婚約破棄された鋼の聖女は真実の愛を手に入れました。貧弱な王子なんかこちらから願い下げです!!
「おまえなんか大っ嫌いだ! ああ、破棄だ破棄。婚約なんて破棄してやる!」
ここ、聖王国シルヴァニアンは神に護られた剣と魔法の国。
先代国王であったお爺様、グラムス・シルヴァニアンによって決められた王子レムレスとあたし、アーシャ・ヴァルキュリア公爵令嬢との婚約は、よりにもよってお爺様の国葬が行われているまさにこの時この会場で、国内外から訪れた大勢の弔問者の目の前で繰り広げられたレムレス王子の唐突な宣言によって破棄された。
元々、いとこ同士のあたしと王子の関係は、あまり仲が良い方ではなかった。
それでもグラムスお爺様のたっての希望であたしはレムレスのパートナーとなることを決め、今までこうして努力もしてきたというのに。
「でもレムレス? わたくし達の婚約は前国王であったお爺様のたっての希望で結ばれたものです。そう簡単に解消できるとも思えないのだけど」
一応そうやって聞いてみる。
レムレスは興奮しきってるしまともに答えが帰ってくるとも思えなかったけれど。
「だからさ。もうお爺様はお亡くなりになったんだ。僕はもうお爺様に怯えていいなりにならなくても済むんだから」
はあ。
だからと言ってこんなところでこんなふうに言わなくても。
自分の評価も下げお爺様の威厳に泥を塗るような真似。
どうしてこの子はこうも考えなしなのかしら。
ちょうど一歳年下の王子は、あたしにとっては生意気な弟みたいな存在だった。
お爺様も、レムレスのことがかわいいからこそあたしにこの子の手綱を握って欲しかったんだろうけど。
「ふん! なんだよその顔は。おまえはいっつもそうやって僕のことをばかにしたような目で見てきて。だからおまえなんかと結婚するのは絶対に嫌だったんだ。ああ、これでやっとせいせいする! だいたい、おまえみたいな厳つい女、僕の好みじゃないんだよ!」
カチン
厳つい、ですって!?
思わず、キッと彼を睨みつけてしまったあたし。
ビクって肩を窄めるレムレス。
ああ、ダメダメ。
今は葬儀の真っ最中、そしてここは会場のど真ん中。
正面の大きな祭壇にはグラムスお爺様のお顔が大きな肖像画となって飾られている。
たくさんのお花に囲まれたそのお顔が、こちらを睨みつけたような気がした。
この大勢の来客の前であたしが怒りに任せて彼を張り倒したら、きっと我が国は世界中の笑いものになる。
今のこの茶番だって相当なものなのに、これ以上は流石にダメだ。
「まあ、いいわ。元々わたくしもあなたとの婚約は本意じゃ無かったのだもの。レムレス? あなたの好みはあそこに控えているカナリヤ男爵令嬢みたいなか弱い守ってあげたくなるようなタイプだものね」
王族や親族の上級貴族が並ぶ席に、なぜかちょこんと座っているカナリヤ。彼女がレムレスのお気に入りであることは知っていた。でもまあまさかこんな葬儀の場に堂々とつれてくるとは思わなかったし、あたしがそのことをちょっと注意したら逆ギレしたのが今回の騒動のきっかけだったわけだけど。
「ふん! ああそうさ。おいで、カナリヤ」
レムレスが手招きすると、カナリヤはフワッと立ち上がり、ふわふわとこちらに歩いてきてレムレスの腕を取った。
「僕は彼女と結婚する。そうさ、僕は真実の愛を見つけたんだ」
ああ。
ねえ、わかってる?
喪主席で外国からの弔問客のお相手で忙しい国王陛下とお妃様が、こちらを心配そうにチラチラ見ているのを。
カナリヤは確かにふわふわとして可愛らしい雰囲気だけど、この子、よっぽどの天然か悪女のどっちかだわ。
こんな状況で王子の腕にしがみついてニコニコ微笑んでいられるなんて、まともな神経してたらできやしないもの。
「そう。わたくしはそろそろ時間だから行くわ。お幸せにね。お二人とも」
最後のセリフは半分本音、半分嫌みも入ってる。
こんな騒ぎを起こしてはレムレスが王太子レースから脱落するのは確実だろう。
馬鹿な子ほどかわいいと、彼に期待するよりはとあたしを彼の補佐につけようとしたお爺様と現国王ウイリアムス様。
でも、もう無理ね。
元々武技に秀でた長子ロムルス様の方を押す重臣の方が多いしそれに妾腹ではあるけれど次男のナリス様の方が優秀だと言われてる。魔力が一番高いのは末子のマリウス様だったかな。
そんな中一番平凡で一番ひ弱で、一番生意気な性格だったのが三男のレムレスだった。
お母様はロムルス様と同じで正妻のお妃様マルガレッタ様だから、かわいいかわいいと可愛がられて育ったからいけなかったのかな。
子供の頃あたしが一番仲が良かったのは一つ年上のナリス様。
お母様は弟のマリウス様を産んですぐお亡くなりになったから、離宮で兄弟二人乳母に育てられたのだけれど。
あたしがお父様と王宮に行くときはいつも離宮の庭にあった薔薇園で一緒に遊んだの。
レムレスと婚約してからは疎遠になっちゃったから今日久々にお会いしたけど、すごく素敵に成長していらした。
うっとりするほど透き通ったその蒼い瞳で見つめられたときは、幼い日に何気なくかわしたあの言葉を思い出してしまったけれど。
「大きくなったらボク、アーシャと結婚する!」
「ふふ。じゃぁナリスお兄様はあたしがお嫁さんにもらってあげるよ」
「もう、それじゃ逆だよ」
そんなふうに、笑い転げて。
神聖騎士団を統率するお父様アルブレヒト・ヴァルキュリア公爵の一人娘であるあたし、アーシャ・ヴァルキュリアは、神の巫女である聖女という役割を務めている。
祭事において神に祈りを捧げる役目。
それがこの国の聖女という存在だった。
鋼の聖女だなんてそんなあんまり嬉しくない二つ名で呼ばれているのは知っていた。
まあ世間の人がなんと言おうとあたしはあたしの役割を全うするだけだ。
あたしの役割、それは、舞によってマナを高め、神に魔力を奉納する。
聖剣の舞と呼ばれるものだった。
祭壇の正面中央に設られた舞台、その中に描かれた魔法陣のど真ん中に一人立つあたし。
右手を天に伸ばし手のひらを広げ。
「ホーリーレイヤー!」
と呪文を唱えると。
頭の上に構築した聖なるレイヤー。
銀色に輝くそれがゆっくりとあたしを覆うように降りてくる。
そして。
その光の膜があたしの足元の魔法陣に吸い込まれるように消えたあと。
あたしの姿は白銀の鎧に包まれて。
額にはまった銀のサークルには2本の羽が飾られて。
あたしの銀の髪をおさえている。
全身が白銀に輝くプレートに包まれ、そしてその右手に掲げた銀のツルギ。
シャン、シャン、と剣を振る。
くるくると回りながら弧を描くように剣筋を滑らせて。
銀色の光が剣に遅れて漂い、そしてその残像がまた弧を描いて行く。
あたしは身体中を使って、流れるように舞を披露した。
お爺様の魂が、無事神の御許に辿りつけますように。
そう祈りながら。
荘厳な調べに合わせ神聖な剣舞を披露する。
そしてその最後に。
あたしは全身から魔力を放出し。
その白銀の光は天井を貫いて空に還っていったのだった。
「お疲れ様。素晴らしい舞だったね」
聖剣の舞が終わり、控室で休憩をしていたあたしを訪ねてきてそうねぎらいの言葉をくれたのは、第二王子のナリス様だった。
「ありがとうございますナリス様。そう言って頂けて嬉しいです」
あたしはそう素直にお礼を言った。
もうほんと、厳ついだなんて言うレムレスとは大違い。
スマートな大人の物腰だなぁとそんなふうに思って。
「ああ、お世辞じゃないからね。私は本当にそう思ったのだから。あれならお爺様も無事神の御許に辿り着けるだろう」
そうしんみりとおっしゃるナリス様。
ああ。この人はわかってくれてる。そう思うと嬉しくなる。
思わず、ポロっと涙がこぼれた。
「ああ、アーシャ、どうしたんだい」
「ああ、うん、いえ、ちょっと……」
「さっきの、レムレスとの事?」
ああ。ナリス様も見てらっしゃったんだ。
あたしはポロポロと涙が止まらなくなった。
悲しい?
ううん、ちがう。
悔しい?
半分は、そう。
でも。
一番は自分が不甲斐なくて、だ。
あんな人だとは、わかってた。
ほんとうだったら、お爺様にもはっきりと言ってもっと早くにこちらから婚約を解消するべきだった。
結局、自分の人生をあんな人に決められたこと、それが悔しいのだ。
それが、不甲斐ないのだ。
もっとちゃんと早くに自分の気持ちに正直になってさえいれば。
もっとちゃんと自分の好きに向き合っていれば。
もう、きっと、遅い。
これだけ不義理をしたんだもの。
ナリス様にだって、好きな人の一人や二人できていてもおかしくないもの。
それが不甲斐なくて悲しかった。
あたしがポロポロと泣くのをナリス様は慰めるように見ていてくださった。
紳士的に、寄り添うようにして。
「ごめんなさいナリスさま。取り乱してしまって恥ずかしい」
あたしはソファーに腰掛けたまま、隣に寄り添うように腰掛けてくれたナリスさまに声をかけた。
うん、もう大丈夫。
諦められる。
そう想い、ナリス様の瞳を見つめた。
彼の瞳は優しくて、じっと見ていると吸い込まれそうで。
「ねえ、アーシャ、覚えてる?」
え?
「私を君のお嫁さんにしてくれるって、幼い君は言ったけど」
ナリスさまはあたしの手をとって。
「私の妻になってくれないか? アーシャ」
そう、真剣な瞳をこちらに向けて。
「あ、あたしでいいんですか?」
「君がいいんだ。アーシャ。私はずっと、君を愛してた」
そう言って、そっと口づけをくれたナリス様。
あたしはこくんと頷くと、嬉しくてまたポロポロと涙で溢れて。
あたしはレムレスに感謝した。
婚約破棄してくれたことに。
そして、あたしに真実の愛を思い出させてくれたことに。
FIN