。その間、三人が席を立ったり、ぶつぶつと独り言を言っていても聞こえていない振りをして、自分の世界に入っていた。
「夏風は故郷に帰りたいと思わないのか?」
突然、太栄から突拍子もない事を言われる。そんな事を聞かれるとは思っていなかったので、若干戸惑う。他の二人も気になるのか、若干、作業の手が止まっている様子だ。
「そうだな、帰りたいか帰りたくないかで言えば…帰りたくないかな」
「それはどうしてか聞いていいか?」
今日の太栄は少し珍しく俺の事を探って来る。風はいつもと変わらないと言っているが、俺にとっては少し不気味に映る。
「…帰りたくないでは無いな、帰れないが正しい。俺に帰る場所は…」
故郷は戦争で壊滅した。だが、帰る場所がないわけではない。所属していたギルドに行けば、保護をしてもらえるだろう。だが、そこまでする必要性を感じない。それに、ギルドに迷惑はかけられない。
「俺の事よりも、資料は出来たのか?三人が頑張ってくれないと、俺の留年が確定するぞ」
「あんたねぇ」
「そうだったな」
太栄は、これ以上踏み込んではいけないと感じたのだろう。留流はいつも通りだ。奏は少し神妙な顔つきをしていたが、俺には関係ないだろう。
かふかふを初めてみたのは、街の至る所に設置してある防犯カメラの記録。私の父親である吉流から見せてもらった映像は衝撃的だった。そして、初めて恋に落ちた。大人がわざと殺そうとした子供二人を救って見せた。それは、誰かに称賛されるためではない、誰かに見返りを求めるためでもない。
危険を冒して助けた子供二人は、夏風さんを探しているそうですよ。そして、あちらの世界でも、イリテスさんを探されているらしいですよ。まさか、私達が戦地とした場所が、貴方の故郷とは知りませんでした。そして、アイドの中で一番対等に交渉をしようとしていた国を戦地にするなんて、有り得ない。
私の父は、いや、カゲミツの人達はみんな誘導されていたということです。それに、賢い人達は既に本質を見抜いています。たえたえ、るるはアイドに行くのも手だと話していました。私もそう思います。ですが、私は貴方に付いて行こうと思います。
「私の目を覚ましてくれた貴方には、私は従いましょう」
物に溢れている部屋には、他の人の物が置いてあっても気付かない。どれだけ優れている人でも。
俺は自然とギルドを飛び出していた。9年もの長い戦いは幕を閉じたのだ。本当に長かった。そして、知らせを聞いた俺には仕事が一つ残っている。この仕事が終われば、俺は王族ではなくなる。それは寂しいようで、少し嬉しかった。歴代最強と言われたイリテス女帝と剣聖ランドスの隠し子。隠し子であり、男であるのにも関わらず、王位継承権を持っていた俺が帝国を継いでも、イリテス王国を治めれるとは思えない。
それに何故俺が隠されたのか、それは敵が多かったからだ。あらゆる方面で躍進した王国は、既得権益にとって邪魔な存在でしかない。ギルドランキングも、シクラを抜いて1位に躍り出た。ダンジョン攻略
も進み、とある特殊能力が刻まれた刻書を二つ手に入れた。その刻書は適合者へ用いられたと言われている。
どれだけ民に還元しても、恐怖は消える事がない。他の国民なら尚更だろう。カゲミツと戦いが始まった時、どこの国もイリテスに援助をしなかった。それだけではない、国境線を誰かの固有魔法である障壁が妨げ、一般人が逃げ遅れた事件も発生した。
それに、世界の亀裂が城下町の中心地に出来たのも不可解だ。明らかに誰かが意図して発生させたものだ。
じゃあ、誰がそんなことを実行出来るのか。一人だけ心当たりがあった。だが、確信は無い。
風を纏い走っているとすぐに荒れ果てた場所に着いてしまった。ここは、元イリテス王国。現ヤハル王国あたりだろう。イリテス王国の跡継ぎは存在しないから滅びたのだ。9年もの間、王族は前線で戦っていた。民の悲鳴を聞きながら。
「ここは、立入禁止だ」
建物は全て倒壊し、体を隠す障害物は残っていなかった。そのせいか、遠くの方からローブで顔を隠した者達に囲まれていた。
「俺には最後の仕事がある」
「お前みたいなガキは…」
「退け!こいつは化け物だ!」
ゴミなど視界に入って来ない。示された光に向かって歩く。ああ、そう言えば、あのローブは内の新作だったな。なら、こっち側の人間だろう。
気づくと光は目の前で途切れていた。二人揃って同じところにいた。血痕から引きずられているみたいだ。となると、二人が言っていた事は正しい。
「君は娘と同じ年くらいだね。こんな所で暴れてどうしたんだい?」
「仕事をするために来た」
「もしかして、この戦争の後片付けを手伝ってくれるのかい?」
『弔、偉大な勇者に安寧を』
すると、視界に映る全ての遺体が光となって消失した。周りは光で溢れかえり、澱んでいた空気が澄んだ。強大過ぎる魔法を使った代償として全身が熱い。そして、少しだけ意識を失った。
「なるほど。やはり、神はイリテス王国を味方していたんだなぁ」
「密林はやり過ぎた。神の目の前で自決すれば許してもらえるだろうか?」
「私は指示されたに過ぎないが償おう」
「ヤハル国が焦っている事に気付いていたはずなのに、情けない」
次々と人が倒れていく。誰も自決することを躊躇わなかった。そして、最後の一人がナイフを取り出した。
「ユキセよ。もし、可能なら密林を辞めて自由になれ。妻を守れなかった私が言うのも説得力に欠けるな。本当にダメな親だ。何もしてやれなかった」
夏風が目を覚ますと、周りに死体が転がっていた。このローブはイリテス王国が開発した新作の魔法武装の高いものだ。それをこれだけの人数が着ているとなると、大量のお金が必要だ。どれだけ有名なギルドでも賄いきれないと思う。
ギルドを飛び出してから記憶が無いが、魔石共鳴が無くなっているので、仕事が終わったみたいだ。さて、この世界に居ても戦犯扱いされるだけだろう。なら、冒険してみてもいいかもしれない。
世界の亀裂に飛び込むと、白色の太陽が出迎えてくれた。