恋と愛
「ちょっと相談があるんだけど」
初めはその言葉が嬉しかった。好きな人に頼られると言うのはなんともいえない充足感があった。体の熱が熱くなったような、そんな。しかしそれは束の間の幸福でしかなかった。
「二組の音無君っているじゃん。じ、実はさ⋯⋯告白されちゃって⋯⋯」
その言葉を聞いた時、堪らず大声をあげてしまった。ドジばかりな彼女を好きになる人がいたのかと。
心臓の音が聞こえてきたんだ。そりゃあもう彼女の言葉を遮ってしまいそうになるくらいには。
彼女が言うには、こういう経験は初めてだから迷っている。幼馴染である僕にしかこんな悩みなんて言えない、自分は受けてもいいかなと思っている。とのことだった。
心臓は大きく鐘を鳴らした。けれど、不思議と普段感じていたモヤモヤはスッキリしたような、そんな気がしたんだ。彼女のことを考えると感じるあのモヤモヤが。
正直僕は二組の音無君なんて名前と顔以外何も知らないから、彼女には告白を受けてもらいたくない。しかし少し嬉しさの混じったような照れた顔を見ると、そんなことも口から出なくて、結局出てきた言葉は「好きなようにすれば」なんて無愛想なものだった。
彼女は少し悲しげな顔をしたように見えたけれど、すぐに元気な顔に戻って言ったんだ「それもそっか。私のことは私で決めないとね」ってさ。その瞬間、心臓の音がいつの間にか聞こえなくなっていたことに気付いた。
家に帰ってすぐ、僕は自室のベッドに飛び込んだ。
気持ち悪かったんだ。
頭の中は彼女が付き合うのか否か。そればかりが反芻していた。
次の日、僕は熱を出して学校を休んだ。彼女のことが原因が、はたまた元々兆候があったのかは定かではないが、今はそれがちょうど良かった気がする。
午後五時を少しすぎた頃、彼女が見舞いにきた。
「熱、大丈夫?」
「だいじょぶ。昼過ぎに測ったら平熱だったし。薬も飲んだ」
「そっか。なら良かった」
「それじゃあバイバイ」
「ちょっ、早すぎない⁉︎ まだ来たばっか!」
そう言って驚く彼女に僕は「流石に冗談。まあ移しちゃあれだし長居はするな」なんて笑ったんだ。そう、笑ったんだ。いつもと変わらない調子だったことは僕がよく分かっている。だからこそ、驚いてしまった。
まるで彼女が付き合っても自分には関係ない、その証明であるかのようだったから。
「そういえば結局どうするんだ?」
「何が?」
「二組の音無君」
彼女は驚いた顔をしていた。彼女のその表情にどんな感情が含まれていたのかは分からないけれど、なんとなく、知らない方がいい気がした。
というより、そんなことよりも自分から昨日のことを蒸し返すなんて、どうしてそんなことをしたのか自分でも分からないその行動に驚いていたから気にする暇がなかった、と言った方が正しいかも。
案外、僕は彼女のことを好きではなかったのかもしれない、なんて考えが頭によぎった。その瞬間、胸にストンと落ちてきたような、そんな満足感があった。
ああ、僕は彼女のことが恋愛的な意味で好きなのではなく、友人として好きなだけだったのだ。
愛しているんだ。友愛だ。
彼女に男ができるなら僕が納得した人にして欲しいだけだったんだ。今までのモヤモヤもそう言うことだったんだろう。ドジな彼女が心配で心配で、何かしやしないかドキドキしていたんだ。それを恋と錯覚した。
「⋯⋯断ることにした」
少しだけホッとした。
何処の馬の骨とも知らん男に彼女を預けるなんて心配で仕方がない。
ああ、心のモヤモヤが晴れたおかげか、スカイダイビングでもできそうだ。解放感がすごい。
「ちなみになんでか聞いてもいい?」
「⋯⋯んー他に好きな人がいるから、かな」
つまり彼女は好きな人がいるのに音無君と付き合うか悩んでいたのか。
「それは⋯⋯いやいいや。ちなみにそれ誰なんだ?」
好きな人がいるのに付き合うか悩んでしまうならその好きな人に対する想いなんてその程度なのではないのか。そう思って彼女に言おうとしたのだけれど、勘がそれを言ってしまうことを恐れた。
「内緒」
「えーいいじゃんか。教えてくれよ」
「内緒ったら内緒。⋯⋯でも、いつか教えるかも」
「なんだそれ」
よく分からない。けれど彼女がそれでいいのならそうかもしれない。いくら心配だからと言っても彼女の全てに干渉するわけにはいかないのだから。
まあ、彼女には誠実にいい男性を見つけて欲しいものだと、そう願う。
恋と愛は別。というより、恋は愛に総括されるって感じですかね。友愛や家族愛とかありますし。
彼は本当に恋愛的な意味で彼女を愛していないのでしょうか。
僕は彼と彼女が既に恋人であっても別れたりはしない気がします。分からないけどね。