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(14) 新生活

「おばあ様、ありがとうございます」


 私達は、馬車の中で向かい合って座った。


「お体の方は大丈夫なのでしょうか。ここまで長距離の移動だったと思います」


 ニアとよく似たおばあ様は、チラリと私に視線を投げかけてきた。


 歳を重ねても綺麗な方だと思うから、ニアもこれからどんどん綺麗になっていくんだろうなぁ。


 棺の中に眠っていた、変わり果てたニアの姿が浮かんだ。


 大丈夫。


 もう、あんな姿を見ることはない。


「年若い孫からの心配など無用です。体調が悪いからと言ってはいられませんよ。後に残される孫達を思えば、寝ている場合ではありませんので」


 話しかけてもニコリともしないところが、前は苦手だった。


 でも、今ならわかる。


 おばあ様には拒絶の意思が全く無いってことを。


 もしかしたら、体が辛いのを隠すために表情が動かないようにしているのかも。


「ニアは、大丈夫?ちよっと強引だったけど、ああでもしないと、それに、おばあ様じゃないと何も変えられないと思ったの。私達、あの両親から離れた方がいいよ」


 あの、悪い環境しか与えない母親からはもちろんだし、それを放置する父も信用できないのだから。


 そしていずれは、首が回らなくなった借金のために両親そろって娘を売り飛ばそうとするのだから。


「貴女は、少し見ない間に随分と変わったようですね」


 ニアに話しかけている私に、おばあ様が言った。


 中身が成人していた記憶のある人なのだから、おばあ様から見て少しくらい成長してないと困る。


「我儘だったと自覚しています。これからは、ニアと二人で協力して生きていきたいと思っています。あ、もちろん、ルーファスお兄様とも」


「結構なことです。貴女達にはまだまだ庇護が必要ですから、後のことは私に委ねなさい。寮生活で必要なものは後で揃えて執事長に届けさせます。急に寮生活となって不便なこともあるでしょうけど、自分の成長のためと思い、困った時はルーファスを頼りなさい。これからは、私ももっとルーファスと連絡を取り合います」


「はい。ありがとうございます。おばあ様」


「子育てとは、儘ならないものですね……」


 それを呟いたのは、窓の向こう、遠くを見つめながらだった。


 おばあ様の息子、私達の父親のことを言っているのだと気付いたのは、少し間が空いてのことだ。


 立派な行いをしているとは到底言い難いのが、あの人なのだから。


 あまり言うと、私達の出自にまで言及しなければならないから、おばあ様に言葉をかけることはできない。


「エリアナ……ごめんね。気を使わせてしまって。おばあ様……お世話になります……あの……私、長期休暇は、おばあ様の家で過ごしてもいいですか?」


 そこまで黙っていたニアが、遠慮がちにおばあ様に尋ねた。


「ええ。もちろんですよ」


 そこで、ニアの口元に笑みが広がったから、やっと私も安堵した。


 ニアが喜んでくれて、私も嬉しい。


 そこから寛いだ様子になったニアは、たくさんおばあ様と話していた。


 その中で、いくつかニアが興味を持っている話題が出ていたから、自分の心の中にも書き留めていた。


 私達はそのまま入寮となって、翌日からは、寮から直接学園に通う生活が始まった。


 何でも自分のことは自分で管理しなければならない生活には戸惑うけど、ニアが器用で、いろんなことを教えてくれたから助かった。


 寮ではニアと二人部屋で、同じ空間で私と過ごすことになったわけだけど、ニアには特に嫌がる様子も見られなかったから、何気ない会話を楽しみながら共同生活一日目が過ぎていった。


 休暇中と、当面のニアの心配が無くなった。


 それだけでも十分な成果と言えるのだけど、もう一つ、良い方向に進めたと思えたことがあった。


 お昼休みにやっと、ニアとブリジットを引き合わすことができたのだ。


「グノー子爵家のブリジットさんよ。前からニアを紹介して欲しいと言われていたの。遅くなって、ごめんなさいね。ブリジットさん」


「ううん。なんだか、色々と忙しくしてたみたいだったのはわかったから、今日、場を設けてくれて嬉しい。はじめまして、ニアさん」


「はじめまして。お会いできて嬉しいです」


 最初は少し緊張した様子のニアだったけど、お昼を食べ終わる頃にはブリジットと二人で共通の話題を見つけて打ち解けたようだった。


 そんな二人が話す様子を眺めながら、私はもう、前の時と同じように過ごす気にはなれないなぁって思っていた。


 他の友人と何かを楽しむつもりもなくて、今はニアを見守ることが一番の喜びのようで、親が子供を見守る気持ちのようだと言えるのか。


 広い食堂の向こう側には、イレール王子の隣に座る、諦めたような表情を浮かべているレアンドルの姿があった。


 イレールは他の生徒と話しているけど、レアンドルはほとんど会話に参加していないようだ。


 他の友人を作れと言ったデュゲ先生の言葉を思い出す。


「エリアナ、大丈夫?ごめん、エリアナには興味が無い話題だった?」


 ぼーっとしていたせいでニアが心配そうに声をかけてきたから慌てた。


 せっかく二人とも意気投合していたのに、場の雰囲気を壊すつもりは無い。


「ああ、ごめん。試験のこと考えていたら憂鬱になっちゃって」


 適当な嘘ではなくて、それも私の中では切実な問題だった。


「それだったら、エリアナさん、ニアさんも一緒に勉強会をしない?」


「それは嬉しい。助かるよ。一人では捗りそうにないから」


 友人との初めての勉強会というブリジットの提案に、ニアがとても嬉しそうな顔をしたのを見逃さなかった。


「それじゃあ、二日後の学園がお休みの日に私の家に招待するので、是非来てね」


「はい」


「ありがとう、ブリジットさん」


 ニアに続いて返事をすると、そこで私達はいったん解散となった。




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