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エリアナ(2)


「二人ともどうしたの?こんな所に揃いで」


 まさか両親が揃って待っているとは思ってもいなかった。


「「……」」


 二人とも、気まずげな表情で微妙に視線をそらすと、私に告げた。


「ニアが戦死した。遺体は戦場からこの教会に運び込まれて安置されている。私達はもろもろの手続きを終えたからもう帰るところだ。はー、面倒な手続きだったよ。後は教会の者が適当に処分してくれる手筈になっている。エリアナはあの子の顔は見ない方がいいだろう。悲惨なものだ。間も無くオスカーが来るだろうから、二人で屋敷に戻りなさい」


「まったく、最後まで迷惑をかける子だったけど、王家からお褒めの言葉をいただけたことは、唯一の親孝行になったわね」


 ニアが戦死したって言葉を理解するのがやっとだったのに、両親の口から吐き出された言葉に理解が及ばなかった。


 ニアが戦死って……


 もう、ニアはいないって事なの?


 なんで……


 ついさっき、ニアから届いた手紙を見たばかりだったのに。


 それに、どうして、二人はニアの死をこれっぽっちも悲しんでないの?


 処分って何よ、処分って……


 ブツブツと不満を漏らしながら帰っていく二人の背中を、言葉なく見送ることしかできない。


 そこから一歩も動けずにいると、足音で人が近付いてきた事を知ったけど、アレックスが少し下がったからそれがオスカーなのだとわかった。


 顔を向ける。そして、信じられないものを目にしていた。


 何で……


 夫であるオスカーは、誰にも感情を動かさないのだと思っていた。


 誰に対しても氷のように冷たい眼差しを向けているし、興味も示さない。


 妻である私には礼儀正しく接してくれるけど、それだけで、夜、一つの部屋で一緒に過ごしたことなどない。


 時間をかけていつかはと思っていたけど、そうではなかったの?


 どうして、貴方がそんな絶望したかのような顔をするの?


 ニアのことで……


 幼い頃からの知り合いってだけで、二人が親しいだなんて聞いた事がない。


 まさかあの子が誘惑なんかできるわけがないし、オスカーの気を惹きつけるような子でもない。


 私の疑問をよそに、馬車から降りて、教会の入り口を見つめながらしばらく立ち尽くしていたオスカーは、私以上にショックを受けていて、どうして、いつから、どこで会っていたの?まさかと次々と疑問が浮かんできた。


 私の存在なんか視界に入らない様子で、オスカーは力無く歩いて行き、教会の奥に安置されていた棺を前に立ち止まる。


 妹は、自ら望んで宮廷魔法士となり、戦場で数々の功績を残した。


 多くの勲章を胸に抱いて名誉ある戦死をして、両親はとても誇り高いと喜んでいたくらいだったのに、他人であるはずのオスカーが棺の中に視線を向けると、嗚咽を漏らしながら、ニアに縋り付くように泣き崩れていた。


「オスカー……」


「今だけは、ニアと二人にさせてくれ」


 嗚咽のせいで言葉にならない言葉で、突き放される。


 私はオスカーの妻で、ニアは私の妹なのに、何で貴方からそんなことを言われなければならないのか。


 オスカーの背中からは、拒絶しか感じられない。


 ただならぬ雰囲気に、悲しむことも怒ることも問い詰めることも出来ずに、ふらふらと教会の外に出る。


 頭が全く動かずに、ただただ、何か取り返しのつかない事をしてしまったかのような不安から逃げたくて、人の気配がない茂みの向こうへと移動した。


「何なのよ。もう……」


 一人になって、不安を紛らわすように悪態をつくと、


「貴女の婚約式の日、ニアお嬢様がどうして教会にお越しにならなかったかご存知ですか」


 正確には一人ではなかったわけで、いつも置物のように気配無く無言で立っていたアレックスが、8年以上もの歳月の中で初めて私に話しかけてきた。


 彼は侯爵家にいた頃から私の護衛をしていた騎士だ。


 結婚してからも、彼が侯爵家から派遣されて継続されていたのだけど……


「何よ、今頃そんな前の話を持ち出して、何だって言うの?」


 あの日、あの子は体調がすぐれないからと、部屋から出てこなくて、私と兄と両親だけで、教会に向かったのだ。


 そこですでに待っていたオスカーの顔が、いつもよりもさらに冷たい印象を覚えたけど、ただ単に緊張しているのだと思っていた。


「貴女がオスカー様の婚約者になると仰った直後に、ニアお嬢様はあの時、ご自分もオスカー様の婚約者になりたいと仰っていましたよね?」


「ええ。あの子にしては珍しく自己主張していたけど、だからこそ、私があの子の代わりに婚約者となったのよ。あの子にはやりたいことがあると言っていたから、好きなようにさせてあげるのが姉の私の役目だと思っていたのよ」


「ニアお嬢様は、あの後ご両親に部屋に呼ばれ、顔が腫れ上がるほど殴られていました。余計なことを言うなと」


「何で……そんなこと、私、知らないし!」


 そんなことがあったって知らないし、私がそう仕向けたわけじゃないのだから、今さらそんなことを教えられたって……


「侯爵夫妻は、貴女の幸せを邪魔する気かとニアお嬢様に詰問していました」


「何が言いたいのよ、私が頼んだわけじゃない」


「ニアお嬢様とオスカー様は、幼い頃から想い合っていました」


「え?」


「ニアお嬢様が宮廷魔法士を目指していたのは、ご両親にどうあっても認めてもらえないご自分が、オスカー様の妻となるには、国中に実力を示して功績を残すしかなかったからです。そしてオスカー様も、家格が上のニアお嬢様との結婚を認めてもらうために、ご自身で努力されていたのです。あの日、本当は、オスカー様はニアお嬢様に求婚されていました。しかし、貴女のご両親がオスカー様の事業に目をつけて、貴女により良い条件の結婚をと無理矢理に話をまとめたのです」


 私が、あの子が精一杯示した想いを握り潰してしまったの……?


 アレックスは、私から視線を逸らさない。


 それは責めるものではなく、静かに見据えたままだった。






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