予期せぬ出会い
十年前、世界に亀裂が入った。その亀裂は別世界へと繋がっており、一つは魔法の世界、もう一つは、魔法など存在しない、科学技術が発展した世界。前者をアイド、後者をカゲミツと呼ばれている。
最初は互いに牽制から始まり、大戦へと発展した。そして9年前に決着が着いたのだが、勝ったのはカゲミツ陣営だった。これで世界のバランスがカゲミツに傾き、カゲミツ陣営は安心したはずだ。未知の現象相手に勝てるという事が証明された。
だが、アイド側は負けた事を何とも思っていなかった。むしろ、不足していた資源をカゲミツから高値で買取、もしくはアイドでしか取れない魔石などの物々交換が横行し、身分の低い人達でさえも気前の良い商売を始めたらしい。
それに、科学技術による武器は使い手による影響を受けず、常に一定のパフォーマンスを発揮できる。これで、ダンジョン攻略が加速するだろう。ダンジョンには、人には作れない様々な特性を持った装備が落ちている事が有る。攻略が進めば、まだ貴族、国の序列が変わると断言出来る。
カゲミツ側が、この事件で得たものは何だろうか。亀裂が始まる前は戦争が絶えず、国同士が友好だとは言えなかったらしい。亀裂が入ると、宇宙人が攻めてきたと誤解し、簡単に団結してアイドと戦ったという。ただ、それだけだ。カゲミツの住人は魔法の適正が皆無だった。
そして、最後に父親から聞いた一言が引っ掛かる。
“上の奴らは誰一人として指揮を執らなかった”
あれほど、主導権を握ろうとしている国々が関わろうとしなかったのだ。もしかしたら…無いな。他の世界に関与出来るのは、人では無理だろう。それに加えて、都合の良い世界を選んで結ぶなど有り得ない。
それにしても、この公園のベンチは気持ちがいいな。程よく差し込む日光と体を包み込むような風。周りには、ビルと呼ばれている高い建物が乱雑し、冬休みの子供達が楽しそうに遊んでいた。もし、俺がこの世界に生まれていたら、どういう人生を歩んだのだろうか。
そんな事を考えていると、公園においてある時計台から音が鳴り、正午零時を指していた。もう、そんな時間か。
俺はカゲミツにある影光大学というところに通っている。公園で散歩をしている年寄りの方に言うと、凄く頭が良い人しか入れないらしいが、俺は全く勉強が出来ない。だから、授業を受けても何を言っているのかわからない。
「苦痛だな…」
これも仕事だから仕方がない。
しばらく歩いてビル群を抜けようとした時、遠くの風に違和感を持つ。まるで誰かが、ビルの屋上から飛び降りようとしているみたいに。右手に風の流れを作り、上を見上げて距離を測る。そうして、ビルの屋上から落ちようとしている一人の女性が視界に映る。
「ちょっと退いてください!」
後ろの方から女性の声が聞こえたが、俺の事を言っている訳では無いだろう。それよりも、優先すべきは飛び降りようとしている女性だ。女性がどんな人生を歩んできたのかは知らない。だが、この高いビルから飛び降りて死ねなかったのなら、自分では死ねない運命だと勝手に解釈してくれるのでは無いだろうか。それに、目の前で死なれたら色々困るからな。
『風、零を告げる』
「え…」
風が落下中の彼女を包み込み、意識が無いようなので裏道に静かに降ろす。脈は安定しており、放置していたら善人が対処してくれるだろう。
「君」
それにしても、最近は物騒だな。職がアイドの人間に奪われるとかなんとか。カゲミツの住人は、ネガティブな人が多い傾向がある。どうしてだろうか、アイドの方が生まれた時から人生が決まっているのに。選択肢が多いからかなぁ。
「君、こっちに来て」
「ちょっと」
すると、見知らぬ少女に手を引っ張られる。引っ張る力は普通の人の四倍程度だろうか、これは身体強化系の魔法を使っているみたいだ。ただ、風が落ち着いているので、危険な人物というわけではない様だ。
連れてこられたのは、影光大学の森林の中。少し先が丘となっていて、昼寝をしている人が多い。なので、この時間帯は混んでいるはずだ。なのに、さっきから人の気配を感じない。いや、風も極端に少なくなっている。
「君は何者?風の魔法をあんな精度で操れる人なんて、アイドで見たことがないわ」
少しだけ興奮をしている様子の彼女は、黒髪黒目、服も黒色のワンピースを来ており、一瞬見ただけだったらカゲミツの住人だと思うだろう。だが、オーラは少し澱んでいる。これは、アイドの住人だ。
「アイドの人ですか?ここは新入禁止エリアですよ」
この一年ほどで培った言葉を使い、カゲミツの人間であることを示す。
「翻訳魔法は使ってないね…。確かに、そんなに強いならアイドで有名なはずだわ!」
良かった。彼女は馬鹿で。これなら授業にも間に合うだろう。
「野生の魔法使いを見つけてよ!やっぱり、カゲミツにも魔法が使える人居たんだわ。あなた密林に入らない?」
その言葉を聞いた瞬間、反射的に体が距離を取った。密林とは、シクラという世界最強のギルドの隠語。最近は勢力が落ちてきていると言われているが、警戒をしておいて損はないだろう。密林の技術部門は、天才しかなれないと聞く。科学技術を応用されたりでもしたら、初見殺しが当たり前の世界になってくる。
「あれ?そんなに警戒するなんて…密林の事、、知ってる?」
少し魔法の流れを感じるが、攻撃系統の魔法ではない事がわかる。恐らく精神干渉系統。
「俺の知り合いにカゲミツで身分の高い人が居るんだ。その人から聞いたんだ」
「なんて?」
「密林は危険な思想の人が多いから取引が難航しているとな」
「それなら警戒するのも無理はないかも…」
完全に警戒を解いてくれたらしい。本当に精神干渉だったみたいだ。頭の中で、大学で習っている理論を思い浮かべておいて正解だった。彼女は何かを考えると、すぐに諦めたようだ。やっぱり、彼女は単純だ。
「俺はあと五分で授業に出ないといけないから、じゃあね」
「待って」
「いや、待てない」
「待ちなさいよ!」
森林を抜け出そうとした時、微かな魔法の障壁が覆っていた。魔法の障壁には種類があり、効果は多岐にわたる。これがもし、固有魔法なら安易に触れてはいけない。
「私はユキセ。もう一度聞くけど、密林に入らない?生活には困らないと思うけど」
「今は生活に困ってないからな。それが理由では魅力に欠ける」
「なら、密林が予想する五年後の世界を教えてあげようかな~」
「興味ないな。どうせアイドが何かした所で、カゲミツには勝てないさ」
少し煽るように、そして、子供を慰めるかの様にユキセの肩に手を置く。馬鹿な扱いをされた事が気に入らなかったのか、手を払うと魔力が動いた。そして、この障壁が固有魔法ではない事が確定する。
「影光吉流は既に洗脳しているわ。後数年で本当の戦いが終わる。その時に、密林はカゲミツを貰うのよ…」
「情報ありがとう、疲れただろう?今日はアイドに帰りなさい」
「…うん」
風には人を導く効果がある。それを応用して、精神干渉をする。幼少期から教え込まれた魔法は、まだ生きている。効果は持って2時間程度。他人に話しかけられると解ける様になっている。まぁ、大丈夫だろう。
ユキセは自分から来た道を戻って行った。後ろ姿は子供の様に見え、少しだけ罪悪感が残りながらユキセと逆の方へ歩いた。
勿論、授業には遅刻した。