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(17) 子供のお世話と頼れる先輩

 レアンドルが階下に向かったから、私はタオルで男の子の手や顔の汚れを拭っていると、それが刺激になったのかわずかに目が開けられて、でもすぐに再び閉じられていた。


「傷はどう?痛いよね?今、優しいお兄さんがベッドの準備をしてくれているから、もう少し待って」


 刃物で負った傷もだけど、男の子の肌には酷い打撲痕もあった。


 お腹や背中が紫色に変色してて、体が辛いはずだ。


「…………構うなって、言ったのに」


 男の子は、目を閉じたまま言った。


「無理だって、言ったでしょ。あなたの名前は?」


「…………」


 答える気はないみたいだ。


 雰囲気から警戒されていることがわかる。


「何もしないよ。あなたの手助けがしたいだけ」


「この捨て犬が元気になるまでつきっきりで世話をするように。それが拾い主の責任だ」


 私が一生懸命に男の子の警戒を解こうとしているのに、デュゲ先生は場の空気なんか全く読まない。


「だから、犬猫の話じゃないですってば」


 私が助けると決めたのだから責任は確かにあるけど、デュゲ先生の言葉はいちいち引っかかる。


「学園には私が伝えておくから欠席の心配はしなくていい。二回目の授業は受けなくとも平気だろう」


 ニヤリと笑ったデュゲ先生は、私が成績が悪いのをわかっていて嫌味を言ったのだとわかった。


 なんて意地悪な人だ。


「デュゲ。エリアナさん。ベッドの用意ができましたので、少年を移動させます」


 憤慨しかけた私の前を、スタスタと横切って部屋に入ってきたレアンドルは、真っ直ぐに男の子の所に向かった。


 再びレアンドルによって抱き上げられた男の子は、抵抗せずに大人しくしている。


 そんな元気も無いのかもしれないから、心配にはなる。


 デュゲ先生を相手にすることはやめて、レアンドルの後に続いて通路に出ると、横に並んでそのことを尋ねた。


「城に身元不明者を招き入れて、怒られない?」


「第二王子殿下に伝えておきます。便宜を図ってくださると思いますよ。それに、おそらくこの子は……」


 一瞬、男の子に視線を落としたレアンドルは、何かを言いかけて、すぐにやめた。


「必要な対応は年長者に任せて、エリアナさんはこの子のお世話に集中してください。心配しなくても大丈夫ですよ。貴女がやりたいことをサポートします」


 なんだかすごく子供扱いされている気分だった。


 中身は成人して、結婚までしていたはずの女なのに。


 でも、確かに私は何もできなくて、その後の必要なことは全てレアンドルが担っていた。


 嫌な顔ひとつせずに。


「痛むところはない?」


 ベッドに寝かされた男の子は、こちらに背を向けている。


 声をかけても答えてはくれない。


 レアンドルが呼んでくれたお医者さんが男の子を具合を診てはくれて、その時に少しだけ言葉を発してはいたけど、それが終わると黙ったままだった。


「何かして欲しいことはない?と言っても、怪我が治るまでは動くのも辛いだろうけど」


「…………」


 すでにレアンドルは他の用事を済ませに行って、この部屋には私と、いまだに名前がわからない男の子しかいない。


 私の問いかけには、背中で変わらず警戒を向けられるだけで、答えてはくれない。


 何だかあの、結婚していた時の生活に戻ったようだった。


 全く心を開いてくれない人と同じ空間を共有している。


 別に男の子のそばにいなければいいだけなのだけど、ずっと放って置いたら、酷い状態のまま逃げ出しそうで不安になる。


 こういうのって、何が正解なのか。


 子供の世話だって初めてだし。


「じゃあ、しばらく話しかけないから、何か用事があれば言って。机、使わせてもらうよ。これでも学生だから、試験勉強しなければならないの。あなたのことも気になるし、ここでこのままさせてもらうわ」


 一度退室して執務室から学生鞄を持ってくると、部屋に置かれていた机に教科書を広げて、手元に集中するのとにした。


 少し離れただけだったのに、部屋に戻ってきた時から随分と静かだなって思っていたら、すーすーと寝息が聞こえてきたから男の子が眠ったのだとわかった。


 しばらくは静かな時間が過ぎていった。


 でも、そろそろ完全に陽が沈む時刻に差し迫った頃、


「うっ……っ……ごめん……なさい…………さん……」


 苦しげな、そんな声が聞こえてきた。


 ベッド上を見ると、夢でうなされているのか、男の子は顔を歪ませている。


 そばに寄って、様子を確認した。


 熱が出ていると言うわけではないようだけど、傷が痛むのかな。


 でも、ごめんなさいって……


「ねぇ。ちょっと、大丈夫?」


 顔を覗きこんで、声をかけた。


 そっとしておくべきなのか迷ったけど、苦しげな表情と呻き声をそのままにしておくのも気分の良いものではない。


 私の声ですぐにパチリと目を開けた男の子と、至近距離で視線がぶつかった。


「あ…………」


 すぐ間近で驚いたように私を見つめていた男の子は、みるみるうちに顔を真っ赤にして、そしてぷるぷると震えたかと思うと、


「近付くな!!」


 そう叫びながら、私の肩を押してドンと突き飛ばした。


「うわっ」


 中腰の状態から、勢いで尻餅をつく。


 いた……くはないけど、ビックリしたぁ。


「危ないじゃない。女性を突き飛ばすなんて、ヒトデナシがすることよ」


 この年頃の男の子って、女性を前にすると恥ずかしがるものなのかしら。


 男の子の反応は、そう思わせるものだった。


 私が知ってるこの年の男の子達って、オスカーを始めとした貴族ばかりだから、そこを基準にしていいのかわからない。


「お、お前が、近いから」


「はいはい、悪かったわ。あなたを驚かせたのね」


 やっぱり恥ずかしかったのだと判断して、まだ顔を赤らめて狼狽えている男の子を、非難するのはやめた。





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