平和を願う姫は、星見る熊と旅をする
仙道アリマサ様主催『仙道企画その1』投稿作品です。
最終日の滑り込み投稿。
連載でやるつもりが一話だけの短編。
何ともお恥ずかしい限りでございます。
思い出す小学生の夏休み。
まるで成長していない……。
それでもせっかく名曲からいただいたインスピレーション、表現しないままはもったいない、と恥を隠して投稿させていただきました。
お読みいただけましたら幸いです。
月細く、星の見事な夜。
森の中の街道を、走る影がありました。
「はぁっ、はぁっ……!」
いかに整備された街道と言えど、星明かりだけでは心許ない道。
しかし影は躓く事もなく、息を切らせて走っていきます。
「……おや、こんな星の見事な晩に、そんなに急いでどちらに行きなさる」
森の闇からの野太い男の声に、影は身を震わせ、足を止めました。
こんな夜更けに森の中にいる者、それは野盗かはたまた怪物化物の類としか思えません。
「この先はたまにだが狼も出る。お急ぎなのは分かるが、怪我をしては元も子もない。星でも眺めながら、焦らず朝を待つが宜しかろう」
「私にはそんな暇などないのです! 都に少しでも早く向かわなくては……!」
「! その声、女性か! しかも年若い……」
「あっ」
影は慌てて口を押さえましたが、一度こぼれてしまった鈴を転がすような声を拾い戻す事はできません。
「……年若き女性が夜道を急ぐなど、只ならぬ事」
枝がしなり、葉が跳ねる音がしたかと思うと、大きな影が街道に降り立ちました。
星を背にしたその姿は、墨絵で書いた入道雲のように、大きく厳しく見えました。
「某に事情をお聞かせ願えぬか?」
小さな影は目をぱちくり。
恐る恐る大きな影に問いかけます。
「……く、熊……?」
今度は大きな影が目をぱちくり。
そして豪快に笑い出しました。
「はあっはっはっは! 熊とは言い得て妙!」
「あ! その、失礼を申しました!」
「何の何の! 昔は鬼などと呼ばれた身! それに比べたら熊は良い! はっはっは!」
不躾な言葉も意に介さず、豪快に笑う大きな影に、小さな影は心が僅かに解けるのを感じました。
「あの、私黄甘香と申します! 大変ご無礼を申し上げました!」
「黄……。もしや天子様かそのお血筋の方か……?」
「あっ」
甘香と名乗った少女は、再び口を押さえました。
「駆けて来たあちらにあるは白邑。天子様の側室の娘が住まうと聞く。つまり御身がその姫、と」
「あううう……」
夜でなければ、甘香の耳まで紅く染まっているのが見えた事でしょう。
甘香の恥じらいに気付き、大きな影は慌てて手を振ります。
「な、何、往来ならば差し障りもありましょうが、ここには木々と熊が一頭。何に憚る事もありますまい」
「……お心遣い、感謝致します……」
「……これも何かの縁。某にご事情をお話願えますかな?」
「……はい」
甘香は観念したように話し始めました。
「本日、都から使者が参りました。隣国『洒国』を攻め取るので、白邑に兵を置く、と……」
「……何と。洒国とは同盟関係。交易による利も小さくない。現状大きな問題はない筈だが、それを攻め取るとは……」
「……父が欲に目が眩んだのか、それとも延臣による謀なのかは分かりません……。ですが、民の上に立つ者として、無駄に血の流れる争いを看過はできません!」
「……それでお一人で都に」
「……はい。使者はおろか、手紙を出す事も禁じられましたので、浅はかとは思いましたが……」
「何を申される。国の大事に居ても立っても居られぬ程の憂国の想い、誇りにこそすれ何を恥じる事がありましょう」
「!」
「某、国に住まう民として、その御心に感服致しました。お許し願えるのであれば、お供仕りたく存じます」
大きな影は膝をつき、臣下の礼を取りました。
その姿は、北の夜空に輝き人を導く『心星』のように、甘香には感じられました。
「……お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「……かつては名乗る名もありましたが、今はしがなき流浪の身。熊と呼んで頂いて結構」
「いえ、あの、それではあまりにも……」
「はっはっは。では熊とこの見事な星空から、熊星と呼んで頂きましょう。如何かな?」
「はい、熊星様」
「様など要りませぬ。どうか呼び捨てになさってください。某は『姫』とお呼びしましょう」
「え、でもそれでは……」
「何、人はあけすけなもの程疑いまする。よもや本物の姫を『姫』と呼ぼうとは思いますまい」
「成程……」
「それに姫は嘘が苦手なご様子」
「〜〜〜!」
「いや美点! 美点にございます!」
「……もう」
熊星の慌てた様子に、甘香は微笑みを返しました。
「しかし宜しいのですか? 熊星さ……、熊星も旅の途中……。迷惑ではないでしょうか?」
「何、先程申した通り、某は流浪の者。当ての無き風、根無草。風さえ吹けばどこにでも参ろうというもの。お気に召されますな」
「……ではお力添え、お願い申し上げます」
「心得ました!」
熊星は頭を差し出し、甘香がそこに手を乗せます。
背景には紺色の空に輝く満天の星。
まるで一枚の影絵のような幻想的な光景。
ここから二人の旅が始まります。
読了ありがとうございます。
仙道アリマサ様の曲を聴いて、初めの透明感のあるメロディから星空、そして次の力強いパートからは旅、続いてのパートからは水墨画のような中国のイメージが浮かび、このような話になりました。
最後の二人の影の後ろに紺色の空、そして星が煌めいているイメージが、曲を聴くたびに頭に浮かびました。
それだけ鮮烈なイメージを呼び起こすのに、何度聴いても飽きない、正に名曲!
仙道アリマサ様、素晴らしい企画に参加させていただきまして、ありがとうございます!