コオロギを食べるな!(ショートショート・649文字)
「コオロギは食べ物じゃない! コオロギを食べるな!」
雑踏の脇で、拡声器の声が響いていた。
目深にかぶった帽子に、マスク。コート姿の人たちが、十人程度集まっている。
彼らは手に『コオロギ食反対!』『コオロギは食用じゃない!』と書かれた看板を持ち、食用コオロギ反対運動を行っていた。
「コオロギには、農薬汚染、寄生虫や細菌の心配があります! さらにはエビやカニなど甲殻類と類似成分が含まれており、重大なアナフィラキシーショックの可能性があるのです!」
彼らは日々、訴え続けていた。
大半の人は無関心に通り過ぎていってしまうが、中には立ち止まって応援してくれたり、寄付を申し出たりしてくれる人もいる。
小さな活動だが、手応えは感じていた。
「代わるよ。休憩してきな」
「よろしくお願いします」
新たに一人、マスク姿の者がやってきて、中心に立っていた男と入れ替わった。
入れ替わった男は、建物の隙間に身を隠すようにして一息ついた。
周囲に人がいないことを確認して、帽子とマスクを剥ぎ取り、コートを脱ぐ。
するとあらわになった男の皮膚が、もぞもぞと動き出す。
腕の表面がぶくぶくと膨れ上がり、その膨らみがボトボトと地面に落ちていく。
それは――コオロギだった。
はじめから、男などいなかった。
数百……いや、数千、数万のコオロギが寄り集まって、人間の形を成していたのだ。
「まったく……俺たちを食料にされちゃたまんないぜ。人間は卑しいからな。俺らがうまいと気づいたら、あっというまに全滅だ……!」
将来を案じたコオロギたちは、大きなため息をついた。
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