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笛と兵士


 「やっと、帰れるんだな」


 ある野原を、一人の男が歩いている。

 背中には、大きなカバンに鉄砲、どうやら、どこかの国の兵士らしいので、兵士と呼ぶ事にする。

 その兵士は、どこか嬉しそうであった。

 スキップしたり、吹けない口笛を吹こうとして、音にならない音を出しながら、延々と続く道を歩いている。

 歩くうちに、兵士は小川のそばに座り、カバンから、ある一つの小さな物を取り出した。


 丸い果実のような入れ物に、長い紐がついていて、中には写真が入っている。

 女だ、女と兵士と思われる二人が共に写っている写真だ。

 兵士はその写真を優しい目で見つめていた。

 やがて、十分見つめ終わったのか、兵士はそれをカバンに戻し、代わりに、一本の長い笛を取り出した。

 笛には六つの穴が空いていて、その穴を抑えることで、音程を変化させる、原始的な笛だ。

 男は、笛を吹き始めた。


 男の演奏は、お世辞にも上手いと言える演奏では無かった。

 演奏の途中、突然甲高く耳障りな音を、何度も鳴らし、その上、音を間違えたのか、曲の途中、それも中途半端な所から、何度もやり直している。

 しかし、兵士は楽しそうに笛を吹いていた。


 やがて、兵士は、惜しみつつ、カバンに、笛をしまい込み、再びカバンを背負って歩き出した。

 するとそこに、一羽の鳥が飛んできた。

 羽は、青く染まり、とてもいい声で鳴く鳥だ。

 兵士もその鳥の声に魅入られ、うっとりとした顔をしている。

 しかし、その鳥の後ろから、一人の黒い服を着た老人が飛び出して来た。



 「おまえ!ワシの鳥を盗もうとしただろう?」

 「そんな!?僕はただ、この綺麗で、美しい鳥の声を聴いていただけだ!」

 

 「嘘をつけ!この鳥を逃したのはお前だろう?」

 「僕は逃してなんかいませんよ!」



 兵士は、必死に疑いを晴らそうとするが、それも虚しく、騒ぎを聞き付け、駆け付けた男達に取り押さえられ、牢屋に入れられてしまった。

 兵士が、落ち込んでいると、そこに、先程の、青い鳥が飛んで来た。



 「ピーピールーピー?」

 「すまないな、鳥の言葉はさっぱりなんだ」



 もちろん、この世界に、鳥の言葉を喋れる人間は、存在しない。

 故に、鳥がなぜ、兵士の元にやって来たのかは、誰にも分からなかった。

 


 「お腹が、空いているのか?」

 「ピィー?」



 鳥は、相変わらず、その、美しい声を、それとは真反対と言える、暗い牢屋の中に、響かせている。

 兵士は、それを、ゆっくりと、聴いていた。

 


 「おい!出て来い、メシの時間だ」



 しばらくして、牢屋に、男の声が響く。

 どうやら、食事の時間らしい。

 兵士は、それを受け取りに行く。



 「ほらよ、メシだ、お前も散々だな」

 「…どういうことだ?」

 

 「あのじいさんはな、この辺り一帯を、支配している魔法使いなんだ、だから、ここじゃじいさんが、“法律”だ」

 「ここから、出る方法は、あるのか?」

 

 「無い、諦めるんだな」

 「そうか…」

 

 「…………一つだけ」

 「どうした?」


 「一つだけ、方法が、あるかも知れない」

 「それは、本当か?」


 「その鳥を、殺せ」

 「何を言うんだ!?」


 「それが、出来ないのなら、お前は、ここから、出ることは、出来ない」

 「なぜ、殺さなくては、いけないのだ」


 「あのじいさんは、その鳥に、命を入れている、だから、その鳥を、殺せば、じいさんも死に、お前が縛られる、“法律”も、無くなる」

 「そう、なのか」



 兵士は、複雑な心情だった。

 鳥は、相変わらず、牢屋の中で、美しく、さえずっている。

 あの鳥を殺せば、兵士は、自由だ。

 しかし、兵士は、あの、美しい、鳥を殺す、自分の姿が、思い浮かばなかった。



 「ほら、お前の、物だ」


 

 男は、兵士のカバンを、漁り、ある物を、取り出して、牢屋の中に置いた。



 「これは…」



 それは、丸い果実の様な入れ物に、長い紐が、付いていて、中には兵士と、女が一緒に、写った写真が、入っている。

 それは、ロケットペンダントだった。

 兵士は、それを、じっと見つめ、やがて、目から、涙を流した。

 


 「なあ、お前は、早く、外に出ないと、いけない、だから、その鳥を、殺せる今、殺すべきだ」

 「……ああ」



 鳥は、相変わらず、牢屋の中で、美しい、さえずりを、響かせている。

 それは、まるで、暗闇の中、光る、ランプの、様に、見えた。

 兵士は、パンを、差し出した。

 それに、鳥が、飛んできた。

 兵士は、その鳥を、優しく手で、包み込む。

 それは、まるで、母が、子を、抱くように。



 「ピューィ?」

 「お別れだ」



 兵士は、鳥を、握り潰した。

 兵士は、泣いていた。


 すると、牢屋の、扉は、開いていた。

 兵士は、手の中を覗いた。

 その、手の中には、何も無かった。

 兵士は、牢屋を出た。


 暖かい、小春日和の、野原の中、兵士は、歩いていた。

 背中には、大きなカバンに鉄砲、どうやら、荷物を、あの、魔法使いから、全て取り返した様だ。

 兵士は、どんどん、野原を、進んで行く。

 途中、いくつも、川があった。

 大きい川、小さい川、緩やかに流れる、川もあれば、滝の様に、流れる、川もあった。

 それを、兵士は、超えていく。

 故郷の、村を目指して、超えていく。

 村は、遠い。

 兵士は、まだ、村に付かない。

 途中、小さな、小川が流れていた。

 その、ほとりに、兵士は、座り込み、カバンの中を、漁っていた。

 布切れ、鉄砲の弾、マッチ箱、煙管、石ころ、そして、恋人の、写真が入った、ロケットペンダント。

 兵士は、それを、やさしい目で、しばらく、見つめた後、十分見つめたのか、それを、カバンの、中に、やさしく、しまって、立ち上がり、再び、歩き始めた。

 村へは、遠い。

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